モビリティの発展に貢献してきたミシュランタイヤの画像

モビリティの発展に貢献してきたミシュラン

  • 取材協力・画像提供/ミシュラン  取材・文/青木タカオ  構成/バイクブロス・マガジンズ編集部
  • 掲載日/2017年1月31日

ワールドグランプリのトップカテゴリーで、350回以上の勝利と26回のチャンピオンを獲得してきたミシュラン。我々が購入できるモーターサイクル用タイヤもまたレース活動からフィードバックしてきたもので、同社はモータースポーツを理想的な実験室として捉えている。極限の状況下での栄光こそが高い技術力の証明であり、進歩への道。市販タイヤの性能の高さを物語っている。

世界最高峰のロードレース『MotoGP』でワンメイクなど
その先進的技術はモータースポーツで磨き上げられている

1889年の創業以来、人やモノのモビリティの発展に貢献することを自らの使命とし、自転車のための脱着可能な空気入りタイヤやラジアルタイヤの発明など、2輪車や自動車業界におけるあらゆるステージで活躍してきたミシュラン。

技術力の進歩にはモータースポーツへの挑戦、そしてそのカテゴリーを牽引することで技術力を証明していくことが不可欠であると同社は考えており、1895年には初めて空気入りタイヤを装着した自動車『エクレール号』(プジョーにダイムラーのエンジンを搭載)が、パリ-ボルドー間往復レースを完走。1997年の鈴鹿8耐では6位までを独占。記憶に新しいところでは、2005年に『F1』『WRC』『MotoGP』において、ミシュラン装着車が3連覇を果たしている。

そして2016年のMotoGPはミシュランのワンメイクとなり、8年ぶりのロードレース世界最高峰クラスでコースレコードを塗り替えるなど、その技術力の高さを改めて世に知らしめた。

いつの時代もモータースポーツは、ミシュランにとって欠くことのできない理想的な実験室であり、研究開発陣と参戦チームとの共同研究でおこなわれる極限条件でのテストや、それによって共有する経験などにより技術をさらに進化させ続けていくことができるのだ。

数々のイノベーションがここにある

モビリティの発展に貢献してきたミシュランタイヤの画像

モータースポーツシーンでの活躍こそが、市販タイヤの性能を総合的に高めると考えるミシュラン。性能を含むすべての面で完璧でなければ栄光を掴めない世界最高峰のカテゴリーで昔から戦っている。バリー・シーンが、スリックタイヤを使用して自身初のWGP500ccクラスのタイトルを獲得したのは1977年のこと。その後まもなくして、レースグリッドはすべてスリックタイヤに切り替わった。

モビリティの発展に貢献してきたミシュランタイヤの画像

写真は2014年鈴鹿8耐のものだが、雨の鈴鹿サーキットで想い出深いのは1992年3月のこと。ミック・ドゥーハンがシリカタイヤをレースで初めて使用し、ずぶ濡れの路面状況の中で勝利した。それまで補強材として用いていたカーボンブラックに代わり、シリカをラバーコンパウンドと配合するプロセスを開発したのもミシュランだった。現在でもレース用ウェットタイヤは、シリカの配合技術を採用し続けている。

モビリティの発展に貢献してきたミシュランタイヤの画像

2016年、ミシュランは2輪ロードレースの最高峰クラスであるMotoGPへ8年ぶりに復帰。唯一の公式タイヤサプライヤーとして、全18戦のシリーズすべての走行セッションにおいて、出走したすべてのマシンにタイヤを供給した。

モビリティの発展に貢献してきたミシュランタイヤの画像

製品ラインナップには、フロントセンターの接地面積を大きく取り、接地感が把握しやすく、直進ブレーキング時のフロントの安定感が高いスポーツツーリングタイヤ『MICHELIN PILOT ROAD 4(ミシュラン パイロットロード4)』がある。グリップ力や旋回性だけでなく、ウェット性、乗り心地、耐摩耗性、扱いやすさなどを含めたトータルバランスが高い。

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アドベンチャーバイク向けには、マルチパーパスタイヤ『MICHELIN ANAKEE WILD(ミシュラン アナーキーワイルド)』が用意される。高速道路を含めたロードセクションでのハンドリングと快適性を高い次元で確保した上で、ダートでの走破性、そしてロングライフをも実現している。タイヤラインナップは、オンロードからオフロードまで幅広い。

日本ミシュランタイヤ株式会社

ミシュラン

住所/東京都新宿区西新宿3-7-1 新宿パークタワー13F
電話/0276-25-4111

日本でのタイヤ販売事業は1964年にスタート。浜松町-羽田空港間に新設されたモノレールに、ミシュランスチールラジアル“X”タイヤが採用されたのが日本におけるミシュランの第一歩だった。1991年にはR&Dセンターも設立。