創業68年を迎えなお、新たなモノ創りへの挑戦を続ける井上ボーリング(動画あり)

掲載日/2021年5月28日
取材協力/井上ボーリング
写真/井上演 取材、文/ナンディ小菅
構成/バイクブロス・マガジンズ
井上ボーリングと言えば、鋳鉄の純正スリーブをアルミメッキスリーブに作り替えるICBM®でも有名だ。これはレストア&カスタム好きには浸透していて、その知名度はかなりのものになってきている。今ではその数、500を超えるユーザーが各地で元気に走っている。その井上ボーリングが作り上げてきた様々な製品を解説しながら、今後の未来のお話にも迫る!

様々な車両に対応したICBM®は
旧車好きの救世主

井上ボーリング代表の井上社長。切削機械の前で手にしているこのICBM®アルミメッキシリンダーはRZR用。

旧車ではアルミのシリンダーに対して鋳鉄シリンダーが採用されている。しかしそれでは熱による膨張率の違いがあり、シリンダーの中で隙間が生まれたり、回ったり踊ったりしてしまうのだ。そこでピストンやシリンダーと同じくアルミ素材のスリーブにすることで、軽量かつ放熱性が良くなり、しかもニッケルシリコンカーバイドメッキをかけることで超硬度をも実現させたのがICBM®。

2021年からはICBM®の永久無償修理も始まり、今まで既に施工された全国各地の各ユーザーにも『ICBM®永久未詳無償修理カード』が届けられている。これは摩耗が圧倒的に少なくて滑りも良く“減らないと言っていいほどのシリンダー”という謳い文句からくる自社の絶大な自信の現れだ。

ICBM®開発当初は2ストロークを始めφ54内径のエンジン用に経験を重ねてきたが、今では4ストロークを加え、φ54以外の様々なサイズにも対応できる体制となっている。

ICBM®も開発された当初はシリンダーサイズに制限があったものの、今では様々なサイズ(内径φ52mm~φ91mm)の4スト・2ストシリンダーに対応している。純正サイズはもちろん、オーバーサイズやボアアップなどあらゆる対応が可能で、加工料金には井上ボーリングならではのスリーブ内壁へのプラトーホーニング施工、シリンダー内径削り落とし・圧入・面研磨も込みになっている。

EVERSLEEVE®で
ICBM®化をより手軽にした!

メッキやホーニングといった特殊な内燃機加工技術を必要とせず、ICBM®化できるのがEVERSLEEVE®。これによってアルミメッキスリーブへの導入がより身近となった。

最近では内径完成済みICBM®アルミメッキスリーブのEVERSLEEVE®もリリースされた。これは内径メッキ後にプラトーダイアモンドホーニングまで施工した完成済みアルミスリーブの単品販売で、ショップでも簡単な作業によって鋳鉄スリーブシリンダーからアルミメッキシリンダーに変えられるもの。今までは井上ボーリングに送らなければできなかったICBM®化の施工が、全国のショップなどで可能となったのはユーザーとしてもショップとしてもメリットを生むことになった。

CB750Fourにも
初のEVERSLEEVE®

CB750Fourのオーナーである二宮さん。Z系などでは既に多くのリリースがされているが、CB750Fourでは初となったEVERSLEEVE®体験者だ。

EVERSLEEVE®はまさに井上ボーリングの独自技術が可能にした素晴らしい実績の一つ。先日もEVERSLEEVE®を施したCB750Fourのオーナーさんが井上ボーリングまで走って来て、実際の感想を直接聞かせてくれたそうだ。実はこの車両はCB750FourでのEVERSLEEVE®世界初採用車となっており、その様子は公式ブログにも掲載されている。

そして削り出しの技術は
シリンダーにまで!!

なんとアルミの無垢材から削り出して製作したH2のシリンダー(写真は1番&2番シリンダーで、取材時には3番シリンダーは残念ながら貸し出し中だった)。

アルミ素材を切削して作り出されるICBM®の技術を活かしてカワサキH2のシリンダーをまるまる削り出して製作したものがこちら。もちろん製品として売り物になるかというと、労力や金額的から考えるととても見合うものではない。しかしユーザーとしては「既に無くなって手に入らなくなってしまったものでも、井上ボーリングであれば作ることが出来るのだ」という希望を持つことができるだろう。こういった部分には夢があり、夢を実現可能にしてくれることを感じ取ることができる。

多気筒2ストロークの救世主

こちらも井上ボーリングが開発した“永遠に磨耗しない”非接触の金属製センターシールを用いたLABYRI®。調子良く走っている車両であればすぐには必要とされていないかもしれないが、センターシール抜けはいずれ来る。その時に選ばれるであろうことは間違いなし!

ホンダNSR250やカワサキトリプルなどの2ストロークの気筒間に使われているゴムシールはクランクを全部バラさなければ交換できないが、そのシールは減ってしまうという難点があった。そこでゴムシールを非接触の金属製ラビリンスシールに変えることによって減らないシールとして開発されたのがLABYRI®。非接触により抵抗がなくなるためエネルギー損失がゼロで、まさに良いことづくめ。ピックアップも良くなるのは想像に容易いだろう。

理屈としては、シール内部に設けられた複雑な構造を通過する間に気体の移動速度を大きく低下させて反対側からの圧力が生じるまでの時間を稼ぐ。それにより圧力が通過しない仕組みになっているのだ。部品代込みのオーバーホールだとノーマル仕様との金額差はプラス3万6千円程度というのも破格だろう。

なお、既にヤマハTZR (3XV STD/SP)やスズキRGV-Γ250 (VJ23)などへの施工実績もあり、ワンオフで1個から製作も可能なためにレアな機種でも対応してくれる。

長年培われた技術も
惜しみなく発信!

Facebook内には『井上ボーリングファングループ』もあり、そちらでは特にコアな層の方々に向けて専門的な情報や技術的に高度な内容などを発信中。

ここまで様々なアイデアを実現して製品化してきている井上ボーリングを紹介してきたが、各方面へ向けたアプローチにも力を入れている。その一つに各種SNSでの活動や動画製作がある。「どんなに素晴らしいものを作り上げても、それを周りに認知してもらわなければ意味がない」ことは芸術でも技術でも同じことだ。

Youtubeにアップロードされている『iB (株)井上ボーリング iNOUE BORING 夢が詰まった工場』も是非ご覧頂きたい。

これで本当に最後となったメーカーへ納めるシリンダー達。井上ボーリングの長年に渡る経験はメーカー製品の下請け業務で磨かれてきたものも多くある。

上の動画でも言われているが井上ボーリングでは『脱・下請け』を目指してきた。そして今回の取材時に加工されていたこのシリンダーを最後に、遂にメーカーからの仕事は最後となる。今後は様々なユーザーやショップの仕事で一人一人に合わせた“良い修理”を行っていくと共に自社の技術を更に上げていき、様々な開発も行っていくことになる。そしてそれを未来に残していくのが井上社長の望みなのだ。

未来に対して
こんなこともやっている!

最後になるが井上ボーリングの極めつけとして、面白い車両を紹介しよう。それが2004年から開発されて、2007年頃に形になったという、この水素バイク!! 車体ベースはヤマハTY250スコティッシュ。

皆様も様々なニュースなどでも見聞きしている事と思うが、排気ガスの規制や電気動力の普及によって『エンジンが終わってしまう』ということが、いよいよ本気になってきたと感じているのではないだろうか。そこで「エンジン直せますよ」といったことだけをやっていて良いのかということを、大真面目に考えているエンジン屋が井上ボーリングでもある。井上ボーリングでは以前にも水素バイクを製作してきたが、そこで終わりではない。今後はどう考えて何をやろうとしているのだろうか?

自社工場を背にして井上社長が手にしているものはエアレースに使われているエンジンの一部。しかもこれがまた2ストロークで大変面白い機構を持っている!

これは単気筒あたり400cc程度の2ストロークエンジン。実は4気筒V型1600ccの250psくらいで空を飛んでいるレースエンジンの一部。まず2ストロークというのが面白いが、使われているピストン形状が山高帽のような形をしていることで、クランクケースに燃料が入って行かない特殊な仕組みになっている。細かい機構の解説はここでは省くが、その仕組みを水素バイクにそのまま活かせば、今まで困難だった様々な問題が一気に解決するという。

「井上ボーリングで開発した水素バイクも十分走れるようになりました。ですが、2ストロークの原理的にどうしてもオイルが燃焼して煙が出ることは避けられませんし、水素がクランクケース内で異常燃焼する可能性がゼロではないという基本的な問題がありました。そのような問題を完璧に解決するのは理論的に無理だろうと思っていたんです。ところが、この新しいエンジン形式ではクランクケースに燃料が入っていかないので、完璧にこれらの問題を解決することが可能なんです」

……ということは、例えば近い未来には水素エンジンのRZなども作ることが可能かもしれない。「ユーロ6もパスできるこういう仕組みを持ったRZが出来たら面白いと思いませんか?」と井上社長も語るが、それは想像しただけで、とても面白そうだ。

ガソリンエンジンが無くなってしまう時代へ向けて
環境を見据えた次の一手!

エンジン内で水素を燃焼させるのが水素燃料エンジン。水蒸気が発生するだけで二酸化炭素は出ないために、環境面でガソリンエンジンよりも非常に優れている。そして水素バイクには電気バイクでは味わえないエンジンの楽しさも残される。誰でも気軽に乗れるようになるためには水素ステーションなどのインフラ整備も必要なのでまだ先の話だが、そう遠くない未来のハズ。井上ボーリングの水素バイクがより完璧な物になっている時には、そういった環境も整っている頃ではないだろうか。

井上社長も「世の中がうんと変わってガソリンスタンドがなくなっていってしまったら、今までと同じ感覚で乗り物に乗ってはいられなくなる。皆はそれを割と現実の問題だとは思っていなくて、そんなことはずっと先の話でしょと言うんだけど、そうでもないんですよ。いろいろな会社が本気になってしまうと、世の中はどんどん変わってしまうと思います。そして社会のEV化は現実の問題です。世界からエンジンがなくなったその時、内燃機屋は何をすればいいのでしょうか。僕はエンジンを未来に残す唯一の可能性が『水素燃焼エンジン』だと考えています。内燃機屋が未来に生き残る唯一の可能性でもあると思います」と語る。

エンジンが作れない世の中になった場合でも、井上ボーリングであれば水素エンジンで走れるという可能性。ガソリンエンジンが無くなるであろう近い未来や環境問題まで踏まえて、井上ボーリングは新たなスタートを切る!

INFORMATION

住所/埼玉県川越市下赤坂字大野原671
電話/049-261-5833
定休/土日祝
営業時間/9:00〜17:00
創業60年以上の歴史を持つ老舗内燃機屋である井上ボーリング。代表の井上壮太郎氏をはじめ、スタッフ全員のエンジンに対する愛情、そして技術が、素晴らしい仕事となって表れている。今回紹介したLABYRI®やICBM®だけでなく、エンジンに関することならすべてお任せできる心強い存在なのだ。