ヤマハ XJ400Z-S/XJ400Z(1983)

掲載日:2014年05月02日 絶版ミドルバイク    

文/柏 秀樹(柏 秀樹のライディングスクール『 KRS 』)

記事提供/ロードライダー編集部

※この記事はカスタムNo.1マガジン『ロードライダー』の人気企画『ミドルバイク流星群』を再編集したものです

YAMAHA XJ400Z-S/XJ400Z(1983)
’80年代前期は馬力とハイテク競争の時代。中型バイクならビッグ感を漂わせることも
商品性として問われた。ここに紹介するXJはその典型だった。

威風堂々の車格がウリ

東京ディズニーランドが華々しくオープンし、TVでオールナイトフジがスタートした1983年は、国内のバイク業界は空前のブームに沸き、熾烈な販売合戦が繰り広げられた。そんな年にデビューしたのがカウル付きのヤマハXJ400Z-SとカウルレスのXJ400Zだった。

この2機種は大人気モデルだった空冷並列4気筒エンジンを搭載するXJ400シリーズの後継車であり、400ccクラスの主役の座を狙って生まれた意欲作。当時のヤマハ400ccモデルラインナップは、リーズナブルな空冷並列2気筒のXS400、シャフトドライブの空冷Vツイン・アメリカンのXV400スペシャル、そして空冷単気筒のトラッドなSR400。新XJシリーズはそのリーダー格として登場したのだ。

車体は大柄。大型バイクに憧れるライダーたちにとって、大きく見えること自体が重要なスペックだった。メカニズムも先端を行く技術を満載。当時の中型クラスのヤマハ車といえばRZ250の大ヒットに連動してRZ350の人気も高かった。このRZ350が55馬力を出しているのに、4ストというスタンスでも400ccである以上、55ps以下という数値は一般ライダーが納得できない、と予想したのかヤマハはXJ400Z-SとXJ400Zは55psとした。

ライバルのカワサキGPz400Fは54ps、ホンダCBR400Fは58psという数値だったが、’83年春にデビューしたXJ400Z-S、XJ400Zの55psを見てから発表された数値。GPz400は3月に51psでデビューし、11月のGPz400Fへのマイナーチェンジで54psへ。CBR400Fのデビューは12月。ちなみに今でも異常な人気の’82年型CBX400Fは48psだった。わずか1年で、この馬力数値の上がり方は尋常ではない。

250ccクラスも400ccクラスも激戦区。馬力数値を見て一喜一憂するバイクファンの心理をそのまま反映していた。後に迎えることになる、レーサーレプリカブームは、こうした流れから生まれたものだ。

一方、馬力数値だけではなくハイメカ投入もこの時期の特徴でXJ400Z-SもXJ400Zも例外ではなかった。エンジンは前述の55psを生み出すために水冷式を採用し、DOHCのヘッドまわりは2→4バルブ化。バルブは「くびれ」を入れたウエストタイプとし、シリンダースリーブには大径バルブのマスキングを防止する4カ所のバルブ逃げ加工を施すなど吸排気効率を上げる細かな作業も行っていた。不等ピッチのダブルスプリングを採用したバルブスプリング、バルブ挟み角は36度、ヘッドカバーと左右のケースカバーにマグネシウム素材も採用された。低燃費を狙うためにスワール状の吸入を目指したYICS(ヤマハ・インダクション・コントロール・システム)もXJ400から引き続き導入。点火系では2段進角方式のフルトランジスタ点火を採用していた。

足まわりでは、ヤマハ独自のバリアブルダンパー内蔵のセミエア式フロントフォーク、リヤサスはリンク式。ショックユニットはオイルのキャビテーションが少ない高圧窒素ガス封入式ド・カルボン型を採用。車体系ではどんなライディングフォームに滑らかにフィットするオーガニック・フォームデザインを取り入れたタンク&シート形状を採用。リヤカウル内には小物が入るスペースを確保。ハンドルバー、グラブバーはジュラルミン鍛造……と、質感アップにも抜かりはなかった。

XJ400Z-Sで採用のカウルはハンドルマウント式で、丸みを持たせたRZ250/350風デザインだが、ヘッドライトを角型として違いを明確化。

一方、ネイキッドのXJ400Zは丸いヘッドライトをセット。ボディカラーとグラフィックを専用としたほか、左右のマフラーはクロームめっきタイプを採用。カウルによる重量差はわずか2kgだった。

ちなみに専用のオプションパーツも同時発売。アンダーカウル、エンジンガード、デジタルクロック、XJ400Zに用意されたアッパーカウルは2万8,000円だった。

ハンドリングは極めて安心感の高い直進性を保ちながら、穏やかなバンキングで旋回。前後18インチ車は、この時期から一気に消滅していったが、その最後を飾るに相応しい、ベストハンドリング車だった。

カタログは時代の証明。カタログで知る名車の系譜…

カタログではエンジンパーツの細部にわたる緻密な改善を進めたことをアピール。水冷式に加えDOHC4バルブ化も一気に進み、前後サスやブレーキ性能もアップ。先代の空冷XJから一気に走りが進化した

翌’84年デビューのZ-Eはツーリング志向だった

’83年のRG250Γデビュー以来、CBR400FエンデュランスのほかにNS400R、RZ350RR、KR250などなど、時代は一気に大型のフレームマウント型カウル&レーサーレプリカ時代に突入していった。しかし、XJ400Z-Eのカウルはそれらとは別の流れ。GPz400FやVF400Fインテグラのようにツーリングモデルとしてのカウルイメージが明確だった。しかもカラーリングはもっともダンディな雰囲気を漂わせ、まさに希有な存在感があった

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