掲載日:2020年07月03日 試乗インプレ・レビュー
衣装協力/KUSHITANI 取材・文/佐川 健太郎 写真/星野 耕作
KTM 890 DUKE R
新型890DUKE Rは2018年にデビューした790 DUKE のパフォーマンスを新たなレベルに引き上げるために誕生した。開発に当たっては、MotoGPをはじめとする数多くのレース経験から得られた最新のノウハウや知見が注がれているという。
ネーミングからも分かるとおり、まずエンジンが全面的に改良されている。ボア・ストロークともに拡大されて排気量は従来から91ccアップの890ccへと変更。最高出力も105psから121psへと15%近く向上。最大トルクも99Nmへと12Nm上乗せされた。吸排気バルブやカムシャフトも見直されてよりアグレッシブな特性とした一方で、クランクシャフトの慣性力を2割増しとすることで安定性と扱いやすさも向上。また、2気筒それぞれのFIを独立制御とすることで、スロットル低開度時からの出力特性も改善されている。
パフォーマンス向上に合わせてシャーシも進化した。前後サスペンションはWP製の新型APEXタイプが採用され、グランドクリアランス確保のため車高を15mmアップ。これにより、スイングアーム垂れ角が大きくしフロント荷重を高めるなど車体姿勢もラジカルに。ブレーキシステムもブレンボ製となり、フロントディスクを大径化しつつもトータルで1.2kgも軽量化するなど制動力とハンドリングを向上。タイヤもミシュラン「Power Cup 2 」をOE装着するなどサーキット走行にも対応するレベルに引き上げられている。ちなみにタンデム用ステップを取り外してシングルシートカバーを装着した標準状態で790DUKEより3.3kg軽量化されたことも特筆すべきだろう。また、ライディングポジションも790に比べてハンドル位置を前方低めに、ステップを後方高めにセットするなど、よりアグレッシブな方向へと刷新されている。
電子制御もさらに進化し、リーンアングルセンサー付きの6軸センサーによる新世代のコーナリングABS&MTC(トラクションコントロール)の採用により、走行中のマシンの挙動を高次元でコントロール。ライドモードはRAIN、STREET、SPORT、TRACK(オプション)が選べ、スリップレベルを9段階で調整可能なトラクションコントロールやウイリー制御、スロットルレスポンスなどのカスタマイズも可能となっている。また、スリッパ―クラッチの他、より低ミュー路面にも対応するMSR(オプション)により、シフトダウンや急激なスロットルオフでの後輪ロックを防ぐなど安全性も向上。まさに全方位的な進化というべき大幅なアップグレードを果たしている。なお、従来の790DUKEも継続してラインナップされる。
2018年に790DUKEが登場以来、「R」仕様がいつ出てくるのかと期待していたが、890へとスケールアップして登場したのは嬉しい誤算だった。KTMにおける「R」はエンジンや足まわりが強化され、よりスポーティに性能アップされた上級バージョンという位置づけ。端的に言うと、「READY TO RACE」のスローガンをより色濃く反映したモデルと言える。
新型890DUKE Rのコンセプトは「THE SUPER SCALPEL」。直訳すると「超外科用メス」である。それだけでも恐ろしい切れ味を予感させるが、大幅なパワーアップに加えディメンションもより戦闘的になっているため、期待が膨らむ半面、「先鋭的になりすぎてないか?」と心配していたが、走り出してすぐにそれは杞憂であることが分かった。890Rは790の良さはそのままに、よりパワフルに扱いやすさまで身に付けていたのだ。
790DUKEで新たに採用されたKTM初の水冷並列2気筒エンジンは単気筒並みにコンパクトな作りが特徴でタンクまわりも超スリム。乾燥重量も166kgと400cc並みで、とても900cc近くあるビッグネイキッドとは思えない軽さとコンパクトな作りだ。ライディングポジションも790同様アップライトで馴染みやすいが、ハンドルが若干ではあるが低く前方に移動し、ステップも少し後退したことで上体の前傾度はやや深くなった。また、車高も高くなったことで790より大柄になっている。ちなみにシート高は834mmで790より9mm高い設定だが、車体の軽さとスリムさ故に足着きには不安はない。
軽いクラッチミートでするすると走り出す。エンジン回転はスムーズで、75度位相クランクによる不等間隔爆発の心地よい鼓動感はあるものの、一定速で流していると整然としてクリーミーと言えるほど。ギクシャク感や荒々しさは皆無だ。新しくなったデュアルバランサーとFIの熟成度をうかがわせる。スロットルを閉じてコーナーに飛び込み、フルバンクから再びスロットルを開けて後輪にトラクションをかけていくときの、開けしなの一発目が驚くほどスムーズに制御されている。おまけにリーンアングルセンサー付きのトラコンが常に目を光られてくれるため、ちょっとばかり冒険してスロットルを早めに開けてみようという気にもなる。ブレーキも進化したABSのおかけでコーナー奥までブレーキを引きずっていく、いわゆるコーナリングブレーキが自然にできてしまう。軽い入力でしっとりと絡みつくようなレバータッチはブレンボならではだ。
車体ディメンションもリア車高が上がってキャスター角が立ってフロント荷重が増したことで初期旋回が鋭くなるとともに、スイングアーム垂れ角もより大きくなったことでアンチスクワット効果(踏ん張り感)が高まっている。因ってコーナー立ち上りでも後輪グリップの手応えを感じつつ、さらに大きくアクセルを開けられるのだ。もちろん、その裏付けとしてはOEタイヤとして今回から採用されたミシュランの性能によるところも大きいと思う。
電子スリッパークラッチとも言えるMSRの威力も思い知った。試乗コースとなった富士ショートコースでは切り返しながらプレーキングしつつシフトダウンしていく下りコーナーがあるが、リア荷重が抜けた状態で倒し込んでいくのは怖いものである。しかしながら、MSRとクラッチを握らずにシフトダウン可能なクイックシフターのおかげで、不安定な姿勢からでも思い切って攻撃的な走りができてしまうのだ。
また、WPの新型APEXサスペンションにも感心しきり。コースの高台の頂点で左から右へと切り返していく複合コーナーがあり、不用意に加速するとフロントの接地が抜けて怖い思いをするのだが、ここでも長いストローク量を持つ前後サスペンションが路面を舐めるように追従してくれる。電子制御と足まわりの進化により、大幅なパワーアップにもかかわらず、よりしなやかでスムーズな走りを実現しているのだ。
ずばり890DUKE Rは戦闘マシンだ。しかも、恐ろしくレベルの高い走りを易々とやってのけてしまう。おそらくショートサーキットでは最強レベルのポテンシャルを持ったマシンと言えるだろう。その分、あらためて試乗した790DUKEは、より身近でフレンドリーなストリートモデルと思えたのだ。