掲載日:2026年08月16日 フォトTOPICS
写真・文/小松 男

昨年、今後ハノイ旧市街でガソリンエンジンのバイクが走れなくなると知った私は、「だったら今のうちに」とベトナムへ行き、レンタルバイクを借りて市内を走り回った。
信号などあってないような交差点を、無数の二輪車が縫うように行き交う。あの喧騒こそがハノイという街の心臓部だと感じたのを覚えている。
それから約1年が経った2026年7月1日、ハノイでは低排出ゾーンの運用が始まり、ガソリンエンジンのバイク・スクーターに対する規制が、いよいよ現実のものとなった。もっとも、現時点で環状1号線内のガソリンバイクが一律に禁止されたわけではない。まずはホアンキエム地区の一部から始まり、今後段階的に対象地域と規制を拡大していく方針だ。
対象エリアは商業・観光の中心地。2028年には環状1号線全域と一部の環状2号線内側へ、2030年以降には環状3号線内へと低排出ゾーンを拡大するロードマップが示されている。
現地で聞こえてきたのは、「ガソリンエンジンのスクーターを買ったばかりなのに、これからどうすればいいんだ」という素直な戸惑いの声だった。
バイクが生活インフラとして完全に生活の一部となっているベトナム。徐々に電動モデルが増えつつあると言っても、1年前に私が行った際には、普及しているというには、まだまだな状況であった。

今回の二輪車に対する制限が2026年から施工されることを知り、2025年8月にハノイへ飛び、規制がスタートした当該箇所をレンタルバイクを走らせてきた。借りたのはホンダ・リード。家族で行き、息子が12歳未満だったため合法的に3人乗りもできた。

7月からガソリンエンジンのバイク・スクーターが進入禁止となったホアンキエム周辺のハノイ旧市街エリア。昔ながらの市場やナイトマーケットも開かれる市民生活の中心地だ。インフラの一つとしてスクーターがあり、それがすべて電動化されることになる。
この規制がとりわけ大きな衝撃を与えたのが、ベトナム市場で圧倒的なシェアを握ってきたホンダだ。2025年のホンダ・ベトナムの二輪車販売シェアは、VAMM加盟メーカー内で約85.9%に達している。
禁止方針が注目を集めた2025年8月、ホンダの現地二輪車販売は15万4599台となり、前年同月比では13.4%減少した。さらに7月の19万7349台と比べると、約22%の落ち込みとなる。長年「バイクといえばホンダ」であった国だけに、この動きは市場に大きなインパクトを与えた。
一方で対照的な動きを見せているのが、地場の新興メーカー、ヴィンファストである。
同社の電動二輪販売は2025年に前年比で大幅な伸びを記録し、ベトナム国内の電動二輪市場で急速に存在感を高めた。ベトナムの大手民間コングロマリット、ヴィングループ傘下の同社にとって、ガソリン車から電動車への政策転換は大きな追い風となっている。
国の政策転換と地場企業の成長が、ここでは同じ方向を向いている。
もっとも、ホンダも黙って見ているわけではない。現地では電動スクーター「CUV e:」や「UC3」を投入し、バッテリー交換ステーションの展開にも乗り出した。長年培ってきた販売網とアフターサービスの厚みは、依然として大きな武器だ。
王者の意地と新興勢力の勢い。この構図が、これからのベトナム市場を占う最大の見どころになるだろう。

ヴィンファストはすでに四輪市場でBEVモデルのシェアを伸ばしており、現地では実際に高速道路のサービスエリアでの充電スポットなど、インフラ整備もかなり進んでいることを確認した。今回の二輪車における規制に関しても政府が、ドメスティックブランドをバックアップしているようにも見える。

2026年6月、新型電動スクーター「UC3」を発売し、主要都市での充電網の整備を開始したとホンダ・ベトナムは発表。ホンダはベトナム国内の20省市に83店舗のディーラーを構えており、長く国民に親しまれてきたブランドだ。そのサービス網を活かしつつ、今後はBEVバイク市場もけん引することが期待される。
そもそも、なぜベトナムはここまで二輪車に依存する社会になったのか。
フランス植民地時代から、ベトナムでは欧州製の二輪車が走っていた。なかでもフランスのモビレットは、戦後のベトナムで広く知られた存在だった。
その後、ドイモイ政策による経済成長と都市化が進むなか、安価で小回りの利くバイクが急速に普及。道路事情や都市部の渋滞とも相まって、二輪車は人々の生活に欠かせない移動手段として定着していった。
1990年代以降はホンダをはじめとする日系メーカーの進出が本格化し、ベトナムはアジア屈指のバイク生産拠点へと成長した。現在、国内を走る二輪車は7000万台超ともいわれる。単なる移動手段を超えて、国民の生活に深く根付いたバイク文化。それだけに、今回の規制は単なる交通政策ではなく、生活様式そのものへの変化として受け止められている面がある。

ヴィンファストは2026年3月にベトナムの販売店から13万5000台以上の電動スクーターの注文を受け、9万3000台以上のeスクーターを販売店に出荷したことを発表した。この記録的な成長は、環境対策の措置における力強い勢いを反映しており、ベトナムのバイク市場におけるヴィンファストの確固たる地位と影響力の拡大をさらに強化するものと考えられる。
実際のところ、ハノイの大気汚染は深刻な状況にあり、交通由来の排出もその要因の一つとされている。大気環境の改善を目指してガソリン車を規制し、電動車や公共交通への転換を促すという方向性そのものは合理的だ。
問題は、そのスピードと、置き去りにされる人々への手当てだろう。充電インフラや電池交換網の整備は道半ばであり、電動車の価格や航続距離への不安も根強い。政策と現実のギャップをどう埋めるか、ハノイ市は難しい舵取りを迫られている。
そしてこれは、遠い国の他人事では終わらない話でもある。二輪車の環境規制と経済的な負担への配慮という構図は、日本国内でも原付一種のあり方をめぐる議論として、形を変えて浮上してくる可能性がある。
バイク大国が体験している「脱ガソリン二輪社会」への移行は、私たちバイク好きにとっても決して無縁ではないテーマなのである。
バイクが溢れかえるハノイで名物ともいえた、無数のガソリンバイクによるエンジン音、排気音、アイドリング音、クラクションが混ざり合った都市の喧騒。その記憶が、数年後には「懐かしい風景」として語られる日が来るのかもしれない。
その分岐点に、私たちはいま立ち会っている。








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