転倒のダメージを低減する守護神、ヨシムラのレーシングスライダーKIT「PRO SHIELD 」

掲載日/2022年7月19日
取材協力/ヨシムラジャパン
写真/井上演 取材、文/石橋知也
構成/バイクブロス・マガジンズ
ヨシムラ・レーシングスライダーKIT“PRO SHIELD”は、とても小さなパーツだ。だが、これがあると無いとでは大違い。エアロダイナミクスに優れたウィング形状のデザインを持ち、強度、取り付け位置・方法なども計算され、転倒、スライド時のダメージを最小限に留める役目を、この小さなパーツは担っているのだ。

滑らせることで
転倒のダメージを最小限に

ヨシムラの「PRO SHIELD(プロ・シールド)」は、シャーシやエンジンを守るパーツにつけられるブランド名だ。エンジンガードやレーシングスライダーなどがそうで、その中でもレーシングスライダーKITは、その名の通り“滑らせる”ことで転倒による衝撃を緩和し、車体(主にフレーム)やエンジンへのダメージを最小限に留めてくれる。

例えばレースでは転倒した際にスライダーが衝撃を受け止めたり、マシンを滑らせたりしてダメージをいなし、エンジンやフレームに致命的な破損が及ばないような対策がされている。ストリートでもスライダーを装着することで、これと同様の効果を得ることができる、というのがレーシングスライダーKITの一番のメリットだ。もちろんダメージはゼロではない。ウインカーやカウル、マフラーなど地面に近い部分は傷ついてしまい、時には交換が必要なレベルのダメージを負ってしまうかもしれないが、エンジンやフレームが傷ついてしまうよりかはよっぽど軽傷だし、一般公道において転倒しても自走可能な状態を維持できることはとても重要だ。さらに立ちゴケのようなほとんど垂直からかかる衝撃に対しても、ダメージを軽減することができる。

このウィング形状のスライダーは、市販されているストリートモデル用と、ヨシムラのファクトリーマシンにのみ採用されていて、どちらも開発・デザインはヨシムラの設計部が行っている。アウトラインがウィング形状なのは、エアロダイナミクスに優れ、同時に転倒時に滑りやすくダメージを最小限にするため。軽量化もあり、この形はなかなか複雑になっている。

ベースブラケットは、アルミ合金(6061-T6)の削り出し。ここにスライダーがアルミプレートを介して、ボルト1本で取り付けられている。アルミプレートはレッドアルマイト処理が施され、スライダー/ベースブラケットがブラックなので、レッド/ブラックのヨシムラカラーだ。

スライダーに使われる樹脂は、POM(ポム)と呼ばれるエンジニアリングプラスチックで、一般的にはジュラコンという名前の方が良く知られているかもしれない。摩擦係数が低く(滑りやすい、自己潤滑性がある)、機械的強度(変形や破壊に対する強さ)が高いのが特徴だ。滑りやすいので引っかかりにくく、衝撃や振動にも強い。削れるけれど耐摩耗性に優れている。加工(削り出し)もしやすく、切削の目もきれいに残るから、デザイン的にも有利だ。ウィング形状のスライダーは、全車共通デザインで、“ヨシムラYOSHIMURA”のロゴがレーザーマキングされている。

ベースブラケットとスライダーは、インロー(いんろう継ぎ手:socket and spigot joint)で合わされている。要するにオス・メスの突起と凹みで合わされている(スライダーが凸形状だ)。こうすることで、ボルト1本の取り付けでもスライダーが衝撃や振動で回ってしまうのを防ぐことができるのだ。

また、ベースブラケットは基本的にボルト2本で車体(車種によって異なる)に取り付けられ、ベースブラケットにボルト1本(インロー合わせも)でスライダーを取り付ける構造で、スライダーを直接エンジンマウントなどに共締めしない工夫がなされている。これは極力エンジンマウントボルトに、転倒時の荷重がかからないようにしている。受けた衝撃を、強度の弱い順番にスライダー、ベースブラケット、車体で受けなければならないからだ(ベースブラケットの強度が高過ぎると車体側=エンジンマウントボルトなどを痛めてしまう)。

エンジンマウントボルトとスライダー取り付けボルトが同軸になってしまうスズキ・ハヤブサの場合も、ベースブラケット単体を車体にエンジンマウントボルトで取り付け、そのベースブラケット内にカラーナットを差し込み、そこにスライダーを取り付けボルトで固定する2重構造になっている。こうすることで衝撃を受けた際にもエンジンにダメージが及びにくくしているのだ。

開発にあたって、ヨシムラでは実証実験を実機で行っている。ストリートモデルでは、多くのユーザーがスライダーを車体からなるべく出っ張った形にしたがる傾向がある。その方が転倒したときにダメージが小さくなると感じているようだ。車種によってその出っ張り方、スライダーやベースブラケットの強度、取り付け方法などが違うので、実機でしっかり検証するのだ。スライダーの開発で、ここまでやっているメーカーは珍しい。

また、走行しての転倒実験は、ファクトリーマシンGSX-R1000だけだが、レースの現場で実験済みだ。なお、ファクトリーマシン用のレーシングスライダーは、スライダーの形状、ベースブラケットの構造、取り付け位置などが市販品と異なっている。上の写真の左が市販品、右がレース用だ。

こうしてレーシングスライダーKITながら、ここまでコダワリを持ってデザイン・設計され、実証実験も行っているあたりは、さすがにヨシムラのプロダクツ。ウィング形状でスタイルが良いだけじゃない。本当にその名の通りレースで実証された“レーシングスライダー”KITになっている。

ウィング形状のスライダーは、なかなか複雑な形になっている。2枚の羽根が出ている形状で、その内側は大きく削り込まれている。強度と軽量化をバランスさせたデザインだ。

美しい切削痕(Cutting Mark)を見せるスライダー。CNC削り出しだ。強度がありながら、削りやすい。この美しさを演出できるのもPOMの良さの一つ。

シリンダーヘッドの前後エンジンマウントを利用したZ900RS用ベースブラケット。この上にスライダーを取り付ける。ベースブラケットは、絶妙な距離でエンジン本体から離れている。離れ過ぎれば強度が落ち、近ければベースブラケットが変形した際にエンジンに当たる。

Z900RS用の、衝撃を受けた際の応力分布を示した解析(上:スライダー、下:ベースブラケット)。衝撃を一番受けるのはスライダーなのだが、上手く衝撃が分散しているのがわかる。ベースブラケットでは、スライダー取り付け部から外側に向かって徐々に衝撃が分散している。また、エンジンマウントボルトには、ほとんど力が加わっていないことにも注目したい(つまり車体は守られている)。

車両側無加工が前提だが、スズキ・ハヤブサはカウルサイドのアウトレットダクト部に孔開け加工が必要だ。車体を守るために最適な位置を求めると、どうしてもココになってしまう。ただ、この部分は、幸いサイドカウルとは別パーツになっているから、加工個所は最小限に収められた。

ヨシムラ設計部の吉村秀人部長(左。吉村不二雄社長の次男)とPRO SHIELD担当の町田和羽さん。市販品もファクトリーレーサー用も、設計部が開発を担当している。


YOSHIMURA
レーシングスライダーKIT「PRO SHIELD」Z900RS(18-22)、Z900RS CAFE(18-22)
※適合車種によって価格は変更があります。

INFORMATION

住所/神奈川県愛甲郡愛川町中津6748

営業/9:00-17:00
定休/土曜、日曜、祝日

1954年に活動を開始したヨシムラは、日本を代表するレーシングコンストラクターであると同時に、マフラーやカムシャフトといったチューニングパーツを数多く手がけるアフターマーケットメーカー。ホンダやカワサキに力を注いだ時代を経て、1970年代後半からはスズキ車を主軸にレース活動を行うようになったものの、パーツ開発はメーカーを問わずに行われており、4ストミニからメガスポーツまで、幅広いモデルに対応する製品を販売している。