掲載日:2026年08月26日 フォトTOPICS
取材・写真・文/森下 光紹

Vol.42 鈴木 祐成(すずき ゆうせい)

バイクの免許は16歳から取得が可能である。実はその昔、昭和の30年代は14歳から原付免許のみ取得可能だった時代があったのだが、その背景は、当時の中学生は厳しい家計を支えるために学業と仕事を両立せねばならないという環境だったのだ。その後、免許取得年齢は義務教育終了後へと変更されて現在にいたる。16歳という年齢に期待される事柄は、そんな時代背景から生み出されたものである。
刺激的なバイクと言う乗り物は、自分の身で操る体力と知力、そして判断力も備えていなければならないし、そうでなければライダーとして成立しない。そのために、試験を受けて免許証を獲得するのだ。そして公道を走るということは、いわゆる世の中に出て、社会を構成する一員としてデビューするというわけなのだが、少年期から青年期の若者にとって、そんな難しくて込み入った話に考えを巡らせることはほとんど無いだろうと思う。
「かっこいい」からバイクに乗りたい。それが本音だし、実に素直な感覚だ。筆者も当然、義務教育を終えて16歳になることを、本当に毎日指を折るように数えて待ち望んでいたし、とにかくカッコ良くバイクに乗る自分の姿を夢にまで見てワクワクしていたものだった。
鈴木祐成君は、高校に通いながらガソリンスタンドでアルバイトをしている。少年期には、現在は離れて暮らす父親がバイク乗りだったので、よくタンデムして出かけていた記憶があり、自然と自分自身もバイクそのものに興味を持っていたという。きっとその父親の後ろ姿は少年の彼にはカッコ良かったのかもしれないし、実際に自分が免許を取得できる年齢になると、再婚した現在のご両親がなんと二人でバイクの免許を取得して、共通で所有するCB400スーパーフォアを購入したことに驚いたのだそうだ。
今回、彼のご両親からのコメントはいただいていないので、その理由は定かではないのだが、祐成くんにとって、バイクはさらに身近なものとなって、ライダーとしてのスタートは、なかなか良い環境から第一歩を踏み出したとも言えるだろう。
「CBは家にあるんですけど、やっぱり自分のバイクが欲しくてバイトもしているので、自分の力で予算を組んで中古のVT250FEを購入しました。まだ5月に手に入れたばかりだからこれからですけど、少し足は伸ばして山梨県の県境までは行きました。ツーリングは大好きです」

今回、取材を申し込んで待ち合わせたのは幹線道路沿いのファストフード店。彼は待ち合わせの時間に1時間遅れでやってきたが、遅れる理由を細かくLINEメールで送ってきた。
「幼い妹を学校に送らなくてはならなくなり、送れます。ごめんなさい」
貴重な時間を工面させて取材を申し込んだのは僕のほうだから、全然構わない。もし連絡もなく遅れているのなら、心配をしただろうが、その点も問題ない。そして、現れた彼に「お疲れ様、朝ごはんを奢るよ」と話しかけると、にっこり笑って「じゃぁジュースを一杯だけ」と返された。
笑顔が素敵な青年である。こちらの問いかけにはしっかりした口調できびきびと答えて特に家族の話になると笑顔がひときわ輝き出す。きっと、とても家族想いの人なのだ。
「僕、ちょっと古いテイストが好きで、音楽も90年代のファンなんですよ。カルチャーもその当時のものが好みかな。だからバイクも現代のスポーツバイクより、少し古いVT250Fとかが好みで、今日乗ってきたのはヤフオクで探して九州から運んでもらったバイクなんです。好きなクルマも3世代くらい前のクラウンなので、いつかは絶対に買うぞって思っています」
なるほど、筆者にとって90年代は極めて最近なのだが、彼にとって生まれる前だ。つまりかなり古い。見たことのない世界で、想像するしか無い歴史である。でもその感覚はとても良く分かる。特に乗り物は現代にないテイストを旧車は持っているからだ。そこが魅力となると、当然どの世代でも自分の経験していない時代のカルチャーに興味を持つのは当然でもある。

手に入れたVT250Fはショップからの購入ではないから、最初のメンテナンスが少し大変だった。特にヤフオクでの買い物となれば、元のオーナーの愛情が切れた個体が商品となっている場合が多いから、そのまま調子良く走り出すわけにはいかず、タイヤやチェーン等の消耗品の交換や、エンジンの調整等も行うこととなって、メカに詳しい知人に預けた。そして、アッパーカウルを外してネイキッドスタイルへと変更。アクセントとしてフロントフォークにバンダナを巻いてみた。
「バンダナは、パーキングに止まっていた他のバイクを見てかっこいいなと思ってやってみました。シートは知人から譲ってもらったんですけど、まだきちんと固定していなくてグラグラしてます。まだ、バイクのカスタムの方向性が定まっていないんですよね」
フロントフォークのバンダナは、本来チョッパー乗りがフロントフェンダーの無いホイールからライダーにめがけて飛んでくる石や雨天時の水から少しでも身を守ろうとして施したスタイルだ。彼らはとにかく走ることにシンプルで、できるだけ簡素なスタイルのバイクを愛でることが絶対条件だから、苦肉の策としてのバンダナなのである。そして、祐成くんが装着しているシートは、日本独自のいわゆる暴走スタイルを象徴しているもので、集団となれば迷惑この上ないカルチャーとも言える。どんなカテゴリーでも同じだが、ひとりであれば構わないが、集団になれば強い力を持ってくる。

たとえば、ボランティア。たったひとりでは小さな仕事しかできないが、集団になれば大きな問題を解決させる力になる。それは歓迎されることとなる。その逆に、騒音を奏でるバイクが集団になれば、それはもう大きな暴力でしかない。バイクという存在は、1960年代はカミナリ族と言われ、その後は暴走族と呼ばれ、どの時代でも取り締まりの対象となってきた歴史がある。
僕は本当に暴走族が社会問題となっていた時代の少し後の世代だが、それでも友人をその中で亡くしたり、実際に大喧嘩の中をかいくぐった経験もある。その後、そんな集団を取材する側に身を置いて、真実の彼らの姿を雑誌に寄稿したこともある。当時の彼らは、話せば実に気さくで人間味が有り、優しい青年ばかりなのに、集団化することで暴力を生んでしまっていた。そして残念な結末を迎える人も少なからず居たのをこの目で見てきた。
思うに、「カッコ良さ」とは、滲み出るものであると思う。自分自身で表現することを、他人が評価するものである。バイク乗りがカッコ良くなくてはいけないと思うのは、その点だ。バイクは本来ひとりで走らせ、自分自身の世界を確立していくアイテムだ。どんな環境でも真っ直ぐ前を向いて走り続けて、目的地を目指す乗り物。それはツーリングでもレースでもラリーでも同じだと思う。そんなライディングを続けることで、自分自身を磨いて強くなる。それがバイク乗りの大きな魅力であり、真実のはずだ。

祐成くんは現在17歳。話を聞いていて彼の口から出る優しい言葉やその穏やかな口調は、にじみ出ているものだった。そして一緒に走っても隣を走る僕を気遣い、周りの交通に溶け込む走りがすでに出来ていた。もちろん無意味な空ぶかしなど皆無だったし、大切な愛車を気遣うライディングに徹していた。でも、そのシートはやはり誤解を生むだけのアイテムとなってしまうのが世間というものだとも思うし、伝えておきたい。
たとえば、大型の温泉施設などは「タトゥー入店禁止」であることが多い。それはつまり反社会的なイメージが濃厚なアイデンティティーは排除する意外にないという意味なのだが、先日筆者は、箱根の温泉施設で「タトゥーを入れたお客様でも、お一人でのご来店は歓迎です」という案内を見つけた。これはつまり、「集団は暴力」となる事実を当事者に良い意味で理解させる、大きな一歩であると僕は感心したのだ。今やタトゥーは、反社の人間だけが入れているわけではない。人それぞれに理由があり、ファッションの一部ですらある。
しかし、それをひとりではなく複数となれば、やはり「暴力」との判断をせざるを得ないという告知なのだ。その点は、ライダーも同じ感覚を持つべきである。たとえ「暴走族」ではなくても、集団にて我が物顔で走るバイクは、正統派を気取るライダーでも充分暴力になりうる。それは肝に銘じるべきだと思う。

祐成くんに「これからどんなふうにバイクを使いたい?」と聞いてみると、「やっぱり彼女とか乗せて海まで走りたいですねー」と少し照れながら、笑顔で答えが帰ってきた。女性とのタンデムは。男性ライダーにとって究極のエロチシズムだ。しかしグラグラしたそのシートじゃ、大切な彼女の命をちゃんと確保できないんじゃないかなぁ。バイクに乗せるのは命を預かることでもある。男のカッコ良さは滲み出るものであることを、バイクに乗ってこれからどんどん発見してほしいと思うのだ。









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