NSR250Rのウィークポイントを見事解決! “抜けない”センターシールで2ストバイクを永遠に楽しむ

掲載日/2020年5月11日
取材協力/井上ボーリング
写真、文/小松男
構成/バイクブロス・マガジンズ
2ストロークエンジンの気筒間に使われているセンターシール。NSR250Rをはじめとした一部の2ストモデルでは、エンジンの最深部と言える場所に採用されているこのセンターシールにゴム製のものが採用されており、摩耗などにより突然のエンジントラブルを引き起こすというのはオーナーの間では一般的な認識とされている。その致命的なウィークポイントを解決する画期的な方法として注目される、井上ボーリングの『LABYRI®』を紹介しよう。

現在もなお2ストフリークを魅了してやまない名機NSR250R。そのNSRの最大の弱点として伝えられるウィークポイントがある。それは“クランクシャフトのセンターシール抜け”だ。センターシールとはクランクケース内部を気筒ごとに仕切ることで相互の気密を保つために使われるものであるが、NSR250Rをはじめとした一部の2ストエンジンモデルでは、ゴム製のセンターシールが用いられており、摩耗や劣化などから気密を保てなくなることがある。これをセンターシール抜けと呼んでいる。

センターシールが抜けると、パワーダウンやアイドリングができなくなることをはじめ、片排状態や焼き付きなど様々な症状として現れるのだが、それは走行距離や年式を問わず、いつ起きるかわからないものであり、NSRオーナーは常に時限爆弾を抱えているような心持ちでマシンに接しなければならなかった。しかしそのような悩みに終止符が打たれる時が来た。レース関係者や旧車乗りから絶大な支持を受ける老舗内燃機ショップである井上ボーリングが開発したNSR用ラビリンスセンターシール『LABYRI®』(以下:ラビリ)の登場である。

そもそもラビリンスシールというのはそのネーミングのごとく“迷宮”のように入り組んだ流路を持たせることで、両側のクランクの混合気が押し合うことで気密を保つ原理をもっており、最大のポイントは、金属を用いた非接触式ということだろう。劣化や摩耗が見られるゴム製のセンターシールと交換する形で使用し、ラビリなら金属かつ非接触のため摩耗せず永久的に抜けることはない。その上お互いに接触しないということはエネルギー損失ゼロというメリットもあるのだ。

これまでも特集記事においてモトハウスネモトに持ち込まれたNSR250のエンジンオーバーホールに関して、T.T.R.モータースによるRECS(ブラスト洗浄)施工を紹介したが、同エンジンのクランクセンターシールを、ラビリに換装したので、その施工模様をご紹介していこう。

これがNSR用ラビリの断面だ。2ピースに分けられたパーツを組み合わせてみると、入り組んだ格好で隙間が作られており、非接触式のラビリンスシールとして機能するようになっている。

エンジン奥底に眠る時限爆弾を処理
その技はまさしく職人芸‼

オーバーホールの一環として、純正センターシールからラビリへの換装のため井上ボーリングに持ち込まれたクランク。まずは分解作業からスタート。

専用の治具を使用し、サイドウェブから順に外し始める。センターシールはエンジンの最深部に位置するパーツであり、分解には経験と技術を要する。

御覧の通りコンロッドもスラストワッシャーからピストンピンベアリングまで、ひとつひとつバラバラにされる。見たところエンジン内部自体の状態は悪くない。

分解を進め、ついに純正のセンターシール本体が顔を出した。NSR250Rオーナーの間では、エンジンの調子が悪くなったら、まず疑われるパーツなのだ。

ゴム素材が使用された純正のセンターシール(右)と井上ボーリングの非接触シールであるラビリ。既存シールは見た目こそ普通だが触れば劣化が分かる状態となっていた。

再度エンジンを組み上げる際の参考とするため、大端ピンやコンロッドなどの径を測っておく。こうした細かい作業が、組んでからの微妙な調子を左右してくる。

分解したパーツをしっかりと洗浄した後に組み上げていく。さっそくエンジンの中央部に収まるラビリシールが登場。クランクの位相を定めてセット。

クランクを組むために作られた特殊な治具が使われ、しっかりとそしてまっすぐにサイドウェブまで組み合わされてゆく。

最終的にはクランクがまっすぐになるようミクロン単位で計測され、微妙な差異もハンマーを使って修正。最後まで職人技の映える作業が行われた。

ラビリ施工と同時にシリンダー内を再メッキ

ラビリへとセンターシールの換装をお願いするならば、是非とも合わせて施工したいのがシリンダーの再メッキだ。井上ボーリングではラビリと同じく独自開発したICBM®という、シリンダー内をアルミ化し再メッキする技法があり、それは鋳鉄スリーブに比べて圧倒的に摩耗が少なく、軽量で放熱性も滑りも良いという理想的なシリンダーとなる代物。

今回は元の状態が良かったこともありICBM®施工を取り入れず、通常の再メッキ加工を行うことにしたが、ICBM®であれば例えば傷が深すぎて再メッキができなくなっていたり焼き付いてしまっていても施工可能だ。作業コストの面もそうだが、仕上がりにさらなる満足度を得るということを考えるとエンジンをオーバーホールする際には、ラビリと合わせてシリンダー再メッキ加工も行っておきたい。

再メッキ加工が施されたシリンダー内部は精密な研磨作業「プラトーホーニング」が行われる。計測シートを確認したところ、見事に内径がまっすぐに磨かれていることが分かった。

再メッキからホーニングまで済んだシリンダーの仕上げ工程を紹介しよう。まずは再メッキ施工時に外されていたウォータージャケットパイプを圧入する。

パワフルな2ストエンジンは排気ポートに熱が集中するため柱が熱膨張し、最悪の場合焼き付きを起こす。それを回避するためにマシニングセンターを使い「柱の逃がし」加工が行われる。

ポートの中央部分が削り取られ光っているのが分かる。このように柱の逃がし加工を施すことで、トラブルを未然に防ぐことができるのだ。

仕上げ作業として、角に残った微細に立った部分を、リューターを使用して滑らかに慣らしてゆく。最後まで丁寧に手が入れられたシリンダーは最高のパフォーマンスを発揮する。

これは余談だが、井上ボーリングのオリジナルメニューであるICBM®の元となるアルミ材とそこから作られたスリーブ。永久とも言えるシリンダーを創り出す。

NSR250Rの弱点であるセンターシール抜け。その呪縛から解放してくれるラビリンスシール『ラビリ』は、内燃機のプロフェッショナルであると同時に、バイクをこよなく愛する井上ボーリングならではの発明と言えるアイテムだ。これとシリンダーの内径をアルミ化しメッキ仕上げすることで圧倒的に耐摩耗性を向上させるICBM®を組み合わせれば、永遠に楽しめるエンジンとすることができる。

NSR250Rのラビリ換装価格は10.1万円(税別)とされており、H1やH2などの多気筒2ストモデルへの対応も行っている。大切な愛機のエンジンの調子を引き上げ、なおかつ一生モノとするために是非お勧めしたいメンテナンスなのだ。

INFORMATION

住所/埼玉県川越市下赤坂字大野原671
電話/049-261-5833
定休/土日祝
営業時間/9:00〜17:00
創業60年以上の歴史を持つ老舗内燃機屋である井上ボーリング。代表の井上壮太郎氏をはじめ、スタッフ全員のエンジンに対する愛情、そして技術が、素晴らしい仕事となって表れている。今回紹介したLABYRI®やICBM®だけでなく、エンジンに関することならすべてお任せできる心強い存在なのだ。