掲載日:2019年09月27日 試乗インプレ・レビュー
取材・文/佐賀山 俊行 写真/伊井 覚
KAWASAKI KLX230
北米においては、20年以上前から250cc、あるいはそれに準ずる空冷ファンライドマシンの市場が盛況だ。家族でキャンプに行く時の相棒として、牛追いのツールとして、オープンエリアで彼女に乗せるセカンドバイクとして……。また、アジア諸国において、特にタイやインドネシアではKLX150がブームを巻き起こしており、予てよりモアパワーを求める声があったと言う。北米の需要に対しては、KLX230Rというファンライドレーサーを、アジアの需要に対してはKLX230というストリートリーガルを同時開発。そして、もちろんこの日本でも2016年から空白となっていたライムグリーンのトレールマシンを望む声が多かったのだ。同時並行的ではあったものの、わずかながらKLX230Rが先に着手され、それに手を加える形でKLX230が形を為していった。
近年のカワサキオフロードバイクは、大別して4種類に分かれる。まずは現行車としてアドベンチャーツーリングにセグメントされるヴェルシスシリーズ。そしてもう一つの現行車としてのKXシリーズだ。競技専用車両として、AMAモトクロスの王座をほしいままにしてきたKX450・KX250(2019年は250クラスでアダム・シャンシャルロがチャンピオンを獲得)。フルサイズトレールバイクとして4ストのKLX、2ストのKDX。また、トレッキングマシンとしてスーパーシェルパである。
今回のKLX230は、空冷であり230という排気量から、トレッキング方向のマシンと捉えられがちだが、スタイリングはKXシリーズを踏襲するスポーツテイストを前面に押し出しているし、実際のところ極低速で山のなかを探検するような使い方よりも、一般的なオフロードユースをターゲットとしている。名称にKLXを用いたことは、形だけでなく、シェルパとは違ったファンライドユースを想起させるためだ。
よほどウマイ乗り手で無い限り、ダートの上で高回転域を多用することはない。だから、本来の「土の上の用途」に限って言えば、トレールマシンで重視すべきは、低中速の過渡特性なのだが、KLX230のそれはとても優しいものだった。キーを回してエンジンをスタートさせると、控えめなエキゾーストノートで目を覚ます。軽車両のエンジンとしては、若干アイドリングが高めだが、これもオフロード車だからこその気遣いだ。アクセルを不用意にあおらずとも、チョイ開けのところから実用トルクが発生する。これなら、発進時に手こずることはないだろう。シート高は高めだが、形状が優れているためか、足付き性はまずまずだ。
まずは、最も多用されるであろうストリートへ足を向ける。試乗会場のイーハトーブの森周辺は、ゆるやかなワインディングが続くが、実に素直なハンドリングだ。カワサキ車は、ロードマシンに限らずシャープなハンドリングで緊張感をともなうことが多いが、KLX230の場合は、一言でいうなら優等生的。ニュートラルで、若干ダルに曲がっていく。21インチのフロントタイヤは、不安感こそなく、切れ込んでいくようなことも皆無だ。車体をイン側に預けながら外乱を加えても、実に安定していて不安がない。このオートバイなら、どんなアクシデントでも対応できるような気がしてくる。
エンジンパワーは、230なりといったらいいだろうか。思い切り攻めの走りをしようとすれば、レブに当たることもあるが、このバイクには似合わない。高速道路では、100km/h巡航が快適にこなせるレベルで、新東名高速の120km/h区間ではフルに引き出しても110km/hほどだと推測する。ただ、フレームは、まだまだ速度に対して余裕があり、まったく嫌な振動やハンドルのブレが出ることはない。トレールバイクは、オフロードプレジャーを重視すると高速道路で神経質な面が出ることがあるが、さすが2019年の新型車、その点に関しては完全に解決していると断言できる。
本領を発揮するダートではどうだろうか。イーハトーブの森に戻り、様々なシチュエーションを試してみた。短い周回コースでは、1速を多用することになるが、ダートの上では伸び感が好感触だ。レブにあたる手前を維持しながら走ると、スポーツ性を味わえる。
多用される2・3速は、日本のフィールドで遊ぶのであれば十分だと評価したい。特性はスーパーフラットなので、トルクが落ち込むようなこともなく、誰もが思う存分にスロットル操作を楽しめる。トレッキング用途はあまり想定していないような話だったが、森の中を縫うように走るときの低速の過渡特性は特に秀逸だった。エンジンストール耐性が高く、アイドリング付近の極低回転域が、しっかりねばってくれるので、おっかなびっくりにウェットな路面を走るようなシチュエーションでも、余裕が生まれてくる。簡単にいうと、トルキーな感触なのだ。オフロードでは、実トルクがありすぎると乗りづらくなってしまうのだが、マイルドな出力特性は逆にトルキーなフィーリングとして感じられることが多々ある。その意味での「トルキー」さが、とても秀逸だった。
加えて、ABSは素晴らしい設定だった。近年のオフロードバイクで問題になるのは、ABSだ。オフロードの場合は、どうしても路面μが低く、相当な頻度でABSが介入してしまう。ロードでは必須になったABSも、オフロード走行を楽しむという面においては、その楽しみをスポイルする機能だと言わざるを得ない。だが、このKLX230では、そこまで介入頻度が高くなく、これならばオフロードを存分に楽しみたい時にも、許容できるなと思えるものだった。
空冷のトレールマシンが、排ガス規制で次々に姿を消していったこのタイミングで、余裕をもって開発された最新のエアクールドユニット。その素性は、とにかく扱いやすくて優等生。オフロードを純粋に楽しみたい人に、ぜひおすすめしたい一台だ。