掲載日:2021年06月23日 試乗インプレ・レビュー
取材・文/佐川 健太郎 写真/渡辺 昌彦
KTM 1290 SUPER ADVENTURE S / R
2017年のデビュー以来、4年ぶりのフルモデルチェンジとなる1290スーパーアドベンチャー。このシリーズには2タイプがあり「S」はオンロード寄り、「R」がオフロード寄りの設定となっている。
最大の注目は「S」に初採用されたACC(アダプティブ・クルーズ・コントロール)だ。今回ボッシュ社と共同開発されたACCは、レーダーセンサーを使って前方車両までの距離を測定し、車間距離を自動的に調整するシステムである。
最高出力160psを発揮するKTM伝統の水冷Vツイン(LC8)エンジンは、従来型を踏襲しつつも吸排気系の改良によりEuro5対応とし、エンジンケースを薄くするなど軽量化。オイル回路の新設や2ピース構造のラジエーターの採用により、新デザインのボディワークと連動してライダーの足元への熱風を低減するなど快適性も向上させている。
車体も新しくなった。重量配分の見直しとスイングアームの延長、ステアリングヘッドを15mm後方に移動するなどのディメンション改良により、さらに俊敏かつ安定したハンドリングへと磨かれた。新作のアルミ鍛造サブフレームはより軽量かつ低いシート高を実現。新設計23リットルタンクは左右に振り分けたスペースを持つ3セル設計とし、低重心化とともに快適なライディングポジションと走行安定性も向上させている。
ACC導入に合わせて電子制御も刷新された。5種類のライディングモード(STREET/SPORT/RAIN/OFFROAD/RALLY/)が設定され、新たな6軸リーンアングルセンサーによるMSC(モーターサイクルスタビリティコントロール)とコーナリングABS機能も向上。ハンドルバースイッチも一新されて操作性を向上、コネクティビティに対応した7インチTFTディスプレイも新採用された。LEDライトシステムも新設計となりコーナリング対応となっている。
サスペンションもWPセミアクティブサスペンション(SAT)の最新世代へと進化。リアルタイムで減衰率を調整し、路面や乗り方に応じて5種類の異なるダンピングモードを設定できる他、リアショックにはスプリングの自動プリロード調整や、高さ調整が可能な自動レベリング機能も搭載されるなど、今の先端テクノロジーをすべて詰め込んだ最新スペックが与えられている。
1290スーパーアドベンチャー「S」に今回初めて搭載されたのがACCだ。車体フロント部分に装備されたレーダーセンサーが前走車との距離を計測し、ECUと連動したコントロールユニットによって自動的に車間距離を最適化してくれる仕組み。いわば、自動クルコンだ。条件としては、30 km / h以上で有効となり、最大200 km / hまでコントロール可能。車間距離も5段階で設定できる。また、ACCのセッティング自体もスポーツとコンフォートが選べる他、「追い越しアシスト」などの機能も搭載。これはウインカー操作と連動し、追い越しを感知すると自動的に加速するもの。またコーナリングを感知しての速度調整や、クイックシフターのよるギヤチェンジにも対応するなど、よりライダーが使いやすく実際のライディングに即した機能になっている。ちなみにACCは前後ブレーキ操作やアクセルオフからさらに強く閉じると解除され、従来のクルーズコントロールも独立して使用できる仕組みだ。
今回の試乗会ではJARIテストコースの外周路を使って主にACCの検証が行われた。複雑なシステムとは対照的に操作そのものは非常に簡単で、左手元にあるスイッチボックスで完結できる。まずクルコンのボタンを押すとACCシステムが作動状態になったことを示すアイコンがTFTディスプレイに表示される。これで準備完了。先導車の後方に付いて走りながら、試しに速度が100km/hに達したところでSETキーを押してみた。すると速度がメモリーされ、ACCが自動的に前走車との距離を最適化してくれる。前走車が減速するとバイクも車間を保ちながら減速し、加速するとこちらも加速する。そのタイムラグがほとんどなく、また減速から加速に移るときのレスポンスもきわめて自然な感じだ。
たとえば、前走車が急に速度を上げた場合でもこちらは設定速度(今回は100km/h)までしか加速しないので安心。もしアウトバーンなら、その倍までオーケーということだ。ちなみに外周路の緩いカーブでも追尾できたので、Rがきつい日本の高速道路でもおそらく機能するはずだ。
高速道路でありがちな渋滞末尾を想定して、けっこうな勢いで前走車が減速したときも、しっかりと前後ブレーキが作動してグーッと減速してくれる。ボッシュ社の話によると、安全面を考慮して最大でフルブレーキングの5割程度の減速度に設定されているようだ。しかも、かけ始めは穏やかなので唐突感はなく、むしろ“上手いライダー”に乗せられてタンデムしている感覚に近いかも。走行中でもスイッチを押すだけで車間距離や速度の設定も任意に調整することが可能。その操作も覚えやすく、自分でもいろいろ試してみたが外周路を2周する間に馴染むことができた。当日は大雨だったが、レーダーセンサーはその影響をまったく受けなかったことも付け加えておく。
一点だけ気になったのは、前走車を複数のバイクで追尾した場合。普通に走っていれば前のバイクを感知してくれるが、前後のバイクが大きくラインをずらすと先頭のクルマに車間距離を合わせていく場面も見られた。ただしこれは最初から説明済みで、現状ではマスツーリング(つまり千鳥走行)への対応は明言していないので念のため。
限られた時間の中でフルチェンジによる総合的なポテンシャルについては確認できなかったが、ACCの完成度と便利さは実感できた。どこまでも走れる万能長距離ツアラーとしての「S」にこそ相応しい機能と言えるだろう。
一方の「R」はエンジンや車体の基本構成は「S」とほぼ同じだが、足まわりを中心にオフロード寄りの仕様になっているのが特徴だ。WP製前後サスペンションはマニュアル調整式のフルアジャスタブルタイプでストローク長も前後220mm(Sは200mm)と長め。グランドクリアランスも20mm余裕がある。その分シート高は880mmと高めだ。ホイールも前後90/90-21インチ、150/70-18(Sは120/70-19、170/60-17)と大径化され、タイヤも新たにBS製アドベンチャー用タイヤのA41を標準装着するなどオフロードでの走破性とバランスを重視した仕様になっている。
試乗時間が限られていたこともあり今回はオフロード走行のみとなった。終日の雨で粘土質と砂利が混ざったテストコースの路面は滑りやすく、最悪ともいえるコンディションだったが、そこはダカールラリー18連覇の猛者。条件が過酷になるほど底力を発揮するのがKTMだ。排気量1300cc、パワー160psのオフ車など普通に考えれば、到底乗りこなすことなどできないと思うはず。しかも目の前の路面はヌタヌタだ。
意を決してコースインしてみたのだが、不思議と安定していることにまず驚いた。恐る恐る路面とのコンタクトを確認しつつ徐々にスロットルを開けて加速し、前後ブレーキをかけて減速してみるが、想像していた以上に安定していて楽に走り抜けていける。
その理由を分解して考えてみると、まずタイヤの威力が大きい。試乗車にはオフロード走行用に最初からノーマルのA41よりさらにオフ性能が高いAX41が装着されていた。厳ついブロックがしっかりとダート路面を噛んでくれるのでひと安心。次にサスペンションがいい。前後に装着された専用セティティングのWP製XPLORは、ストローク感たっぷりのしなやかな動きで路面を舐めてくれる。おそらくは250kg近い車重(乾燥重量221kg)と思われるが、ジャンプに近い段差のギャップでも底付き感とは無縁だ。加えて車体も進化している。フューエルタンクが左右に振り分けられて重心は低く、ホイールベースは短縮しつつ逆にスイングアームは延長するなど、790アドベンチャーで成功したラリーマシン由来の設計思想を明確に注入してきている。車体の動きが安定していて、外乱を受けたときのモーションがゆっくりと感じるのだ。
そして、やはり凄いのは電子制御の力だ。元々トラクション性能に優れ、滑らかな出力特性で巷のイメージ以上に扱いやすいVツインエンジンは、最新の電子制御によってさらにライダーに寄り添ってくれるようになった。「オフロードモード」で走ってみたが、出力は抑えられてスロットルレスポンスも穏やかになり、フワーッとパワーが出てくる感じ。コーナー手前で車体をわずかに傾けつつスロットルオフ、この路面でフロントブレーキを握れば普通なら即転倒という場面だが、オフロードABSはかなり奥までレバーを握ってもロックせず、しっかり減速しつつ最後に自然なフィーリングでABSを入れてくる。リアブレーキも完全にロックされずに微妙な滑り加減を残しつつ、安全圏でテールスライドを許容してくれるのが分かる。コーナリング対応のトラクションコントロールも同様で、車体がある程度傾いた状態のまま立ち上がりでアクセルを開けていっても「ズバーッ」とは後輪が流れず、すかさずトラコンが介入して「ニュルニュル」と収めてくれる。最新の6軸コーナリングセンサーの威力は本当に大したもので、ライダーが無茶をしてもなるべく転ばせないように制御しつつ見事にサポートしてくれるのだ。余談だが、最近のジェット戦闘機はコンピュータによるアシストが無ければ人間の能力だけでは飛ばすことができないと言われているが、それに近い感覚かもしれない。
そんなことを思いながら、だんだん体がマシンに慣れてくると、もっとパワーをかけて後輪をスライドさせたいという欲も芽生え始めたが、そこは大人の自制心で(笑)。腕が伴えば一段上の「ラリーモード」が、さらなる高みへとライダーを導いてくれるはずだ。
そうこうするうちに持ち時間が終了。運よく転倒することもなく、とても気持ちのいい高揚感が残る試乗体験となった。次はドライ路面で思い切り乗ってみたいと思う。