掲載日:2025年04月09日 試乗インプレ・レビュー
取材・文・写真/小松 男
HONDA CBR600RR
1990年代、当初欧州選手権という形で始まったWSS(スーパースポーツ世界選手権)は、2000年を迎える前にFIM公認レースへと昇格し、名実ともに最高峰のスーパースポーツ世界選手権へと昇華した。当時ホンダはCBR600Fで参戦していて、WSSがステップアップしてゆく立役者として一翼を担っていた。2003年にはWSSホモロゲーションモデルとして初代CBR600RRが登場する。その後2010年頃まで独壇場と言えるほど輝かしい戦績を残してきた。だが、経済をはじめとした世の中の情勢が変化し、それに伴う形で、WSSクラスのモデル開発は全体的に縮小傾向となっていった。
とはいえWSSはGP系とは異なり市販車をベースとして戦うレースであり、その点ではユーザーに近い存在である。そこで再び脚光を浴びるためにWSSが取った策は排気量制限をはじめとしたレギュレーションの変更だった。
現在はドゥカティ、MVアグスタ、トライアンフ、QJモーターなど世界各国のメーカーがひしめき合うクラスとなっており、ヤマハはYZF-R9で参戦している。それらメーカーのバイクはすべてCBR600RRよりも排気量が大きく、ホンダは絶対的に不利なのである。ただ私は知っているのだ。CBR600RRというモデルの真の強みはストリートで走らせても気持ちが良く、戦うマシンである一方で、ライダーを成長させてくれるバイクだということを。
モーターサイクルメーカーとしてシェアナンバーワンを誇るホンダ。原動機付自転車からビッグバイクまで取り揃える上、全方位のセグメントを固めている。
そんなホンダの創業者である本田宗一郎氏は自身がレースを走ることでも知られており、ホンダ創業よりも前となる1936年29歳の時、当時存在した多摩川スピードウェイで行われた全日本自動車競走大会に出場した際クルマと接触して重傷を負ったという逸話も残されている。
その本田宗一郎氏が”マン島TTレース出場宣言”を掲げたのは1954年のこと。世界最古とされるモーターサイクルレースの一つであり、現在も続く最高峰の公道レースである。なお当時はFIMのWGP(現MotoGPに続く競技)の一戦となっていた。
ホンダは1959年からマン島TTに参戦し、その僅か2年後にはマイク・ヘイルウッドにより優勝を遂げている。そして60~70年代にかけてホンダをはじめ日本車勢が世界中のレースで台頭するようになり、その中でもホンダは80年代から2000年代では最高峰のGPから市販車ベースで競うWSBK(スーバーバイク世界選手権)、世界耐久、さらにはラリーレイドやトライアル、モトクロスまであらゆるレースで戦い数多くの勝利を収めてきたのである。
CBR600RRは戦うホンダの歴史から生まれた一台だ。WSSが始まった当初の4気筒エンジン600ccというレギュレーションに沿い、ミドルクラスならではのコンパクトかつ軽量さが活かされたマシンは、アンダークラスからのステップアップステージ、そして最大排気量クラスへの登竜門として数多くのレーサーが触れてきた。現在のモデルは2024にマイナーチェンジが図られたもの。ライバル達が排気量や気筒数を変えて戦う中、円熟とも言える現行CBR600RRはどのような感触をもたらしてくれるのだろうか。
私がまだ会社勤めでいくつかのバイク専門のペーパーメディアを手掛けていた頃、CBR600RRをはじめいわゆるミドルクラスのスーパースポーツモデルは手強いというイメージがあった。それは低回転域でのトルクがリッタークラスの上位スーパーバイクと比べて薄いことや、それでいながらストリートのようなステージではなかなか高回転まで使い切ることは難しいというのが現実だからである。
しかし、それでも軽量コンパクトに纏められた車体や、入念に考えられた足まわりなどは強烈な旋回性能をもたらし、スポーツバイクを操る醍醐味を得られた。それから10年程の年月が経った今、WSS業界の図式は様変わりしており、ドゥカティやMVアグスタなど欧州だけでなく中国メーカーも参戦、国内ではヤマハが3気筒エンジンを搭載したYZF-R9を持ち込んでいる。
そう考えるとCBR600RRも潮時なのかと思えてしまうものだが、現行CBR600RRに触れた私はこれこそ”うまみ”が凝縮されたスーパースポーツモデルだと感じた。そう思った理由について書き綴っていこう。
まず心臓部となるエンジンだが、直列4気筒のエキゾーストノートは俄然ライダーをやる気にさせてくれるものだ。こればかりは2気筒や3気筒では味わうことができない。低回転域のトルクは確かに薄い感じがするものの、ストリートで楽しむのであれば必要にして十分であり、3000~5000回転でクルーズするような使い方もできてしまう。ただ本当に美味しいのはその先、高回転域にあるのに違いはない。
ライディングポジションに関しても上位モデルにあたるCBR1000RR-Rなどと比べれば緩めなので、市街地、ワインディング、ツーリングと様々なシーンで難なく使うことができるのだ。
現行モデルではクイックシフターが標準装備となっており、その使用感も良い。シフトチェンジ時のクラッチレバー操作を気にすることがなくなれば、その分コーナーリングの組み立て方に意識を寄せることができる。きっと従来モデルユーザーもクイックシフターは羨ましく思うに違いない。
ステップ、上体の倒し込み、膝などコーナーモーションへ持ち込む入力はどれに関してもニュートラルな反応を見せてくれ、素性の良さが伝わってくるとともにシャープかつエキサイティングなのでついついペースが上がってしまう。リッターオーバークラスのようなムキムキマッチョな雰囲気ではなく、体を絞ってリングに立つスマートストロングなボクサーのようなイメージだ。
ライディングモードによって走りの難易度を変えるようなこともできるので、サーキット走行の初心者が徐々にスキルアップしてゆくような使い方もできる。サーキットこそ持ち込まなかったものの、市街地や高速道路、コーナーの続くワインディングロードなどを1週間に渡り走らせてきた。
10年前と比べて自分自身のライディングが変わったこともあるが、実際のところ難しさは和らぎ大胆さが増したという感触を得ることができた。少し前にCBR1000RR-Rに触れ、その完成度の高さに驚いたものだが、それともまた別のストイックなアスリート感はCBR600RRの魅力に思えるし、一方で下位層からのレベルアップというよりも「コレはコレ」という存在意義がしっかりと伝わってきた。
集大成的な仕上がりをしっかりと感じ取ることができたCBR600RR。あくまで臆測であるが新車で買えるラストチャンスなのかもしれないし、少なくとも私はこのモデルを改めて好きになることができた。
599cc水冷4ストロークDOHC4バルブ4気筒エンジンを搭載。現在このエンジンを使用するモデルはCBR600RRのみとなり、そう考えると随分と贅沢なモデルであることがわかる。パフォーマンスも素晴らしく高回転域へ一気に吹け上がるフィーリングも最高だ。
フロントサスペンションはレースシーンでも定評を持つショーワ製φ41㎜ビッグ・ピストン・フォークを採用している。サスペンションそのものの動きが良い上、車速や加速度をもとに自動で調整が行われる電子制御式ステアリングダンパーとの相性も良い。
タイヤはフロント120/70ZR17、リア180/55ZR17と現在のロードスポーツバイクでの定石的なサイズ。軽量な両持ちのスイングアームにプロリンクを介してリアサスペンションをセットしている。
くっきりとしたアイラインが特徴的なフロントマスク。センターにエアの吸入口を備え、カウルそのものはコンパクトでありながら高速時にしっかりとライダーを包み込むような空力を考えたデザインとされている。
シフトアップ/ダウン両方向対応のクイックシフターを標準装備。ステップが備わる位置やヒールプレートの大きさなども絶妙で、スポーツライディング時に足元のストレスがない。アシスト&スリッパ―クラッチも採用されている。
シート高は820mm。このクラス、同セグメントのモデルの中では高くもなく低くもなくの数値。車重が軽量なことやスリムなボディラインであることなどから足つき性は気にならない。パッセンジャーシートも備わっておりタンデムライドも可能。
速度や回転数など基本的なインフォメーションから、モード、各電子制御システムなど車両の状態を的確に伝えてくれるフルカラーTFTディスプレイ。視認性に優れるだけでなく、スイッチボックスの操作も分かりやすく、様々なセッティングで楽しめた。
セパレートハンドルはもちろんツアラーのような安楽なライディングポジションではないが、前傾姿勢を強いられるものの、長時間走っても辛いと感じるようなことは無かった。フロントフォークのトップで減衰調整が簡単に行えるので色々と試してみると良い。
シート下にマフラーをセットしたCBR600RRらしいスポーティなテールセクション。気軽にサーキットに持ち込んで走れるよう補器類の脱着もちゃんと考えられている。急ブレーキ時に後続車に知らせるエマージェンシーストップシグナルも装備。
MotoGPマシンであるRC213Vの空力技術をフィードバックしつつCBR1000RR-Rで培ったノウハウも取り入れたCBR600RRのデザイン。両サイドにはウイングレットも備わっており、フロントの接地感を向上させている。
燃料タンクの容量は18リットルで、エンジンの回し方や走り方によって燃費は結構変わるが、元々レーサー上がりのマシンなので燃費を考えるのは野暮。カラーリングは写真のグランプリレッドとマットバリスティックブラックメタリックの2色展開。
タンデムシートは外せるが、そもそもサイレンサーが下にセットされていることもあり、スペース的にはかなり狭い。若干の車載工具が収められているほか、ストリートユースならETCを装備するくらいだろうか。
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