掲載日:2021年04月26日 試乗インプレ・レビュー
取材・文・写真/伊井 覚
KTM 890 ADOVENTURE
僕は大型免許は持っているけども、実は自分で大型バイクを所有したことはなく、プライベートでも原付や軽量なオフロードバイクばかり乗っているせいで、今回のように仕事で大型バイクに乗る時には少し構えてしまう。しかし、どうだろう。この890アドベンチャーに関しては借りてから返却するまで全く気構えることなく、リラックスして乗ることができた。乗りながら、その原因が一体なんなのかをずっと考えていたのだが、それは低重心化による圧倒的なまでの安定感と、ライディングモードの変更による適材適所のスロットルレスポンスが容易に選べる点、そして驚くほど素直に回るフレンドリーなエンジンに起因しているのではないだろうか。
バイクにまたがって最初に感じたのはシート幅の広さだ。シート高はオフロード向けのアドベンチャーRに比べれば30mm低い850mmで、身長173cmの僕はあまり苦労しないはずなのだが、この幅のおかげでべったりと足裏を地面につけるにはお尻を半分ずらさなければいけなかった。しかしなんと、まるでこのポジションが前提で設計されているかのようにしっくりくる。お尻を半分ずらしているはずなのに、シート内にしっかり収まっていて、不安定感は一切ない。片足はまっすぐ地面に降りてベタ足。これは通常のシッティングで両足のつま先だけ着いてるよりも安心できるかもしれない。
そしてこのシート幅の太さはニーグリップに於いても大きなメリットがあった。通常は意識して行うニーグリップが、何も考えず普通に座るだけでかなりしっかりでき、それはスタンディングでも同様だった。それだからマシンとの一体感を強く感じられ、加速時にも体が遅れないし、高速道路を100kmで走りながらでも上半身の前傾やお尻を引くような姿勢が自在に取れる。大きく左右に張り出したフューエルタンクが不安だったが、シュラウドの形状も素直で、ポジショニングを妨げる要素は何もなかった。
そしてエンジンについて触れなければならない。排気量889cc、最高出力77kW、最大トルク100Nm。ボア×ストロークは90.7mm×68.8mmでかなりショートストロークだ。これだけ高回転型のエンジンだと、試乗車をお借りしてから会社に戻るまでの間に、都心部の渋滞でいきなり酷い目に遭うパターンが多いのだが、この890アドベンチャーは違った。790から+12Nmの100Nmというトルクが低速時でもしっかりとその効果を感じさせてくれたのだろう。
そしてさらにエンジンモードを「オフロード」にすることでスロットルレスポンスが驚くほどソフトになることが大きな恩恵だった。普通この排気量のエンジンだと、渋滞に捕まってノロノロと進まなければならない時でも、ちょっとスロットルをひねるだけでドッカンとパワーが出てしまい、半クラッチを多用するなどの対処が求められ、辟易してしまうのだが、このオフロードモードではとても緩やか、かつスムーズに出力をコントロールすることができるため、まったくストレスを感じることはなかった。
それでいてスポーツ走行がしたいようなワインディングロードでは、「ストリート」やオプションの「ラリー」にエンジンモードを切り替えることで、リニアなレスポンスを得ることができ、思い通りの加速が楽しめるというわけだ。もちろん路面のスリッピーな雨の日のための「レイン」も搭載している。これは電子制御の一つ、ライドバイワイヤで得られる大きなメリットだ。
個人的な一押しは「ラリー」モードにして元気なエンジン出力を得て、かつスロットルレスポンスだけを「オフロード」にするという技。ゼロストップでの発進では優しく気楽に、しかし走り始めてからは元気よく加速して開けたら開けただけ回転がついてきてくれる。思いっきりコーナーの立ち上がりで加速したいような人でない限り、この設定がとても安全、かつ気負わずに楽しくマシンを操ることができると思った。
さらにこのモデルからピストンの軽量化と、クランクシャフトの回転によるマスの20%軽減を実現。高回転までよりスムーズに回るエンジンが出来上がったというわけだ。特にこれはコーナリング中や、高速道路での車線変更時などで効果を実感できた。
というわけで790とほど近い排気量の890アドベンチャーは、より疲れにくく、あらゆるシーンでストレスを感じることがない。ツーリングからスポーツ走行まで幅広く楽しませてくれるミドルアドベンチャーなのだ。
ヘッドライト、テールライトはLED。1290、790、390という兄弟モデルと共通のフロントマスクを装備。890アドベンチャーRよりも高く設定されたシールドは防風効果も抜群で高速巡航時にヘルメットに受ける風の影響も少ない。
5インチのTFTディスプレイは日照に対応して自動的に明るさを調整してくれるため見やすく、左手のスイッチボックスで操作可能。また、表示する情報をカスタマイズできる。
左手のスイッチボックスにはディスプレイ操作に必要なボタン類と、ウインカー、クラクション、パッシングスイッチ、そしてクルーズコントロールの操作スイッチが凝縮されている。
ハンドル周りはすっきりとしていてステアリングに重さは一切感じない。また、オフロードレーサーさながらのテーパーハンドルバーは高い剛性を誇り、腕にかかる負担を軽減してくれる。ハンドルバーの取り付け位置は体格に合わせて6パターンから選択可能。
トリプルクランプの下にはハンドリングの安定感を向上させてくれるステアリングダンパーが装備されている。高速道路での走行時の大きな安定感は、このステアリングダンパーにあるのかもしれない。
20Lの大型フューエルタンクは給油口こそ一つだが、左右に分割してエンジン下部まで大きく垂れ下がっており、マシンの低重心化に貢献している。この恩恵は、ワインディングなどでヒラヒラとマシンを倒して走る際に、想像以上に感じられる。
エンジンは水冷4ストローク並列二気筒。排気量は889cc。最高出力77kW、最大トルク100Nm。高回転までスムーズに回るショートストローク型で、トルクの谷はほとんど感じられない。
シート高はスタンダードで850mmだが、取り付け位置を調整することで2段階から高さを調整できる。シート幅が広く、ニーグリップの補助にもなるし、疲れてきたら座る位置を変えることでお尻の痛みにも優しい。
ラジエーターには電動ファンが標準装備。試乗日は20℃を超える暖かい陽気で、ちょっとした信号待ちでもファンがよく仕事をしてくれた。
フロントブレーキディスクは320mmの大径サイズが2枚。リアは260mmが1枚。前後コーナリングABSを装備しており、ABSの設定をオフロードモードにすることで後輪のみカットすることが可能。
フットペグはゴム付き。前傾のライディングフォームを取る時などは、このゴムの前端にブーツを引っ掛けてグリップができ、なかなか使いやすかった。もちろんオフロード走行時には取り外しもできる。
前後サスペンションは安定のWP。ストローク長は前後ともに200mm。リアショックは工具を使わず手動でプリロードを調整できるため、タンデム時や重い荷物をリアキャリアに積載する時などに便利。
長く垂れ下がったフューエルタンクに飛び石などが当たり破損しないように、頑丈なエンジンガードが張り出している。足を出すときに邪魔になるかと思いきや、そんなこともなかった。
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