掲載日:2025年09月01日 試乗インプレ・レビュー
取材・文・写真/小松 男
HONDA XL750 TRANSALP
”日常使用から世界一周までカバーする、新世代ジャストサイズオールラウンダー”というコンセプトの下、2023年に劇的な復活を遂げたホンダのアドベンチャーモデル、XL750 TRANSALP(以下トランザルプ)。
剛性の適正化を図られた軽量なダイヤモンドフレームに、新開発となった750cc並列2気筒エンジンを搭載し、次なる時代を感じさせるミドルアドベンチャーモデルとして、世界的に注目を浴びたことは記憶に新しい。
2025年モデル(5月発売)ではヘッドライトやウインドスクリーンの形状が変更され、より精悍なフェイスマスクが与えられたことに始まり、前後サスペンションのセッティング調整や新たなカラーリングが用意されるなど、より快適性と利便性が強化されている。
トランザルプは、日本国内だけでなく、アドベンチャーツーリングの本場、欧州を中心に多くのファンから多大な支持を受けてきた名車だ。その最新モデルの進化の手触りをじっくりと探っていきたいと思う。
トランザルプが初めて登場したのは1987年のこと。車名は TRANS(超える)+ ALP(アルプス) に由来し、スイス、フランス、イタリア、ドイツ、オーストリアにまたがる雄大なアルプス山脈を駆け抜けることをイメージして名付けられた。つまり、いわゆる“アルプスローダー”と呼ばれるモデルの先駆け的存在である。
当時は、世界一過酷と称されたパリ・ダカールラリーで2年連続優勝を果たしたレースマシン NXR750 の技術を市販モデルへフィードバックした点でも話題となった。実質的なNXR750のレプリカにあたる アフリカツイン が登場するのは1990年のことなので、トランザルプの方がより長い歴史を持つことになる。
日本国内ではアフリカツインの知名度が高かった一方で、トランザルプはオンロードもオフロードも高水準でこなし、毎日使えるサイズ感、快適性、汎用性を兼ね備えていたことから、欧州では大ヒットを記録した。
その後、日本向けには400ccモデルも投入されたが販売は数年で終了。しかし欧州での人気は根強く、生産拠点を海外に移しながら独自の進化を遂げたものの、2010年代に入り生産は終了。そして約10年のブランクを経て、2023年に新生トランザルプとして復活を果たしたのである。
従来のトランザルプは初代から代々、V型2気筒エンジンを採用してきたが、新型では新開発の並列2気筒エンジンを搭載。フレームもセミダブルクレードルからダイヤモンドフレームへと刷新され、まったくの別物とも言える仕上がりとなった。
求められたのはデュアルパーパスモデルとしての本質的な素性の良さ。従来型以上の快適性や走破性に加え、“走りの本質” を徹底的に高めた形でカムバックを果たしたのである。今回は、そうした新生トランザルプに施されたマイナーチェンジの内容にスポットを当てつつ、実車に触れた印象をお伝えしていこう。
マイナーチェンジが施されたトランザルプを実際に目にして、まず直感的に「これは良くなった」と思えたのは、そのフェイスマスクだ。外観上は大きく変わっていないように見えるものの、新しい形状のヘッドライトやスクリーンによって、より引き締まった印象を受ける。
ちなみにウインドスクリーンには中央にインテークダクトが設けられ、走行風の巻き込みを軽減する工夫が凝らされているほか、素材には環境に配慮したバイオエンジニアリングプラスチック 「DURABIO」 が採用されている。
実際に跨ってみると、シート高850mmは決して「足つきが良い」とは言いにくい。だが、ストロークの長いサスペンションは体重をかけるだけである程度沈み込むため、べた足こそ難しいものの、両足を接地させることはできた。ただし、このアドベンチャーモデルらしい高いシートポジションから見える景色は格別で、走り出した瞬間から高いアイポイントに導かれ、まるで別世界に入り込んだかのような感覚を味わえる。
シフトを1速に入れて走り出す。クイックシフターは未装備ながら、クラッチレバーの操作感は指一本で握れるほど軽く、シフトチェンジやストップ&ゴーを繰り返す場面でもストレスは少ない。近年は様々な自動変速機構を備えたモデルに触れる機会も多く、その完成度に感心させられることばかり。しかし、こうしてトランザルプのような純粋なマニュアル機構のバイクに乗ると、半クラッチの調整など「脳と直結する操作感」を楽しめることを改めて実感できるのだ。
市街地を走らせてもアドベンチャーモデルは快適だ。アイポイントの高さから道の先まで見通すことができ、低回転からトルクがあるので、軽くスロットルを開けるだけでぐいぐいと車体は前へと進んでいく。未舗装路走行も考えられた足まわりのおかげでちょっとした段差など気にもならない。
高速道路にステージを変える。ギア比がやや低め、そしてショート気味に設定されているために、6速トップで巡行した場合でも若干回転数が高いと思えた。これはゆったりクルージングだけでなく、果敢なハイスピードスポーツも楽しめる味付けとされているという感じである。従来モデルとの比較ではないが、少なくとも新型トランザルプで形状変更されたウインドスクリーンの防風効果は高く、巻き込みも少ないことはわかった。
ワインディングロードに持ち込むと、「もしかするとこここそがトランザルプのメインステージなのではないか」と思えるほど、まさに“水を得た魚”のように気持ちの良いスポーツライディングが楽しめる。一般的にフロント21インチ、リア18インチのタイヤセットは回頭性が鈍く感じられそうなものだが、トランザルプは想像をはるかに超える軽快な切り返しを実現している。全体のバランスが優れているため、深くバンクさせても不安はなく、前後輪ともタイヤの端までしっかりと使い切ることができる。少し腕に覚えのあるライダーであれば、コーナー進入でリアを軽くスライドさせるような芸当も容易にこなせるだろう。
未舗装路に入っても、その性能は健在だ。ロードモデルであれば簡単にハンドルを取られてしまうような深い砕石路や、常時ぬかるんだマディなセクションでも難なく走破してしまう。コアなオフロードファンの中には「物足りない」という声もあるようだが、飛んだり跳ねたりといった本格的な競技走行を求めない限り、十分すぎる走破性を備えている。
10日間ほどじっくりとトランザルプと付き合い、さまざまなステージを走らせて分かったのは、デュアルパーパスモデルに求められる要素をまんべんなく満たしているということだ。
エンジンは人によっては「やや獰猛」と感じるほどの力強さを持つが、どんな状況でも扱いやすい特性を備えており、ライダーの思い通りに出力を引き出せるよう緻密に調教されている(5種類用意されたライディングモードもセッティングが的確だ)。
足まわりはロングストロークながら、生粋のオフロードマシンのように加減速で大きくピッチングすることはなく、ロードスポーツ的な走りを楽しめるのも美点だ。特にフロントフォークやブレーキはハイグレードなコンポーネントではないものの、セッティングが絶妙で、タッチや挙動は筆舌に尽くしがたい完成度を誇る。
車体構成だけを見ればトランザルプはオーソドックスだが、そのトータルバランスは突出しており、多くのライダーが「自分のスキルが上達したのでは」と錯覚するほどの仕上がりだ。この良さを体験しないのは実にもったいない。アドベンチャーモデルやデュアルパーパスモデルに少しでも興味があるなら、ぜひ一度触れてみることをおすすめしたい。
搭載する水冷並列2気筒750ccエンジンは最高出力91ps/9,500rpm、最大トルク75Nm/7,250rpmを発揮。低中速域の扱いやすさと高回転域の伸びやかさを兼ね備える。ライディングモードはスポーツ、スタンダード、レイン、グラベル、ユーザーを用意。
フロントは21インチチューブタイヤを採用。φ43mm倒立フォークは今回セッティングが見直され、より乗り心地が良くなり、走破性も向上した。ブレーキは310mmダブルディスク+2ピストンスライド式キャリパーがセレクトされている。
リアは18インチチューブタイヤを装着し、軽量アルミスイングアームにリンク式モノショックを組み合わせる。リアのABSはカットすることもでき、オフロードでの路面追従性とオンロードでの安定感を両立し、多用途に応える足まわりとなっている。
新形状のヘッドライトとウインドスクリーンにより、精悍さを増したフロントマスク。中央インテークを備えた新型スクリーンは風の巻き込みを低減し、素材には環境配慮型のDURABIOが採用されている。
ラバーパッド付きステップは長距離での快適性を確保しつつ、オフロード走行時には取り外してダイレクト感を得られる仕様。スタンディングポジションも自然で、アドベンチャーモデルらしい操作性を実現している。
シートは850mmのワンピースタイプで、着座時の自由度が高く自然なライディングポジションを確保できる。グラブバーとキャリアステーを備え、タンデムや荷物の固定も容易。長距離走行でも快適性を損なわず、アドベンチャーツーリングに適した設計となっている。
5インチTFTフルカラー液晶メーターを採用し、速度・回転数・燃料・トリップ情報に加え、ライディングモードやギアポジションも直感的に確認可能。明るさ自動調整機能や多彩なインフォ表示で、昼夜問わず視認性に優れ、操作性と安全性を両立している。
ハンドルは適度な幅と引き角を持ち、長時間ライディングでも疲れにくい設計。左側のスイッチボックスには4方向スイッチが採用され専用アプリの操作も容易。モード切替も直感的に操作可能だ。グリップやレバーも握りやすく、常に快適な操作感を得られる。
テールセクションもコンパクトで精悍なデザインとなっている。LEDテールランプとウインカーを装備し、ナンバーステーはフェンダー機能も兼ねる設計。軽量かつ視認性に優れ、雨天や夜間でも後続車から確認しやすく、デザイン性と実用性を両立している。
リアサスペンションはリンク式で路面追従性と安定性を両立。今回のマイナーチェンジに伴い、前サスは圧・伸び減衰をやや弱めに設定し快適性を重視、後サスは圧・伸び減衰を強めに調整して荷重時や悪路でも安定した制御を実現。
燃料タンク容量は16Lで、長距離ツーリングでも安心の航続性を確保。形状はライディングポジションに合わせて絞り込みが施され、取り回しやすさに貢献する。
シート下には車載工具やETC2.0車載器がセットされているほか、わりと広めのユーティリティスペースが確保されている。エマージェンシー用にコンパクトな雨具などを入れておくこともできそうだ。
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