掲載日:2024年05月01日 試乗インプレ・レビュー
取材協力/MVアグスタ 取材・文/佐川 健太郎 衣装協力/KUSHITANI
MV AGUSTA ENDURO VELOCE
MVアグスタは最高峰レースでの活躍はもとより、高性能・高品質でアーティスティックなプロダクトから、走る宝石にも例えられるイタリアの名門ブランドである。20世紀初頭に航空機メーカーから始まり、’50~’70年代にはロードレース世界グランプリでも大躍進し通算37個のタイトルを獲得するなど黄金時代を築いた。
その後2輪事業から撤退するが、同じイタリアの新興2輪メーカーだったカジバの資本参加により復活。カジバ時代の90年代にはパリ・ダカールラリーにも参戦しイタリア人ライダーのエディ・オリオリが2度の優勝をもたらした。時は流れて2023年のEICMA(ミラノショー)にてMVアグスタは往年のレジェンドの名を冠した「LXPオリオリ」を世界限定500台のプレミアムモデルとして発表。同ブランド初となるアドベンチャーモデルに世界中が度肝を抜かれたことは記憶に新しい。そして今回、そのスタンダード版量産モデルとして登場したのが「エンデューロ ベローチェ」である。
デザインはかつてオリオリ選手がダカールで駆ったカジバ・エレファント900がモチーフになっている。その点でLXPは当時のメインスポンサーだった「ラッキーストライク」カラー(タバコの広告規制により正式には「ラッキーエクスプローラー」)を忠実に再現しているが、エンデューロ ベローチェはMVのフォーマルカラーとも言える鮮やかなレッド×シルバーに彩られている。
エンジンは水冷並列3気筒・逆回転クランクを採用した新世代MVを象徴するレイアウトとしつつ排気量を931ccに拡大した完全新設計。最高出力124ps/10,000rpmの高回転パワーと3,000rpmで最大トルクの85%を発揮する低中速トルクとを両立させた。
車体はスチールとアルミ鋳造部からなるダブルクレードル型のメインフレームにトレリスタイプのスチール製サブフレームを組み合わせた堅実な作り。燃料タンク容量は20Lと比較的コンパクトで、シート高は850mm/870mmで調整が可能だ。
アドベンチャーバイクで気になるのは足まわりだが、サスペンションは前後210mmのホイールトラベルを持つザックス製フルアジャスタブルを採用し、ブレーキにはブレンボ製の最高峰スティルマを装備。エキセル製チューブレスホイールに前後21/18インチのBS製A41タイヤを標準装備するなど本気のアドベンチャー仕様になっている。ちなみにエンジンから車体まで基本スペックはLXPオリオリと共通だ。
電子制御も最新だ。ライドモードは4種類(アーバン、ツーリング、オフロード、カスタムオールテレイン)を搭載。8段階のトラコンレベル(5ロード、2オフロード、1ウェット)が選択できるほか、装着タイヤがオンロード用かオフロード用かによってトラコン介入度を自動調整する最新機能も付いている。
また、コーナリングABSとエンジンブレーキコントロールは各々2段階に設定可能で、急制動時に後輪リフトを抑えるRLMも搭載。クルーズコントロールに加え、最大効率での発進加速を可能にするローンチコントロールやアップ&ダウン対応のクイックシフターも標準装備された。また、最新版MVライドアプリとの連携によるナビ機能やカスタマイズを含め、これらの電子デバイスを包括的にコントロールするためのフルカラーTFTディスプレイを装備。MVが歴代のスポーツモデルで培ってきた先端テクノロジーを余すところなく盛り込んだ贅沢なスペックが与えられている。
美しく快適でハイパフォーマンス。MVアグスタならではのエクスクルーシブなアドベンチャー体験を堪能できるバイクとして「エンデューロ ベローチェ」は開発された。MVブランドは最近KTMグループの傘下に入ったことで生産やパーツ供給体制もより強化されているが、エンデューロ ベローチェの開発プロジェクト自体はすでに5年前から始まっていた。100%イタリア製の世界一美しいバイクを自負しつつ、MVの栄光の歴史に裏打ちされたパフォーマンスとテクノロジーが詰め込まれている。
MVの開発陣にずばりどんなバイクか聞いてみたが、「誰が乗っても、速くてもゆっくりでも快適で扱いやすく、ただ美しいだけではなくワイドレンジで上質な旅が楽しめる」と自信たっぷりに語ってくれた。デザインに関しても「ギミックはいらない。美しさは機能に従う」という工業デザインで有名な金言が返ってきた。
見た目は大柄だが、跨るとタンクがコンパクトでハンドルも近いためサイズ的な圧迫感はあまり感じず、224kgの車重はイメージよりも軽い。新開発の並列3気筒エンジンは全域で力強くアグレッシブだ。2,000rpmでも粘るし、10,000rpmでピークアウトしてからも伸びていく。排気量アップとともにロングストローク化されたメリットだろう。低中速トルクと高回転パワーがきれいにつながっている印象で、エンジンのレスポンスは鋭いがそこに慣れれば扱いやすい。最高なのがサウンド。下はワイルドな鼓動感に溢れ、回せば昔のF1マシンのような官能的な高周波が響き渡る。まさに3気筒MVの真骨頂だ。
エンジン特性はハンドリングにも大きく関わっている。逆回転クランクの慣性力により加速時のフロントの浮き上がりが抑えられるため前輪の接地感が豊富。減速時は逆に後輪が路面に押し付けられる効果がある。明確に分かるわけではないが、コーナーへの進入や脱出でスロットルを閉じたり開けたりするときのピッチングモーションが穏やかなのだ。通常はこれだけ前後サスペンションのストローク量が大きいと車体の挙動変化も急激になると思うが、そこが緩和されている感じだ。ハンドリングは穏やかだが軽快。フロント21インチのどっしり感があり、しなやかな前後サスによって車体の姿勢変化を作ることで、タイトなワインディングも気持ち良く曲がっていくことができる。コーナリング中でも自在にギアチェンジできてしまうクイックシフターも秀逸だ。ちなみにワインディングではリア側のプリロードを強めると踏ん張り感が出てより旋回が安定した。アジャスターは手で簡単に回せるのでタンデムや荷物積載時にも即対応できて便利だ。
ライドモードはMVらしく出力特性がアグレッシブで、「アーバン」が通常のツーリングモード並み、「ツーリング」はスポーツモードに相当するレベルかも。スイッチひとつで各モードによってABS、トラコン、エンジンブレーキなどの設定も最適化され、ライダーにも明確な手応えとして伝わってくるので安心できる。また、高速道路では大型スクリーンと一体化したカウルが効果的に空気の壁を剥ぎ取ってくれるので伏せてなくても快適。場所が許せば200km/h近い速度でのクルーズも可能だ。街中でもこのクラスとしては軽い車体とリラックスできる自然なライポジに無理はなく、サイドラジエターからエンジンの熱風を横に逃がしてくれるので快適だった。
場所が変わってオフロードへ。高級品のMVでしかも初のアドベンチャーである。フラットダートをちょこっと走る程度かと思いきや、目の前に広がるのは山を切り開いただけの不整地、しかもけっこうな勾配だ。不安いっぱいのまま走り始めたが、最初の砂地を3気筒パワーで軽くいなすと、岩がむき出しの低いステップをふわりと飛び越えた。想定していたよりずっと衝撃が少ないことに驚く。フルサイズの前後21/18インチホイールと専用セッティングのザックス製前後サスの威力だろう。
続いてガレ場やクレバスが散在するダートを慎重なアクセル操作とステップワークで駆け登っていく。トルクがあるので低回転でもぐんぐん進むし、車体の動きがしなやかで安定しているのでライン取りもコントロールしやすかった。何と言うか、オフロードを一生懸命走っていてもフィードバックが柔らかく優雅なのだ。さすがにタイヤはオプション指定のBS製AX41に履き替えられ、MV側で事前に最適化した「カスタムオールテレイン」モードにセッティングされていたが、とはいえガチオフでの走破性の高さとドライバビリティには正直驚いた。
後で開発陣に聞いたところ、3気筒逆回転クランクのエンジン特性に加え、フレームの良さが効いているようだ。エンデューロ ベローチェ専用に新たに開発したダブルクレードルフレームは形状がオーソドックスであるが故に挙動が分かりやすく、アルミとスチールを組み合わせたことで強度と剛性バランスを最適化。MVがアドベンチャーバイクに求める上質で快適な走りを実現できたという。まさに的を射たり。5年の歳月をかけて大事に作り込んできた、その意味が分かった気がした。MVアグスタはやはり只者ではなかった。日本での発売時期や価格は未発表だが、アドベンチャーに最高のエクスタシーを求める人には是非おすすめしたい。