掲載日:2022年11月30日 フォトTOPICS
取材協力/ロイヤルエンフィールド 写真・文/佐川 健太郎 写真/河野 正士
ロイヤルエンフィールド(以下RE)が主催する「Moto Himalaya 2022」に参加してきた。アドベンチャーバイク「ヒマラヤ」(英名:Himalayan)に乗り、7日間でヒマラヤを1000km走破する冒険ツーリングで、今回はメディア向けの企画として日本やアジアから20名近くが参加した。ちなみにRE社は現在インドの有力自動車メーカー傘下にあるが、元々は英国発祥の伝統的なモーターサイクルブランドである。エンジン付き2輪車を作り始めたのが1901年という世界最古級の老舗として知られる。
ヒマラヤへの玄関口であるレーの街に着いたのは8月中旬のこと。レーはインド北西部に広がるラダック地方と呼ばれる山岳地帯の中心都市である。既に標高3,500mと富士山並みの高地が出発点。数日ここで過ごしながら近所をツーリングしたりして体を高地に慣らしていく。目指すは標高世界一の峠道「カルドゥン・ラ」だ。
レーの市街地を抜けてしばらく走ると広大なヒマラヤの大地とその向こうにそびえる急峻な山々が見えてくる。澄み切った青空の下、山肌を縫って走る気持ちのいいワインディングを駆け抜けていく。急流が躍る深い渓谷や、悠々と水をたたえた巨大湖など自然のパノラマが次々に目に飛び込んでくる。日本とはかけ離れた景色とそのスケール感に圧倒されっぱなしだ。標高を上げるにつれて空高くにあった雲が目線に近くなり、やがて眼下にかすんでいく。どこまで行っても巨大な岩盤に囲まれた荒涼とした景色が延々と続く。森林限界をはるかに超えるため、緑がない世界なのだ。数十キロ、あるいはそれ以上先まで遮るものがないシュールな光景。写真で見た火星のようだと思った。
さらに登っていくと路面は荒れたダートに。気温もぐんぐんと下がり空気も薄くなって、楽しむ余裕などなくなってくる。無事に到達することだけを祈りつつ霧雨の中でアクセルを開け続ける、と突然ラダックの5色旗がはためく広場に出た。海抜5,359m、自動車が通過可能な世界一標高の高い峠として知られる「カルドゥン・ラ」に到達したのだ。周囲を見渡すと、バイクやクルマでけっこう賑わっているではないか。安堵感に続いてやっと熱いものがこみ上げてきた。同行したメンバーや他国のツーリストも一緒になって記念写真を撮り喜びを分かち合う中で、自分にはただ楽しいとか嬉しいだけではない特別な感情が湧いてくるのを感じていた。神への感謝や畏怖の気持ちに近い感じだと思う。ちょっとハイな気分なのは酸素濃度が地上の半分程度であることも影響しているかも。いずれにしても長居するのは危険という現地スタッフの指示に従って15分で“世界最高の峠”を後にした。
ちなみにツーリング中の宿泊はほとんどが常設テントになる。夏でも朝は真冬並みに寒く温かいシャワーが期待できない日もあるなど不便も多いが、食事はカレー風味のインド料理とチベット郷土料理がミックスしたような感じでとても美味しい。ただ、何日も低酸素の高地に滞在することで高山病のリスクも出てくる。主な症状としては咳や頭痛、めまいなどで個人差がある。酸素吸入や処方薬でだいたいは良くなるが、酷くなると下山しないといけなくなる。ちなみに自分はダート走行で“フェシ”というパウダー状の砂塵を吸ってしまったこともあり、道中ずっと咳が止まらず苦しかった。
「Moto Himalaya 2022」では車両はすべてレンタルでRE社の専属インストラクターが先導してくれるので安心である。自分ひとりでは決して行けないような秘境にもいろいろ連れて行ってもらえたのはラッキーだった。山脈の中を縫って走るワインディングロードは雄大で、比較的新しい道はきちんとアスファルト舗装されていて快適で走りやすいが、一方で山頂近くの峠道は未舗装でガレている場合がほとんど。一日の走行距離は100kmから250km程度とそれほど長くはないのだが、大半がダートセクションという日もある。
タイヤをとられる細かい砂に覆われた砂漠のような場所もあれば、濡れたツルツルの岩盤やスタンディングでも膝まで浸かる渡河セクションもあったり。ヒマラヤは生き物のように刻々と表情を変える。ルートの一部が川の氾濫で通行止めになり、急きょ5,000m超級の峠を2か所も超えていくロングルートに変更されたり、雪解け水が道路を横断する中を強行突破したり、クルマほどの大きさの落石が道を塞いでいたり、と予測不能なアトラクションが待ち構えている。非日常が日常的に起きるという意味で毎日がリアルアドベンチャーなのがヒマラヤツーリングの醍醐味でもある。
ライディングスキル的な意味での難易度については、普段から大型パイクに乗っていて、かつオフロード初中級レベルであればたぶん走破できるはず。林道ツーリングにあちこち出かけているライダーなら順応できるレベルと思う。ただ、宿泊地も含めて標高が常に富士山より高いところにあるので、空気が薄く息苦しいのは日常。
また、寒暖差が激しく、昼はヒリヒリするような暑さかと思えば陽が傾き始めると一気に震えるほど寒くなる。第三の極地と言われるだけあって、とにかくすべてが極端なのだ。スリップダウンなどの軽い転倒は日常茶飯事で、一緒に行ったメンバーの中にも実際にパンクや故障したりするケースもあったが、そんなときも同行するRE社の熟練インストラクターやプロメカニック、医療スタッフがすぐに対応してくれるので安心して走ることができた。こうした万全のサポート体制があってこそ、ちょっとハードルが高めのヒマラヤツーリングにも挑戦できるのだ。
一生のうちにそう何度も経験できるものではないだろう。ある程度のライディングスキルと精神的・肉体的なタフさ、準備を含めてかかる時間やコストなどクリアすべき課題も多いが、それ以上に得るものは大きいと思うし、もしかしたら人生観を変える体験になるかもしれない。そして、一歩踏み出す勇気さえあれば行ける現実的なパイク旅でもある。
RE社では来年以降もヒマラヤツーリングを企画する予定だ。興味のある方は以下サイトをチェックしてみてほしい。