自分の好きな事象を愛でる時、その対象を写真に収める、というひとつの愉しみ方がある。その行為に必要なカメラは、今ではデジタル一眼レフから携帯電話に内蔵されている小型のものまで千差万別だ。そもそも、カメラの原点を遡ると、1836年頃に最初の実用的撮影技術が起こったと言われている。そこから様々な技術や製品が生まれていったが、今なお当時の製品たちは独特の魅力を放っている。本連載では、そのどうしようもない魅力に囚われつつオートバイへの愛もある一編集者の世界観を届けて行きます。

※レンズを紹介している横版の写真は、すべてデジタルカメラ撮影

オールドレンズとハーフ判が魅せる世界 懐古04 フレクトゴン 35mm/F2.8 エキザクタ ①

掲載日:2013年06月17日 ダートライフ    

取材・写真・文/ダートライド編集部  取材協力/レッドブル・ジャパン

光学系の宝庫、ドイツ製レンズ登場
モンスターの名に相応しい描写力を魅せてくれるか?!

今回のオールドレンズセレクトは、いよいよ銘玉、ドイツはカール・ツァイス製のFlektogon(フレクトゴン)が登場です。カール・ツァイスと言えば、レンズ界ではもはや金字塔的存在で、泣く子も黙る描写力や高性能を持つ事で有名です。また、前回まで活躍したИНДУСТАР(インダスター/ロシア製)の本物、ライカ社(ドイツ)と長年に渡りライバル関係である事も、カメラ好きにとっては有名な話しです。会社の創立は1846年と、とても古いです。しかし、第2次世界大戦をきっかけに本拠地があったイェーナ市は旧東独領となってしまい、ところがアメリカが終戦間際に多くの技術者を西側に逃し、西版カール・ツァイスも存在する事となったため、区別する意味で、末尾に“イェナ”と付いているのが東ドイツ製とされています。フレクトゴンはこの東西分裂以降に作られたレンズと言われていて、レンズ正面にはそれを立証する印も入っています。正確な製造年は分からないですが、インダスターなどの定説を取ると、シリアルのあたま2つを年号とするケースがあり、<5572311>は1955年を指しているのかもしれません(大戦は1939年~1945年)。革巻きタイプなので、1960年代にかけて製造されたシングルコーティング仕様の2代目、という説もあります。

 

そんなとても古いレンズで、まさに“オールド”と呼ぶに相応さわしいですが、名称を一聴すると「ゴン?」と思う人は少なくないはずです。日本を除く各国のレンズメーカーは、レンズそれぞれに固有名詞を付ける事が多く、日本では“怪獣シリーズ”とも呼ばれる「ゴン」という名称は、他にも実は多いです(ビオゴン、ディスタゴン、メトロゴン、レフレクソゴンなど)。ここで使われている「ゴン」はギリシャ語で「角」を意味するところから取られている、と言われていて、さらにフレクトは、リフレクト(反射)から来ているのでは、という説があります。フレクトゴンは東ドイツでしか作られず、東西合併後も1度も登場していないので、名称の由来は特にあやふやです。5群6枚のレトロフォーカスタイプレンズになり、西ドイツではディスタゴンが同じ立ち位置になるでしょうか。また、フレクトゴンというと「広角レンズ」という意味合いもあり、今回使用のものは35mmですが、20mmというものもあります。

 

ただ、オリンパス・ペンFで組み合わせると、フィルム判型がハーフ判になり(縦18×横24mm)、35mmというレンズ数値は35mmフィルム判(規格名は135)と組み合わせての画角なので、ペンFでは50.4mm相当レンズという数値が出せます(絶対的な正確さではありません)。話が逸れますが、ペンFでマウントアダプターを使って広角画が欲しい場合は、フィッシュアイ・レンズでも持ってこないとなかなか広角にはならない、という事です。広角系レンズには、またパンフォーカスという特性があり、被写界深度がとても深く、それほど絞らなくても0.8mぐらいから無限遠までピントが合う、という話しもあります。確かにパッと覗くと、ファインダー内のどこでもピントが合っているように見えます。この特性は、実は動く被写体を捉えなければならない状態では、ピント合わせが不要になり、より撮影に集中出来るメリットに繋がります。

 

しかし、忘れてはならないのは、フレクトゴンもオールドレンズの例に漏れず、フル・マニュアル機構のレンズになります。ピントも絞り羽根もすべて手動です。今回の使い方では、フレクトゴンはピント合わせの苦労からは解放されますが、その時の日照状況に合わせて、レンズ側の絞りかボディ側のシャッタースピードの調整は必要です。その点で、今回のレンズに注目するとおもしろいのが、レンズを正面に見て右側にある大きな突起です。これは何でしょう? モデル名末尾に書いた“エキザクタ”というのは、マウントの規格名でもありカメラボディの仕様を指す言葉でもあります。エキザクタ・カメラとも言える規格のボディがあり、シャッターボタンが一般的な軍艦部(天面)にはなく、ボディ向かって右側前面にあります(覗く側から見ると前面左側)。レンズの突起は押し込めるボタン状になっていて、押すと絞り羽根が絞り込まれます。ちょうど、レンズの突起の真後ろにシャッターボタンが位置するスタイルになり、普段は開放になっていて、シャッターを切る瞬間に、絞り羽根も同時に動き適正な露出が得られる、というある種、理にかなった機構を持っています。昨今のレンズはボディとの接合部にこのような機構が収まっていますが、この結果、接合部は複雑な作りになり、互換性が著しく損なわれると同時に作製が難しくなります。エキザクタは、そのような弊害を回避しようという狙いもあった構造です。マウントが簡素という事は、多くのレンズメーカーが参入出来る余地があると言えるからです。

 

そういう事で、この便利さはペンF+マウントアダプターの使用でも有利にはたらき、絞り羽根が開放のクリアなファインダーでフレーミングを決め(ピントを合わせ)て、右指でシャッターボタンを押す直前に突起ボタンを左指で一緒に押せば指定の数値にまで羽根は絞られ、適正な露出で撮影が出来ます。フットワークという意味でも、オールドレンズの中で突起付きエキザクタは、動く被写体と愛称が良いと思います。

 

なお、フレクトゴンの描写は柔らかさに定評があり、色合いは渋めというのが通説で、それが理由で今まで無機質の塊であるバイクの撮影には使ってきませんでした(その点、インダスターはバリバリのシャープ系で機械類とは愛称がイイ)。今回は被写体がフリースタイルモトクロスという事で、フレーミング決めながら&ピント合わせながら&絞り羽根を設定して&シャッターを切るなんて100%無理なので、抜擢しました。さて、仕上がりはどのようになったでしょうか。撮った本人も興味津々です。

 

この他、撮影条件は、フィルムにいつものコダック ProFoto XL 100と、今回は土曜日決勝の夜間用にイルフォードのDELTA 3200 PROFESSIONAL(モノクロ)を起用し、手持ちでの夜間撮影を実現化しています。デルタ 3200 プロフェッショナルは、過去にプライベートで120判(ブローニー)を使い、とても好感触だったので、再使用となりました。レンズ自体には、お約束の光学系コーティングの不利さを補うために(単層コート)、汎用のフードを取り付けています(エツミのメタルフードで、φ49mm)。また、今回はピント合わせから少し解放された事で、横位置撮影もしています。

 

Carl Zeissの後にJenaの文字が入る。現行のカール・ツァイスには入らず、本物は“Jena入り”と言う人もいる。ツァイス発祥の地、旧東独領イェーナ市を指す。

Carl Zeissの後にJenaの文字が入る。現行のカール・ツァイスには入らず、本物は“Jena入り”と言う人もいる。ツァイス発祥の地、旧東独領イェーナ市を指す。

Flektogonの文字の左側に付く妙なマークが東欧製造の証拠。これはVEB = VolksEigene Betriebe (人民公社)時代のカール・ツァイスにだけ付くマーク、という事だ。

Flektogonの文字の左側に付く妙なマークが東欧製造の証拠。これはVEB = VolksEigene Betriebe (人民公社)時代のカール・ツァイスにだけ付くマーク、という事だ。

幅の細い革が巻かれた鏡胴。ヘリコイドは購入時、やや渋く、グリスアップ済み。右側に付くシルバーの突起が、ボディ側に本来あるシャッターボタンと連動する機構。

幅の細い革が巻かれた鏡胴。ヘリコイドは購入時、やや渋く、グリスアップ済み。右側に付くシルバーの突起が、ボディ側に本来あるシャッターボタンと連動する機構。

このようにシルバーの突起を押すと、絞り羽根が動く(絞り込まれる)とともにピンが飛び出し、ボディに付くシャッターボタンも一緒に押す事になる。羽根だけをロックする事も出来る。

このようにシルバーの突起を押すと、絞り羽根が動く(絞り込まれる)とともにピンが飛び出し、ボディに付くシャッターボタンも一緒に押す事になる。羽根だけをロックする事も出来る。

オートバイの撮影ではあまり出番はないが、フレクトゴンはもの凄く対象に寄れるレンズでも有名。この個体は、0.36mまで寄れるという事だ。

オートバイの撮影ではあまり出番はないが、フレクトゴンはもの凄く対象に寄れるレンズでも有名。この個体は、0.36mまで寄れるという事だ。

フリースタイルモトクロスの撮影に挑戦
雰囲気は伝わるものの、フレーミングに課題あり

まずは、カラーフィルムでは金曜日に実施された日本人予選を押さえてみました。レンズの視野は55mmが人間の視界と近いと言われており、今回のカール・ツァイス・フレクトゴンとオリンパス・ペンFの組み合わせでは50.4mmぐらいなので、だいたいこんな画面で景色が見えていた、と考えてもらっていいです。既に紹介しているフォトトピックスでは(パート1パート2)超望遠レンズを使っているので、選手にはグッと寄れても、どのような雰囲気で大会が行われたかは伝わり難かったかもしれません。ライダーは小さくなってしまいますが、少しでも会場の雰囲気が伝われば幸いです。

 

ところで、ペンFは、超高速シャッターも連写機能もありませんから、正直、トリックを写し撮るのは難しかったです。ファインダーを覗きながらライダーを追っかけ、トリックを決めた瞬間にシャッターボタンを押すと、たいてい僅かに遅いんですね。絞り羽根を作動させるボタンを併行して押しながらなので、余計に遅れが生じたのかもしれません。ルーラー・フリップなどでしたら、トリック・ベストフォームの時間が比較的長いですが、一般的なトリックは、バイクから身体を離しまた戻ってくる間で、ベストフォームというのもほんの僅かなので、上がってきた紙焼き(プリント)を見ると、そのかなりがフォームが崩れているものでした。ものによっては寸前のものもあり、いずれにしろ、かたちとしてはあまり美しくありません。そういうわけでトリック写真は13枚のセレクトとなりました。

 

他、パドック取材時間までフィルムがもったので、カメラを持ち込みましたが、前回の反省であった、何故か画面の左がファインダーで覗くより切れる、という現象を失念して、フレーミングのミスが目立ちます。これについては、機会を見て検証しようと思いますが、いずれにしろ動く被写体を追っかけながらこの点を気にするのはとても無理そうです。せめて、落ち着いたフレーミングの時は、忘れないようにしたいです。

 

モノクロフィルムは、土曜日の決勝で使用しました。かなり暗い事を想定して感度3200をチョイスしたのですが、実はライダーが走りだすと全面照明でそうとう明るくなり、高速シャッターを切ろうと思うと絞り羽根を絞る必要にかられました。ただ、ライダーが走っていない時は3200の活躍です。プライベートで使った時もそうですが、このフィルムはすべての条件をなんなくフォローしてくれました。画角というか絵面は、実は決勝当日は、スタンド席に我々メディアも強制着席させられて、場所取りも禁止だったため、都合3箇所あったエリアを移動するのは難しく、ずっと同じ席からの撮影になってしまいました。自由度という意味では前日(金曜)の方が格段に良かったです。そういう事で、トリックの点数は8点に留まってます(トレインを除く)。

 

もちろん、トリックのベストフォームを押さえるのは前日と変わらず難しく、強烈にライトアップされているとはいえ、夜の撮影なのでかつてない程ハードルが高かったのも事実です。しかし、モノクロ独特の雰囲気は楽しんでもらえるのではないでしょうか。フレクトゴンが登場した時期は、2代目以降であればもう市場にカラーフィルムは出回っていて、おそらく今回の個体もモノクロでないときれいに写らない、という事はないと思います(年代によってはこういうレンズは存在します)。カラー編では定評通りの柔らかめ、渋めの表情を魅せましたが、モノクロでも性能の良さは表れたのではないでしょうか。

 

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