掲載日:2022年02月10日 フォトTOPICS
取材・文/後藤 武
750SSのシリンダーヘッドには大きな可能性がある。そう考えたのは750SSでテイスト・オブ・ツクバなどのサンデーレースで実戦に参加しながらテストを繰り返していた時のことだった。僕、ライターの後藤は10年ほど前から井上ボーリングと共同で様々な750SS用部品のテストを行っていた。
同社のICBM(メッキシリンダー)によって焼付きのトラブルから開放されて劇的に信頼性が高くなり、次のテーマとして出てきたのがシリンダーヘッドだった。
750SSはレギュラーガソリンを使用すると全開時にノッキングが発生する。カリカリという音が排気音に混ざって聞こえてくるほどだ。そのまま全開で走り続けるとピストンが溶けて穴が開いたり、溶けたピストンによって焼付きに発展してしまうこともある。
考えてみればそれも当然。750SSが登場した頃はアンチノック性の高い有鉛ガソリンが一般のガソリンスタンドで普通に入れることが出来た。現在の無鉛ガソリンを使用する時点で、何か対策しなければいけないことは明らかだった。
後藤が最初に相談したのはモトイネレーシングだった。代表の元稲氏は2ストロークエンジンに深い知識を持ち、ロードレースやジェットスキーのチューニングで活躍した人物。元稲氏によれば750SSの燃焼室形状は古いと言う。そこで近代的な2ストロークエンジンの燃焼室形状を取り入れたらどうなるか、元稲氏のアイデアを元に純正のヘッドを肉盛り、切削してみることにした。
計算と実際では若干の相違が出るので、燃焼室容積などを測定しながら修正を加える必要がある。井上ボーリングの3DCADを使用して何度も燃焼室形状を変えて実走行テストを繰り返した。
こうして完成したヘッドの情報を海外のマッハエンスージアスト達とも情報共有してみると、イギリスでロードレースをしているマッハのライダーが完成させた燃焼室のデータとほぼ一致することが判明した。スキッシュの寸法が1mm違っていただけで他はほぼ同じだったのである。
燃焼室は切削加工して仕上げる為、3気筒の容積をすべてピッタリと合わせることができるし純正のような鋳肌のザラザラもない。燃焼室の表面が美しくなれば表面積が減ってS/V比(表面積と容積の比率で小さくした方が燃焼効率は向上する)も小さく出来る。様々な点で純正を超えるヘッドになっていった。
ヘッドの改良でもう1つ、どうしてもやっておきたかったのがノックピンを追加すること。この時代の2ストエンジンはノックピンがないのでヘッドやガスケットが締め付け時に動いてしまう。せっかく燃焼室の形状を整えてもこれでは意味がない。燃焼室内に凸凹が出来ると異常燃焼の発生点になってしまう可能性があるのだ。ヘッドをシリンダーのセンターへ確実に固定する為にはノックピンの追加が必須だった。
この加工を行うとガスケットも新規に製作する必要がある。純正のガスケットは71mmのボアに対してわずかに大きい。燃焼室内に飛び出したりしないようにする為だ。ノックピンを使ってボアと同じ寸法のガスケットを新造すればシリンダー、ガスケット、燃焼室まで凸凹ができない。
ガスケットを新しく作ることではまた別なメリットも生まれた。圧縮比を自由にコントロールできるようになったのである。750SSの圧縮比はモデルによって6.9から7.0。空冷2ストロークエンジンとしてはかなり高めだ。水冷のレーシングマシンでも7.0を少し超えるくらいなのだから、現在のガソリンの事情を考えると信頼性を高める為には少し圧縮を低めに設定したい。
実際、ストリート用で圧縮を低く設定したマシンにも試乗してみると始動性が良くなり、振動や減速時の不正爆発なども減少。非常にスムーズなエンジン特性になっている。もちろんスロットルを開けたときのパンチ力は減少するものの、予想していたよりパワーの低下はずいぶん少ない。ストリートでの乗りやすさと信頼性を求めるのであれば、圧縮比は低く設定したほうが良いくらいなのである。
どれくらいに設定するのがベストなのかという問題が出てくるのだが、それは人それぞれ。空冷2ストはガスケットの交換も簡単なので何種類か作ったガスケットを交換しながら走ってみて理想のフィーリングを追求すれば良いのではないかと思う。
こういったテストはノーマルのヘッドを肉盛り、切削加工したもので行われた。それらのデータを元にして製作されることになったのが削り出しヘッドである。削り出しとすることで更に別なメリットも生まれた。その1つが強度だ。
井上ボーリングではA6061-T6を塊から削り出しているが、この素材は純正で使われているアルミの鋳物に比べ、素材が密で放熱性が高い。
新規に削り出すことから、形状も変えるのも簡単だ。純正のヘッドは肉厚が薄くて強度に余裕がなく、高回転を常用するとプラグホールの部分からクラックが発生してしまうこともあるが削り出し品は材質的な強度が高くなっていることに加え、肉厚も増えているのでクラックへの対策は万全なのである。
新規で形を作ることが出来るのでプラグ取付部の位置も自由に決めることができ、リーチの長いESタイブを使うことができるようになった。高性能なプラグの選択肢も増えるし、プラグ自体がノーマルのHSよりも大きいので熱がこもりにくい。
そして目を引くのは削り出しによる美しい外観。アルミの無垢から削り出したことでキャスティングの純正ヘッドにはない輝きを放つ。
一部の高級車をのぞき、量産車に削り出し部品が使用されることはほとんどない。それは量産に向いていないからである。しかしその反面、自由なアイデアを盛り込むことができる。製造に手間がかかったとしても貴重な文化遺産であるクラシックバイクをより良い状態で残していきたい。削り出しのヘッドは井上ボーリングのそんな思いが形になった製品なのである。