掲載日:2021年05月28日 試乗インプレ・レビュー
取材・写真・文/伊井 覚
YAMAHA MT-03 ABS
このMT-03というモデルはどうしても車検のない250ccのMT-25と比べられてしまう。しかし、乗ってみればわかる。この約80ccの排気量の差が創り出す余裕と、ストロークが同じでボアのみ拡張されたことで、よりショートストロークになったエンジンの「気持ちいいところ」は日本の道路に最適だ。そして何よりも2020年のモデルチェンジで倒立になったフロントサスペンションの剛性感、44mmアップになったハンドルバー、ニーグリップしやすいフレーム形状、ラジアルタイヤ、そしてABS、この5つが上手く相乗効果を生み出してくれ、とても素晴らしいライディングプレジャーを生み出していた。
まずはエンジンについて触れていきたい。はっきり言うと、のんびりゆったりツーリングをしたい人には他のモデルをお勧めしたい。試乗前に想像していた以上に、320ccでボア×ストローク68.0mm×44.1mmというこのエンジンは、強烈だった。まず発進時に1速でちょっと半クラッチを疎かにすると、ポンっと前に押し出される。2速発進でも少しはマシだが、ほとんど同じだ。なので都心の渋滞を毎日通勤で、みたいな使い方には向いていないが、逆にこのモデルで半クラッチを覚えれば、どんなバイクに乗っても大丈夫かも知れない。
その代わり、走り出してしまえばどのギアでどんな回転数で走っても、十分なトルクを感じることができ、タイヤが地面に吸い付いている感覚がある。広めの県道や国道を走る際にはスタートしてすぐ4速まで上げて、4〜6速を常用するようにすれば快適に流れに乗って走ることができるだろう。ちょっと前の車がブレーキをかけて減速しないといけない場面でも6速のまま減速から再加速までストレスなくこなせる。
高速道路では6速で6000回転付近で約100km巡航が可能だった。最高出力は10750回転とのことだが、かなりショートストロークになっているので、最高速度はそこまで出ないのではないか。サーキットを走ったわけではないので予測になってしまうが、170km前後ではないかと思う。これは一般的な250ccのストリートモデルとほとんど変わらない。
いよいよ本題に入るが、2020年のモデルチェンジで採用された倒立フォークが、実に硬い。硬い、と一言で言ってしまうと、まるでガチガチで、路面の凸凹を全部拾って疲れてしまうように聞こえるが、そんなことはない。サスの沈み込みの初動の部分が、かなりしっかりしていて、奥ですごく粘るのだ。すると何が良いかと言うと、コーナーでフロントブレーキをしっかり使って減速しても、ピッチング動作がほとんど起こらず、怖くない。さらにそれにABSがついているので、ブレーキをかけすぎてロックしてしまうこともない。さらに言えば、ハンドルバーが旧モデルよりも44mm高くなっているらしい。そしてグリップ部分がちょっと手前に絞れている。この形状と高さも良い影響を及ぼしていて、フロントサスペンションにしっかり体重を乗せることができるのだ。
特に初心者は、フロントブレーキを使って曲がることができない人が多いのではないだろうか。しかしバイクはフロントブレーキをしっかりかけて、フロントサスペンションを縮ませ、それをきっかけに曲がるようにできている。フロントブレーキをしっかり使えるようになることが、スポーツ走行の最初の一歩と言える。そんな動作を自然と身につけることができるのも、MT-03の魅力と言えるだろう。
また、フレームの細さとタンクの形状がニーグリップを助けてくれるのもそれにプラスされている。少しニーグリップが甘い人でも、自然に座るだけでかなりしっかり膝でマシンをホールドできる乗車姿勢となり、驚くほどマシンとの一体感を感じられるはずだ。これは僕の身長173cmにたまたまマッチしただけかとも思ったが、膝周りのスペースはかなり広く、身長にかかわらず多くの人が同じ気持ちを感じることができるのではないかと思えた。
そんなエンジン特性とフレーム、サスペンションを備えているものだから、誤解を恐れずに言うならMT-03は「ジムカーナでもやるの?」と思えるようなバトルマシンだ。景色を見ながらのんびりゆっくりツーリングを楽しみたい人ではなく、郊外の峠道をバイクを寝かしながら、ワインディングを駆け抜けたい人に、強くお勧めしたい。なんならサーキットに持ち込んでみても面白いだろう。それも筑波や鈴鹿のような大きいサーキットではなく、桶川のような一周500〜800mくらいのミニサーキットで本領を発揮できるマシンだろう。