掲載日:2026年05月16日 フォトTOPICS
取材・写真・文/森下 光紹

Vol.35 阿久津 楓 (あくつ かえで)

かつて、オートバイという乗り物は男性のアイテムだった。まずもって、基本的に野蛮。むき出しのエンジンは始動すると大きな音を出し、排気管からはオイルの混じった白い煙を撒き散らす。自転車よりもはるかに重くて大きな車体を扱うには、基本的な体力が必要だし、複雑な操作を熟知してバランス感覚も備えていないと、発進すらできなかった。
黎明期に生産されていたモデルは男性でも取り扱いが難しく、それだけに、多くの人が憧れる存在でもあったのだ。

1960年代に、「御婦人でも乗れる」と謳って市場に打って出たのは、足を揃えて乗ることができるスクーターやホンダのスーパーカブだった。その後、ソフトバイクという命名をされた原付モデルが数多く発売されて徐々に女性もバイクに乗るようになってきたという歴史がある。その当時に大型バイクを駆る女性ライダーはほぼ皆無で、もし遭遇すればそれはもう、ジャンヌ・ダルクのような存在だった。
これは昔話である。現代はもう、「女性ライダー」という表現は古めかしい過去のものとなった。

阿久津楓さんは、現在2台のハーレーダビッドソンを所有している。そして職業は、カスタムハーレーの製作を得意とするバイク専門店のメカニックだ。
お店の名前は「一国サイクルワークス」という。横浜の鶴見にある、町に根差した老舗バイクショップ「一国サイクル」から分かれたスペシャルショップ。代表の梅島国彦さんは三代目のオーナーで、少しだけ離れた本店には、現在彼の息子が四代目としてショップを切り盛りしている。彼女は、10年前からこのお店のスタッフなのだ。

「生まれは横浜の本牧だから、子供の頃から周りがモータータウンでした。格好良いバイクやクルマがとても身近にあったから、大きくなったら絶対に乗ろうと思っていましたね。兄もバイク乗りになったから、ますます興味が湧いちゃって」

16歳で原付免許取得。高校時代はスクーターを乗り回した。そして18歳の時に普通二輪免許にステップアップ。最初は125ccのスクーターを手に入れるが、すぐにスポーツバイクのホンダCB250Rに乗り換えた。
理由を聞くと、本当はトラディショナルスタイルのバイクが好みだったが、170センチ以上まで成長した体格だと普通二輪で乗れるアメリカン・スタイルのモデルでは、どうもバランスが悪くてスポーツモデルを前傾姿勢で乗ることにしたと言うのだ。しかし、その選択は正しかった。軽量のスポーツモデルは、バイクを取り扱うノウハウを身に付けることに関してとても分かりやすく有効で、バイクの楽しさをライディングするごとにスキルアップできたのだ。
その後SR400に乗り換えるが、スポーツ性をアップするためのカスタムを施してライディングを楽しんだ。彼女にとって、バイクは普段からいつも一緒にいるたくましい相棒になっていったのだろう。

「学校を卒業してバイク関連の仕事がしたかったからショップ店員になりましたが、最初のお店はどちらかというとパーツの販売業務が多くて、バイクそのものとの距離があったから転職したんです。イチコクは、メカニックの募集じゃなくて事務仕事要員として入社したのですが、わたし、メカニックになりたいですと主張すると、社長の梅島が受け入れてくれました。でも、バイクの整備だけじゃなくて、接客でも何でもやりなさいって、笑顔で言うんです。それがめちゃめちゃ嬉しかった」
19歳でスタッフの仲間入り、重いハーレーを押し引きして洗車。お店の雑用から接客と、いわゆる下働きから徹底的にやった。大型二輪免許も取得して自分の愛車もハーレーのスポーツスター883Rになった。梅島さんは、ご自身でもレース参戦するスペシャリストだから、バイクの運動性を高めるモディファイはこのお店の得意分野。彼女のスポーツスターも様々なカスタムが施されてイチコクらしさが強調されていった。
そしてもう一台、彼女はビッグツインモデルも手に入れる。その理由は、「やっぱりお客様の目線でバイクを考えること」が重要だと思ったからだ。モデルは2012年のFXDBで、ビッグツインモデルの中ではかなりスポーツ性の高い車種。これもまたイチコクらしい選択とも言えるだろう。

今回の撮影ではこのビッグツインで走ってもらい、横浜市内で取材を実施した。海沿いの公園でピンナップを撮影した後、幹線道路からトンネルを抜けてみなとみらいでUターン。彼女の身のこなしはまさしくメカニックそのもので、バイクに負担のかからない走り方や取り扱いが熟練の域に達している。優雅で美しいのだ。
それは女性であるからという意味だけではない。生き物を扱う優しい所作は、きっと彼女が元々持っている個性なのだろう。それが磨き込まれてきているのだ。しなやかにライディングしている後ろ姿を追いかけていると、何だか惚れ惚れしてきた。実に格好良いのだ。周囲のドライバーや街を行く歩行者への気遣いも優しい。本当にバイクが好きなのだということが、良く分かる。

「仕事のしかたも繊細だからね。細かい配線とか本当に上手いからさ」と言う、梅島さんの声がある。スタッフ全員がまるで家族のようなこの店で、彼女は常に成長を続けていくのだろう。接客でバイクの説明をする時に、つい「この子は…」と表現してしまうと笑う彼女。それもまた、素敵な楓さんの一面なのだと思う。

「ツーリングも大好きですよ。以前一緒に走っていた友達は田舎に帰って子育てとかしているから、そんな友達に会いに行ったり、九州まで足を伸ばしたりしています。お酒が好きだから、知らない土地で居酒屋にひとりで入って、そこにいるオジサマたちと楽しく飲んだりするのが好きですね」

大きなハーレーを軽やかに操り、ひとりで旅をして夜は地元の居酒屋にふらりと現れる女性が直ぐ側にいたら、世の中のオジサマはイチコロである。しかしダメダメ、彼女は近日結婚を控えているのだ。お相手はやはりバイク乗りですか?と尋ねると、そうではなく、お酒の縁で知り合った人らしい。それは是非とも、ご主人もバイクの世界に引きずり込んでほしいものだと、余分な希望を抱いてしまった。

バイク乗りはやっぱり格好良くなくっちゃね。とあらためて思う。年齢や性別に関わらず、理想の姿を想像しながら、僕は少し突き出た自分のお腹を引っ込めてみたりしてみた。どんなライダーだって、目指すのはきっと誰よりも格好良い生き方。だからこそ大好きなバイクに乗り続けているはずなのだ。










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