カブ生活

第四十回「ラットか!?」

掲載日:2015年09月02日 原付漫遊記松本よしえのゆるカブdays    

え・文・写真/松本よしえ

あ、これは風景の一部になっているような…ラットスタイルのカブ~!?

ラット! 直訳すればネズミ、ドブネズミのことですが、バイクの世界にはラットと呼ぶスタイルがあります。赤錆、凹み上等! 年月を経たヤレ加減が生き様としてバイクに刻まれている風貌でして、アメリカのハーレーやクルマのなかには崩れる寸前のようなのが立派に走っていてクールなのです。車検の厳しい日本ではあちらほど自由にはいかないものの、オーナーと共に年月を重ねて気を吐いている車体に遭遇すれば、思わず拝んでしまいます。

さて、少し前ですが長野県の善光寺へ行きました。善光寺は開山1400年近い古刹だけに門前町も奥が深いのです。駅前近くから約2キロ続く参道を観光客が歩く表通りとするなら、そこから一歩も二歩も入った地元道には門前町と共に生きてきたカブが潜んでおります。土産物屋の裏口には白いペイントで店名を書いたカブが停まっているし、古い建物の隙間を行く獣道のような小道の先には水路や、地元っコがお気に入りの緑あふれる散歩道が現れて、いまにもカブが走ってきそうな気配がビシビシと漂っています。

そんな路地を歩き回っていたら写真のカブに出合いました。これはたぶん1982年4月に発売されたスーパーカブ50STでしょうか。あちこち赤錆が浮いた車体には自転車用のチープなカゴが取り付けられ、リアのプラコンテナも日焼けで派手さが抜けて退色しております。必見なのはレッグカウルです。電線を鎹にして繋いでいるところ。よーく見ると、なんて器用な手仕事でしょう。さらにマフラーとエキパイを繋ぐ部分は穴をふさいでいるのか、金属製の板状を巻いて針金で綴じています。カウルと比べるとこっちは大雑把な感じですが、どうやら針金ハンガーを使っているようです。それからシートは破れちゃったんでしょうかねぇ。丸ごと包んでいるのはウィンドブレーカーです。それにしても油がベッタリと染み付いた車体の状態といい、このカブは洗車されたことがあるのかなぁ。あまりに人目を気にしない様子に目が離せなくなりました。

じつはこのカブのある場所は地元でちょっぴり知られた存在です。大林宣彦監督が映画『転校生 さよならあなた』でロケ地にもした名所(迷所!?)。個人宅なので詳しくは書けませんが、表通りから少々離れた路地の奥で岩石町の一角とだけ記しておきます。蔓状の植物にすっぽりと覆われた一軒家はともかく緑の侵攻が激しくて白い暖簾に縁どられた玄関があと一息で埋もれようとしています。その隙間から壁掛けの丸時計が覗き、民芸品のお面やら灯具やらが軒からぶら~んと吊り下がって揺れております。足元には白いギリシャ彫刻風の像の横に石仏や馬頭観音が並び、あまりに摩訶不思議な外観に目を奪われます。映画のロケではなにも手を加えず撮影したそうです。ちなみにご縁があればオーナーのご主人にも遭遇します。「この家、ピサの斜塔みたいでいいだろう」と語るユニークなオジサマで、かつて電気関係のお仕事をされていたとか。レッグカウルの巧みな繋ぎ技は電線を扱い慣れているからなのですね。それにしても、まるでジオラマのセットにカブを配したような光景なのです。ラットへの育ち加減は若いものの、エイジング加工した車体とは一線を画す真正ラットへと歩みつつある一台を拝見して思わず合掌!

摩訶不思議な景色の一部となるカブ。こちらは家の正面で壁を伝う植物の正体は葡萄なのです。ご主人によれば、隣家のお婆ちゃんが食べた葡萄の種から育ったそうです。

この家は角地に建っていて、角を曲がるとこんな感じ。混沌とした不思議ワールド全開で、奥に停まっているカブに気づいたのは写真を撮った後でした。

じゃーん!仙人のような顎ヒゲがチャームポイントのご主人がカブのオーナーさん。この光景からピサの斜塔を見出すセンスに脱帽。

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