掲載日:2026年03月22日 フォトTOPICS
取材・写真・文/森下 光紹

Vol.32 森下 哲男(モリシタ テツオ)
100年以上ほとんど変わらぬコンセプトでバイクを作り続けているメーカー。それがハーレーダビッドソンだろう。長い歴史の間には様々な紆余曲折があり、会社存続の危機も経験。日本メーカーの協力も得て新体制を構築した後はその独自のコンセプトを揺るがすことなく現在まで魅力的なモデルを生産し続けている。しかし、そんな中にもハーレーマニアにしか理解できない、各時代のモデルには大きな個性が存在する。基本的なエンジンレイアウトや車体構成を変えないシンプルなメーカーだからこそ、その個性が何よりも際立っているのである。もしかしてそれは、人間そのものと似てはいないだろうか。産まれた年代、育った環境や経験値、様々な要因から人の個性は形作られていく。良くも悪くも、すべての人が個性的だ。実は人間もまた、本質的にはシンプルな生き物に違いない。

森下さんに初めて出会ったのは10年以上前である。大阪の高槻市にあるビンテージハーレーショップ「鼓動館」のキャンプツーリングを取材した時だ。基本的に、ビンテージハーレーしか扱わないこのショップのグループツーリングに参加されていたのが森下さんだった。行程はショップスタートから一気に紀伊半島を南下して、南紀串本にあるキャンプ場を目指すというもの。その1泊2日間の行程で、50台ほどだったと思うが、すべての参加者が何のトラブルもなくツーリングを楽しんだ。それがとても印象的だったことをよく覚えている。何しろ全員がビンテージハーレーなのだ。驚くべきコンディションを全員が維持しているのは、驚異的と言って良い。

その中に居た森下さんは、参加者の中ではやや新しいバイクと言えるエボリューションモデルのファットボーイに乗っていた。黒いボディにシンプルなシルエット。低い姿勢で、まるで自分の手足のようにバイクを扱うその所作に、僕は親近感を持ったのだ。
「森下さん、そのうち単独で取材させてくださいね」と声をかけると、少しはにかんだ笑顔を返してくれたのをずっと忘れたことがない。そして10年以上が経過した。

久しぶりに再会した彼は、以前とまったく同じ笑顔だった。愛車も変わらずエボリューションのファットボーイ。そしてもう一台1972年モデルのスポーツスターXLCHが加わっていた。
「当時、僕はクルマのディーラー勤務でしたが、退職して今はこの鼓動館を手伝っているんです。ここにいるとやっぱり他のビンテージにも乗ってみたくなってね。未整備状態のスポーツスターを購入してしまいました」

森下さんは、10代からのバイク乗りではなく少々遅咲きだった。16歳で原付免許は取得したが、高校大学時代はラグビーに明け暮れていた。その後はクルマのディーラーに就職して、定年まで勤め上げる。当時の趣味はジェットスキーだったと振り返る。本格的なバイク乗りになったのは、大型二輪免許が教習所で取れるようになった時。少年期からロックバンドのクールスが大好きだったことから、バイクに乗るならブラックのハーレーしかないと心に決めていたと笑う。
「もう37歳だったかな。京都のショップに1年落ちのファットボーイが売れ残っていてね。ブラックだったから、これしかない!って決めて購入しました。それからずっと僕のファーストバイクですね。現在は13万キロ走って、まだまだ絶好調です」

スポーツスターは近距離専用で普段の足。ガソリンタンクも小さいし、ETCの装備もない70年代モデルのまま、通勤にも使用する。鼓動館での通常販売ポリシーは「完全フルオーバーホール」なのだが、森下さんはあえて輸入したストック状態のまま納車して、起こるトラブルを確認しながら日々乗り続けるようにした。

「つまり実験台ですよ。僕のスポーツスターはね。そのほうがお客さんのためにアドバイスできることが増えるし、僕のスキルアップにもなると思っているので」
そのスポーツスターに乗って、一旦自宅に戻ってから、メインバイクのファットボーイに乗り換えてきてもらった。

シンプルで、まったく10年前と同じシルエットのファットボーイ。綺麗に磨き込まれていて、オーナーの愛情が直球で伝わってくるバイクである。1998年式だから、エボリューション時代の最後期モデル。ヘッドライトナセルの追加や、フロントフェンダーをよりビンテージなシルエットにするべく深めのパーツを選んで、ハンドルバーがワイドバーなのも当時のまま。ローダウンされた車体を軽々と取り回している印象もまったく以前と同じだから、僕はつい笑みがこぼれてしまった。「森下さん、全然変わらないね!」
普段は仲の良いバイク仲間と一緒に走ることが多いというが、ディーラーを定年退職したその年に北海道を1ヶ月かけてソロツーリングしたという。キャンプは好きだったから道具は厳選してファットボーイに積み込んだ。初めての長旅は、仕事退職後の自分の生き方をじっくり考える良い時間になったことだろう。最後の一週間はいつもの仲間と一緒に走った。気の合う仲間の存在が大切なことも肌で実感した長旅だったと回想する。

「鼓動館を開業した藤岡誉司は、僕の同級生でね。彼は元々飲食業が本業でバイクは趣味だった。でも趣味だからこそ、お客さんの求めていることが良くわかっていて、それがこのお店の発展に繋がったんだと思うのね。今は第一線を退いて息子の恭典君がお店を切り盛りしているけど、このお店のコンセプトやポリシーは、やっぱりシンプルで揺るぎないですよ。ハーレーと同じだよね」

いつもはお店のカウンターにいて、お客さんの対応をする森下さん。いや、シンプルで揺るぎないのは、あなたも同じでしょう。10年ぶりにお会いしたが、まったく久しぶり感が沸かなかったのには驚いた。まるで昨日も一緒に走っていたような気がする人なのは、10年前のあの日とまったく変わらない。彼もまた筆者を見て同じ印象を感じただろうか。いや、僕は少し老け込んだな。顔の弛みやシワも増えた。しかし一緒に走ったハーレーは、僕も10年前と変わらない。「苗字も同じ森下だもんね」と笑いながら、春の午後から夕方までのショートツーリングを、ふたりで存分に楽しんだのだった。









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