掲載日:2022年07月16日 試乗インプレ・レビュー
取材・文・写真/野岸“ねぎ”泰之
KAWASAKI Ninja H2 SX SE
ニンジャH2 SXシリーズは、ニンジャH2/Rをベースとしたツアラーモデルだ。初代が日本市場に導入されたのは2018年3月で、トレリスフレームに包まれたスーパーチャージャー搭載の998ccエンジンは最高出力200PSを発生。強大なエンジンパワーが生み出す別次元の加速力と、数々の電子制御の導入によって公道走行での扱いやすさを両立させたことで、それまでのツーリングスポーツとは全く違う、超高性能なスポーツツアラーという地位を確立した。そんなニンジャH2 SXシリーズが2022年4月、先進のライダーサポートシステムを装備してモデルチェンジを行った。
最初に注目したいのは、国産マシンとして初めて、ボッシュ製のARAS(Advanced Rider Assistance Systems)を搭載したことだろう。これはミリ波レーダーを使用したセンサーを車両の前後に配置したライダー支援システムだ。設定した速度を維持しつつ、前走車と適切な車間距離を保つアダプティブクルーズコントロール(ACC)、ライダーの死角に接近する車両の存在を検知し、警告してくれるブラインドスポットディテクション(BSD)、先行車と衝突する可能性がある場合にライダーへ警告するフォワードコリジョンウォーニング(FCW)などの機能を有している。また、停止時にブレーキの効力を維持してくれるビークルホールドアシスト(VHA)や、急ブレーキ時にブレーキランプを点滅させ、後続車に急減速を知らせるエマージェンシーストップシグナル(ESS)も装備。これらによって、走行時のライダーの安全性と安心感は飛躍的に向上している。カワサキ独自のバランス型スーパーチャージャーを搭載したエンジンもECUを含めた見直しが行われ、エンジン回転全域の性能を向上、特に4000~8000rpmにおけるパフォーマンスアップがうたわれている。
ユーティリティ面でも装備が充実している。メーターパネルは新たに大型で見やすい6.5インチのフルカラーTFT液晶スクリーンを採用。スマホアプリ「Kawasaki SPIN」に対応し、電話や音楽、ナビなどの情報をメーターパネルに表示、操作することができるようになった。さらにスマートキーシステム「KIPASS(キーパス)」を導入、キーを持って車両に近づくだけでメインスイッチやステアリングロックの操作が可能だ。
上級モデルとなるニンジャH2 SX SEには、ショーワのスカイフックテクノロジーを搭載した電子制御サスペンション「KECS」を採用。これは0.001秒という反応速度で路面や走行状況にリアルタイムで適応し、理想的な減衰力を提供してくれるシステムだ。またブレーキにブレンボの最上級モデル「Stylema」を採用。リムに切削加工を施したホイールを装備するなど、快適性と運動性、高級感をさらに高めている。
ニンジャH2 SX SEの実車を目の前にすると、車体が長く、その存在感には圧倒される。跨るとシート高は高い部類とまでは言えないものの、タンクの位置が高めでそれを抱え込むようなポジションのためか、少々腰高な印象だ。それなりに車両重量があるので、立ちゴケに注意しながら慎重に路上へとハンドルを向けた。
東京都内の幹線道路を走り出してすぐに感じたのは、想像していたより一般道で遥かに走りやすい、という点だ。特に低速走行やゴー&ストップの多い状況でも、見直しが行われてさらにトルクフルになったエンジンに助けられた。ターボと違い、ほぼエンジン回転全域にわたって過給が効くスーパーチャージャーの恩恵は、アベレージスピードの低い一般道でもしっかり実感できる。メーターパネルに過給率を表示させることができるので見てみると、2~3000回転ですでに100%を越える数字が確認できた。同じスポーツツアラーのニンジャ1000と比べても、低回転域でのトルク感は明らかに太く、かなり扱いやすい印象だ。
そのまま高速道路に乗り入れると、有り余るパワーを実感することになった。当然ながらこのパワーをフルに活かす走りはサーキットなどに限られるが、それでも本線合流時や追い越し加速時など、瞬時に強大なパワーを引き出せる走りは、安心感と爽快感に満ちている。過給率が130%を越える領域ではかなり異次元の加速で、この値を維持しつつ走るのは高速道路といえども難しい。そんな状況でも車体は驚くほど安定し、レーンチェンジや少々荒れた路面でコーナーに進入しても、何事もなかったかのように動じない“オン ザ レール”と呼べる走りを見せてくれる。ボタン一つでライディングモードやサスペンションセッティングを変更できることもあり、高速道路を退屈な移動の場ではなく、走りを積極的に楽しめる場へと変えてくれるのだ。
次に新たに導入されたアダプティブクルーズコントロール(ACC)を試してみた。速度を100km/hにセットして、走行車線に入る。前車がいない時は路面の勾配などがあっても当然スピードを維持してくれる。前方に遅いトラックが現れたな、と思ったら、ある程度近づいたところでググっとブレーキがかかり、車間距離を維持してついて行ってくれる。トラックが出口に向かい、前が空くと、再び加速して100km/hで走ってくれるのだ。これは便利で十分実用的であり、とても楽なシステムだ。淡々と長距離を走る際など、大いに疲労を軽減してくれるだろう。4輪の世界ではもはや珍しくないこのACCは今後ツアラーになくてはならない装備になるかもしれない。
もう一つ実用的だな、と感じたのが死角検知システム(BSD)だ。これは自車の右後ろなど、ミラーの死角に他の車両がいると、ミラー内にある三角形のインジケーターがうっすら光って知らせてくれるもの。車線変更の前にはミラーや目視で側方や後方を確認するのは当然だが、夜間無灯火の車両がいるなど万一の見落としやうっかりミスを防いでくれるシステムとして、とても心強い装備だと感じた。
当初は「大型のツアラーって意外と乗るのが面倒な時があるよな」と少々ナーバスになっていた。ところがわずか数日借りて乗っただけではあるが、「思っていたより全然気疲れしないぞ」「大型バイクってやっぱり気持ちいいな」と、気が付けば乗るのが楽しみになっていた。あまり電子制御に頼りすぎるとつまらないとか、勘が鈍るという意見も聞くが、不要だと思うときはスイッチを切ればいいし、疲れていたり、必要なときにはシステムの力を借りることで、より安全に、安心して走ることが出来るのは、やはり歓迎すべき進化だと思う。スロットルを開けることで簡単に別世界へと誘ってくれるスーパーツアラーにこそ、こういう装備が必要だし、お似合いなのではないだろうか。
バイクを操る楽しみを最大限に尊重しつつ、最新のテクノロジーの力でライダーの快適性と安全性を的確にサポートしてくれるニンジャH2 SX SEは、EV化や自動運転とはまた違った視点で、近未来における人とバイクの関わりの理想形を提示してくれた、究極のスポーツツアラーなのかもしれない。