掲載日:2019年07月05日 試乗インプレ・レビュー
写真/カワサキモータースジャパン 取材・文/佐川 健太郎
KAWASAKI W800 vs W1
W800が新型となって登場した。第3世代となる今シリーズでは、従来イメージを踏襲する「ストリート」に加え、ハーフカウルと低めのハンドルを装備した「カフェ」の2タイプが用意されている。そして、今回はその始祖とも言える往年の名車「W1」にも同時に試乗できる機会を得た。新旧のWを乗り比べながら、あらためてそのスピリットに触れてみたいと思う。
新型Wシリーズは新世代へと進化した。見た目は従来型と大きく変わらないように見えるが、実はエンジン、車体ともに大きく手が加えられている。現代のWに相応しい走りの性能と往年のWへのロマンや味わい深さを求める中で、何を変え、何を守るべきかを熟慮したという。
エンジンは空冷並列2気筒SOHC4バルブ773ccで、排気量とボア×ストロークも従来通りだが、ユーロ4への対応は当然のこと吸排気系のセッティング変更により、最高出力も従来比4psアップの52psを発揮。タンク容量も1リットル増の15リットルとなっている。
フレームも従来どおりのダブルクレードルタイプだが、パイプ径をφ23mmからφ32mmへと拡大し、剛性を最適化することで高速レンジでの安定性を向上させている。これに合わせて足まわりも強化。フロントフォークのインナーチューブ径をφ37mmからφ41mmへと拡大し、前後サスペンションもバネレートと減衰力を高めるなど、トータル的に足まわりが強化されているのがポイントだ。
まず「ストリート」と「カフェ」の違いについてだが、前提としてエンジンと車体は共通。主な違いは外装とライディングポジションということになる。ストリートは高めのワイドハンドルにシート着座位置も前寄りで、上体が起きた堂々としたライディングポジションが特徴。
対するカフェは低く構えたクラブマンタイプと呼ばれるハンドルを採用。シートも座面がフラットで前後に自由度が大きいため、上体が前傾したよりスポーティなスタイルとなる。ちなみにステップ位置は共通だ。ストリートはシート高自体も770mmと低く乗り心地重視であるのに対し、ストリートは790mmと少し高めで感触もソリッドという人車間のインターフェイスによって、それぞれ“らしさ”を出しているところも興味深い。
エンジンもよりパワフルかつテイスティになった。W1から続く伝統の360度クランクによるスムーズな回転フィールの中にある規則正しい鼓動感は従来どおりだが、今回はサウンドが本格的にチューニングされている。面白いことに排気音を自分で聞いている分には静かなのだが、傍で聞いているとかなり景気のいい炸裂音がする。W1を思わせる弾けるサウンドが耳に心地よく、その音響効果もあってかアクセルオンで以前よりグンと前に出る感じがする。
一方で新型ではエンジンが高回転型に振られた分、若干ではあるが極低速でのトルクが薄くなった感はある。1~2速のギアリングがやや離れている感じがしたのはそのためかと思ったが、それは重箱の隅をつつくようなレベル。それ以上に、パワフル過ぎないエンジンで回転数を見ながらトルクの美味しいところを探りつつスロットルを開けていく感覚が新鮮。どこからでも開けさえすればパワーが出てくる昨今のバイクにはないレトロ感が、走りのフィーリングの中にも息づいているのが感じられる。W800ならではのマニアックな魅力だろう。
タイヤはフロントが100/90-18、リアが130/80-18で、従来型に比べてワイドは変えずにフロント小径化(19インチ→18インチ)とワイドリム化されている。これにより、大らかかつ軽快なハンドリングはそのままに、よりスタビリティと応答性の良さを感じられるようになった。タイヤ自体もK300GPにアップグレードされたことが大きいと思う。
倒し込みも素直でクセがなく、曲がりくねったワインティングでも気持ちよくリズムに乗って走り続けることができる。全体的な雰囲気は従来モデルと似ているが、車体や足まわりにしっかり感が増した印象。特に高速コーナーやギャップ通過時などでの安心感が大きく高められている。
リアブレーキもディスク化され速度をコントロールしやすくなった。ひと口に言えば、峠を攻められるマシンになった。というわけで、足まわりの進化を実感。それでいて、大きなハンドル切れ角や豊かな低中速トルクも含め、日常域での扱いやすさは従来どおりである。
以上が新型シリーズとしての共通のインプレッション。加えてタイプ別の印象としては、ストリートは上体が起きて視界が良く、シートにどっかり座れて足着きもすこぶる良いし、とにかく楽。ハンドル幅が広くてアップライトなので操舵レスポンスも軽快で、ワインディングでもオフ車のようにヒラヒラと切り返すことができる。元々軽くコンパクトな車格を生かして、街乗りからショートツーリングまでオールラウンドに使えるモデルだ。
一方のカフェは、前傾スタイルにより自然にフロント荷重がかかるため、低い姿勢のままコーナーに飛び込んでいくようなスポーティな走りに向いている。シート形状も積極的に体重移動しやすいデザインなので、その気になればストレートで伏せつつ、コーナー手前で腰をずらしてハングオフで旋回していくスーパースポーツ的な走りも可能だ。また、高速になるほどハーフカウルの防風効果やカフェ専用装備のグリップヒーターもありがたいなど、スポーツツーリング向けの設定と言えるだろう。
さて、W1である。
まず存在感に圧倒される。大きいわけではない。むしろコンパクトだ。それでも完全にレストアされた1966年製の初期型W1を目の前にして背筋がピンとなる思いだ。これが半世紀以上前に作られた世界最速マシンの威容。本物だけが持ち得る絶対的なオーラだ。
跨ってみると現代のW800よりだいぶ小さい。タンクまわりなど本当にスリムだ。でも取り回しだけでも鉄の塊のような重厚感が伝わってくる。タンク下にあるメインキーやキックスターター、巨大なチョークレバーにステアリング締め込み用ダンパーなど、現代のマシンには存在しない昔のシステムに戸惑う。
重いクラッチを恐る恐るつなげてなんとか走り出すが、前後ドラム式ブレーキはまったく効かないし、サスペンションにしても足回りうんぬんという話ではない。4速踏み込み式の右シフトに左リヤブレーキという、独特の操作系になかなか慣れることができず、この鉄の機械を動かすために頭はフル回転状態。まるで蒸気機関車を運転しているような忙しさだ。
しかしながら、すごく楽しい! W1を動かしているだけで最高に気分がいいのだ。元祖バーチカルツインの重厚な加速感とともに吼えるエンジン。当時最強を誇った45ps/6500rpmは現代のレベルからすると「普通」だが、精一杯頑張ってる感が心に響く。現代のWはSOHCでカム駆動もベベルギヤで行うなど同じ並列2気筒でも中身はだいぶ違うが、一方では360度クランクの規則正しい鼓動や、奇しくも新型W800と近いスペック(52ps/6500rpm ※排気量で対比すると同等以上)も含め、同じDNAを受け継いでいることが伝わってくる。はっきり言ってW1はライダーに厳しい。新型W800のように洗練された扱いやすさはないが、気難しいところが味わい深くもあり、趣があって面白い部分でもある。W800の頑固な御祖父ちゃんという感じがまた可愛いのだ。
ともあれ、W1は今も世界最速マシンとしての誇りと威厳に満ちている。これで当時、実測171km/hをマークしたというのだから呆れてしまうほど凄い。マシンも凄いがテストライダーの肝っ玉もドデカかったのだと思う。半世紀以上も昔にこんな凄いマシンを作ったカワサキの技術力とエンジニアの創意工夫と努力が偲ばれる。
今乗ればハンドリングは重いし、エンジンの回転も鈍いし、ブレーキも当てにならないなど工業製品としてはオールドスクールなのは当然で、走りの性能で比べれば現代のW800が圧倒的に上回るのは当たり前である。
でも変わらない部分もある。それは同じ川崎重工による渾身の作品であること。そして、初代W1から連綿と続く「W」ブランドに託された自信と誇りである。新型W800に乗る度に、その歴史と伝統に触れることができるというだけで幸せな気分になれるはずだ。