掲載日:2022年01月25日 試乗インプレ・レビュー
取材・文/中村 友彦 写真/富樫 秀明
YAMAHA CYGNUS GRYPHUS
超ロングセラーでありながら、スクーター門外漢には概要がわかりづらい、ヤマハのシグナスシリーズ。2021年12月から国内販売が始まったグリファスは、マニアの間では6型と呼ばれているものの、見方によっては第4世代と言えなくもない。まずはその事情を説明しよう。
シグナスシリーズの原点は、1982年に登場した180ccモデルである。天文学用語で白鳥座を示す英語を車名に用いたこの車両は、先進的なプレミアムスクーターで、1984年には同様のコンセプトの125、1995年には第2世代の125が登場。以後のシグナス125は、Si、SVに進化するものの、1990年代末のヤマハは新世紀を迎えるにあたって、シグナスの抜本的な改革が必要と考え、全面新設計の第3世代、“X”の開発に着手することとなった。
そして2003年に登場したシグナスXは、抜群の運動性能と扱いやすさが評価され、主要市場の台湾と日本で絶大な人気を獲得し、スクーターレースでも圧倒的な強さを発揮。以後のシグナスXは基本設計を大きく変えることなく、2007年に2型、2013年に3型、2017年に4型、2019年に5型へと進化したのだが、年を経るごとに厳しくなる排出ガス・騒音規制への対応が難しくなったため、すべてを刷新した第4世代のシグナス、2003年のXを起点とするなら6型となる、グリファスが登場したのだ。
グリファスの最大の目玉……と世間で言われているのは、NAMXやトリシティで実績を積んだ、水冷ブルーコアエンジンの導入である。空冷エンジンを搭載するシグナスXの9.8ps/7500rpmに対して、グリファスは12ps/8000rpmという最高出力を公表しているし、可変バルブタイミング機構のVVAや、ジェネレーターとスターターを一体化したSMGなど、最先端技術も採用しているのだから、エンジンに注目が集まるのは当然のことだろう。
とはいえ、目玉と言うならグリファスはすべてが目玉なのだ。Glaring Predatorをコンセプトとする外装は、既存のシグナスXシリーズとはまったく異なる斬新なデザインだし、新規開発のフレームは5型に対して約25%の剛性向上を実現。さらに言うなら、前後とも1サイズ太くなったタイヤ、大幅な軽量化を実現したキャストホイール、コンバインド式になったブレーキなど、グリファスはありとあらゆるパーツの改革を行っているのである。
ちなみに、開発陣がグリファスを製作するうえで常に意識していたのは、シグナスXらしさを失わないことだった。具体的な話をするなら、水冷エンジンの導入に伴う車体の大柄化を招くため、小型軽量化を徹底追及したのだ。もちろん既存のシグナスXシリーズの特徴である、フラットフロアと前後12インチタイヤは維持されている。
ちゃんとシグナスXじゃないか。グリファスで市街地を30分ほど走った段階で、僕はそう思った。逆に言うなら試乗前は、5型に対して、ホイールベースが1305→1340mmに伸び、装備重量が119→125kgに増えたことを心配していたのだけれど、背筋がビシっとするライディングポジションや、乗り手の意思に忠実に反応するキビキビしたライディングフィールは、紛れもなくシグナスX。車格感は5型よりわずかに大柄なのだが、前述した長さと重さは、27→26.5度に立てられたキャスター角や、わずかに上がったライダー込みの重心、エンジンのパワーアップなどで、きっちり解消されているようだ。
もっとも、そのこと以上に僕がグリファスで感心したのは、既存のシグナスXシリーズを完全に上回る、自由自在の運動性と盤石と言いたくなる信頼性を実現していることだった。まずシャシーは安定感が抜群で、どんな状況でも思い切った操作ができるし、とてつもなく強力な前後連動ブレーキ(ロックさせるのが難しい)や、路面の凹凸を軽やかに吸収する前後ショックの効果もあって、アベレージスピードは明らかに5型以前より速い。
一方のエンジンは、水冷ブルーコアならではの滑らかな吹け上がりと振動の少なさに大いに感心。ただし個人的には、2.2psのパワーアップが明確に体感しづらいことに、微妙な物足りなさを感じたのだけれど、その原因は近年の厳しい排出ガス・騒音規制に対応したセッティングで、駆動系や点火系などに手を入れれば、グリファスは150ccクラスに匹敵する速さが獲得できるらしい。
これぞ正常進化、というのがグリファスに対する僕の印象で、シグナスXらしさを失うことなく、見事なレベルアップを果たしたこの乗り味なら、5型以前のユーザーも違和感を抱くことなく、スムーズに乗り換えられるはずだ。なお国内市場で価格帯的にライバルになりそうなモデルは、同じヤマハのNMAXとホンダPCXだが、市街地での機動力やワインディングでのスポーツ性なら、グリファスはそれらを凌駕する資質を備えていると思う。
Glaring Predatorをコンセプトとする外装は、肉食獣が獲物を捕らえる瞬間のアグレッシブさやダイナミックさを表現。クイックなハンドリングの象徴として、フロントフェンダーは縦のラインを強調している。
ハンドルグリップ位置を含めて、ライディングポジションは既存のシグナスXシリーズの構成を踏襲。ただしシートからハンドルの距離は、5型以前より余裕を感じる。
2020年から先行発売された台湾仕様はオーソドックスなストレートタイプだったものの、日本仕様のグリップラバーは新デザインのタル型。
大型液晶メーターは新規開発で、タコメーターはバーグラフが上下に動く珍しい構成。エンジンのカムが高速用に切り替わったときは、時計の上にVVAの文字が表示される。
ガソリン給油口はインナーレッグシールド上部左に設置。既存のシグナスXシリーズと同じく、台湾仕様はイグニッションシリンダーに差したキーの操作でキャップが開くが、日本仕様はキーの抜き差しが必要。
フロントポケットには500mlのペットボトルが収納可能。中央には格納式コンビニフックが備わる。電源ソケットはDCからUSBに変更された。
シグナスXシリーズの伝統に従い、フロアボードはフラット。その前後の構成を見ると、足を前方に投げ出す乗車姿勢に加えて、バックステップ的な乗り方も考慮しているようだ。
高密度クッションを採用したシートは、既存のシグナスXシリーズより硬くてしっかりした印象。なおシート高は5型+10mmの785mm。
フルフェイスヘルメットを余裕で収納できるトランクスペースの公称容量は、5型から1ℓ減の28ℓになったものの、使い勝手に大差はなさそう。フラット化が図られた底面に備わるカーペットは、日本仕様ならではの装備。
かなりシャープな印象になったけれど、中央にストップランプ、その上部に導光タイプのテールランプを配置する構成は、4/5型のデザインを継承。
水冷ブルーコアエンジンは現行NMAXと共通だが、心地いい回転フィーリングを実現するため、わずかにローギアード化が図られている。十分なバンク角を確保するため、リアの車軸はNMAXより低い位置に設定。
前後12インチホイールは軽量化を図った新作で、タイヤ幅はシグナスXより1サイズ太いF:120/R:130mm。フロントブレーキはφ245mmディスク+片押し式2ピストンキャリパー。
整備性を考慮したのだろうか、従来はマフラーの影に隠れていたリアブレーキの片押し式1ピストンキャリパーは、グリファスではスイングアーム後端にマウント。リアディスクはφ200mm→φ230mmに拡大。
いずれもグリファス用の新作パーツだが、上下と中央でスプリングの巻き方が異なるリアショックとインナー式リアフェンダーは、既存のシグナスXシリーズのスタイルを踏襲。
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