第3回 コーナー進入時の医学的な見解とは? コラム『医学でコーナリングを極める』

『医学でコーナリングを極める』

第3回 コーナー進入時の医学的な見解とは?

掲載日:2015年10月06日 記事カテゴリ タメになるショートコラム集医学でコーナリングを極める   

Text/Toshiaki YOSHINO

さて、みなさんはバイクに乗り始めたばかりの頃に、コーナー進入で体が固まって曲がれない、またはオーバーランして危ない目に…という経験はありませんか? 私自身もそんな経験は何度もあります。

16歳の頃、すぐに原付免許をとってヤマハのJOGで友人と初めて峠に行きました。友人はギア付の原付スポーツバイクでスイスイと曲がって行きました。私はついていくのが精一杯。そして左コーナーから奥の深い右カーブというS字コーナーで、最初の左コーナーを抜けたらカードレールが壁のように見えました。

「無理だ!! 曲がれない!!」

もう転倒するのは覚悟してフルブレーキングしたまま真っ直ぐガードレールに激突。フロントフォークがグンニャリ曲がり、フロントフェンダーも割れてしまいました。怪我もしました。

「体はメシ食えば治る。親にも謝れば済む。でも、新車のバイクはバイトしてカネを稼がないと治らない…」

とにかく、せっかく買ったばかりのバイクが壊れたのがショックでした。

今でも鮮明に覚えているのですが、視点が一点集中すると体は固まり、特に肩が固まってバイクごと石のようになってしまい、バイクがリーンしないのです。

これは、医学的にはどういうことなのでしょう?

まず視点の問題です。一点を凝視してしまうと、じつは平衡感覚を失ってしまうのです。これを医学的に“空間識失調”と言います。戦闘機のパイロットなどによく起こる現象ですが、バイクでもパニックブレーキではこの現象になっていると考えられます。

空間識失調とは、もともと飛行中のパイロットが一時的に平衝感覚を失う状態のことを言いました。機体の姿勢(傾き)や進行方向(昇降)の状態を把握出来なくなり、自分に対して地面が上なのか下なのか、機体が上昇しているのか下降しているのかが分からなくなってしまう非常に危険な状態で、しばしば航空事故の原因にもなるのです。

その医学的原理は、生物は内耳にある三半規管の働きと、地面(水平面)を目で見る視覚情報などを組み合わせて平衡感覚を保っています。

三半規管は半円状の管内にリンパ液が入っており、体と頭部が傾くとリンパ液が管内を流れます。これは、第3者の視点で見るとリンパ液は同じ位置に留まり、管が動いているわけです。

リンパ液の流れを三半規管内の有毛細胞が感知すると「体が傾いた」という情報を脳へ送り、これによって人間は体の傾きを察知しているのです。

では、バイクのパニックブレーキはなぜこのような状況を誘発しやすいのでしょう? それは、ストレートで急激なブレーキングによるGによってリンパ液は後方に移動します。つまり、本来は体が後ろにのけぞる力がかかっているのですが、実際はバイクが前のめりになるという逆の動作、つまり空間識失調が起こります。

しかもパニック状態でのハードブレーキング、体は曲がる準備が出来ていない状態でのGに対する抵抗ですから、余計に両腕に力が入り、肩や背中もガチガチの状態になります。ですから「リーンしてコーナリングする」という頭の仮想空間での現象と、実際のバイクと体の状態、ハードブレーキングによるGの荷重が全てバラバラなので、戦闘機以上の空間識失調が起こるのです。体をリーンさせない4輪のドライビングでは起きにくい現象です。

余談ですが、このようなGの方向と車の傾きと人間の方向がすべて異なるという、極めて難しい状態でレースをする2輪のライダーが、4輪で成功することはままあります。しかしその逆が無いのはそのためなのです。

古くはジョン・サーティーズ(2輪のロードレース世界選手権と4輪のF1の両方で世界チャンピオンになった唯一のレーサー。通称ビッグ・ジョン)、高橋国光選手、近年ではオフシーズンにWRCに参戦したバレンティーノ・ロッシ、最近では障害者でありながらGT選手権で初優勝した青木琢磨選手がその例です。全盛期のアイルトン・セナやミハエル・シューマッハでも、MotoGPマシンをいきなりフルバンクまで攻めることは不可能でしょう。

さて、話はパニックブレーキに戻ります。これを回避するためにはどうしたら良いのでしょう?

第2回 ライディング姿勢と解剖学的骨格の形態』でも触れましたが、我々はプロライダーではありません。超運動神経が良いわけではありませんから、まず空間識失調という現象があることを知るべきです。つねにGのかかる方向と体の方向とバイクの方向が異なるのです。

では、体とバイクとGのどれが先行すべきなのでしょうか? それは“視線”です!

こんな実験があります。空間認識を落とすためにあえて大きな白い紙を用意し、その上に点を打ちます。そしてその点に向かってペンを走らせて線を引きます。しかも早く!

大きな白い紙に点を書いて、20~30cm離れたところからその点に向かってフリーハンドで素早く線を引いてみてください。普通の人は、どうしても点の手前で減速し、少しずれて、曲がった線になってしまいます。

すると、どうしても多少ずれたり、線が曲がったりします。これは人間の本能で、次に定まるところが不確定だと、恐怖心で減速し、筋肉が固まって動作を止めてしまうからなのです。

ところが、反対の手の指をゴール地点に置くと、スーッと直線が簡単に引けるではありませんか!

初めてやっても簡単に、誰でも何回でも成功します。つまり、自分の手という安心感と、そこを触っているという数秒前の過去の記憶、経験に基づいてそこに向かうので、簡単にスピードが出せるのです。走り慣れた道だとスムーズに走ることが出来るのと同じです。それを医学的に説明します。

私たちが何かを覚えようとするとき、その情報は脳の“海馬”というところに蓄えられます。大脳辺縁系の一部で、その名の通り「海馬=タツノオトシゴ」に似た形で、親指ほどの大きさです。

海馬には主にふたつの役割があります。ひとつは短期的に記憶すること、もうひとつは記憶の重要さを判断することです。

我々が新しいことを覚えた時は、まず海馬で一時的に記憶されます。パソコンのキャッシュメモリーと同じです。この“一時的”がポイントなのです。基本的に、一度だけ見たり聞いたりした情報は、しばらくすると忘れてしまいますよね? これは海馬が忘れようとしているからです。

海馬は「繰り返し情報が入ってこないということは、この情報は生命維持には不要な情報だ」と判断し、記憶を消してしまいます。繰り返し入ってくる情報は「生命維持に関わる大切な情報に違いない」と判断し、大脳新皮質の“側頭葉”というところに長期記憶として保存し、過去の記憶と認識します。要するに、引き出しの中に記憶をしまうので、思い出すのに時間がかかります。

さて、海馬の良いところでもあり悪いところでもあるのが、短期メモリーなので、かなり以前なのかついさっきなのか、という時間の概念が無いことです。もっと言えば、未来も現在も過去も無いのです。

そしてその海馬の隣にあるのが扁桃体です。扁桃体は直径1cmくらいの丸い形をした器官で、記憶に関して海馬と影響し合っていることがわかっています。扁桃体は、記憶の中でも快不快を判断するのが主な役割です。つまり、見たり、聞いたり、臭いをかいだり、触ったり、味わったりしたときに得た感覚情報は、大脳皮質から扁桃体に伝わり、好き嫌いが判断されます。

異性を好きになるのも、バイクが好きになるのも、キライな先生の授業を受けたくないのも、この扁桃体の仕業です。扁桃体は海馬の隣にあり、好き嫌いや快不快の感情を海馬に伝えます。そのため、心を大きく揺さぶるような出来事は、いつまでも記憶にとどめられています。恋愛の記憶が良い例です。記憶は、情緒や感情の働きに影響されているので、極めて重要なのです。

つまり、このペンで線を引く練習は「左手で紙の手触りを記憶したところだし、不快なものはない。1回行ったことがあるが怪我もしていない。だからカンタンにここに行ける」と、海馬と扁桃体が判断し、右手は1回も行ったことが無いのに、勘違いしてハイスピードで到達出来る、という原理なのです。

さて、どうしてバレンティーノ・ロッシら最近のGPライダーが、ハイスピードブレーキングからイン側の足を前へ、しかもイン側に入れているかわかりましたね!?

そうです、海馬が「あ、そのコーナーなら行ったことがある! 曲がれそうで楽しい!」と脳機能学的に記憶させる原理を利用しているのです。

パニックになると海馬は働きません。働くのは交感神経と甲状腺です。脈拍を上げ、血圧を上げ、手足から発汗させ、筋力を上げます。これはサルの本能で、肉食動物に追われた時に、木から木へテナガザルが移動するように、枝を握る手に滑り止めの汗をかいて、腕とそれを支える背筋の筋力を上げる原始的なメカニズムなのです。

我々は600万年前にサルから分岐し、道具を使うようになってからまだ数万年です。側頭葉にある500万年分の本能の記憶は、そうは簡単に消せないのです。いわんや、バイクの記憶は生まれつき側頭葉にはありません!!

ではまとめましょう。コーナーに入る時は、まず視線を次のコーナーに向けるだけではダメです。コーナーの先に、自分が先に走っている画像を作り出し、それを今の自分が追いかけるようにイメージして「コーナリングが楽しい!!」と扁桃体を騙し、もう曲がり終わった妄想を海馬に記憶させ(騙して)、体をその記憶に基づいて、荷重する場所を次へ次へと、先回りして変えていくのです。

あくまでも肉体の動きがバイクより先行です。スポーツ選手のイメージトレーニングと同じことを、コーナーの瞬間瞬間でやるのです! そしてアクセルワークとブレーキングのGに負けないよう、あらかじめ海馬の記憶に基づいて筋肉と関節を準備しておき、それにバイクの挙動がついてくるようにすれば良いのです。

これが、医学でコーナーに進入する奥義です!!

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