掲載日:2024年09月30日 フォトTOPICS
取材協力/公益社団法人 自動車技術会 デザイン部門委員会 取材・写真・文/淺倉 恵介
“日本は世界一のバイク大国”と、いうのは多くの人が認めるところ。実際、国内4メーカーの生産台数を合計した数字は世界一だ。だが、近年バイクの生産では先輩である欧米のメーカーが復権し、新興であるアジア圏のバイクメーカーが急激に勢力を拡大している。日本がバイク大国であることは事実、しかし覇権を握っているとも言い切れなくなってきているのが現実なのだ。
世界を相手にビジネスを行っているバイクメーカーは、その現状に気付いており様々な対応策を打ち出している。その一つが、今年で12回目の開催となった「二輪デザイン公開講座」だ。この講座は、全国の美術系教育機関で学ぶ学生達を対象に、バイクデザインという仕事を知ってもらい、将来の選択肢に加えてもらおうというのが趣旨。今年は、静岡県浜松市の静岡文化芸術大学を会場に、8月22日と23日の二日間にわたって開催された。
主催は公益社団法人 自動車技術会 デザイン部門委員会。自動車技術会は、モビリティを通して日本国民の社会生活を豊かにすることを目的とした学会で、各バイクメーカーも会員として名を連ねている。その自動車技術会の中で、モビリティのデザインに関わる人達で構成されているのがデザイン部門委員会。二輪・四輪メーカーのデザイナーや、プロダクトデザインに関連した教育機関の職員が多く参加している。
この二輪デザイン公開講座で、講師を務めるのは国内4メーカーとGKダイナミクスに所属するバイクデザイナーの皆さん。第一線で働くプロフェッショナルが集まっているのだが、面白いのはそれぞれのメーカーが自社へ利益誘導を行うのではなく、垣根を超えて協力しあっていることだ。スタッフとして参加していた、あるメーカーのデザイナーは、こう語った。「もちろん優秀な人材を自社に引き込みたい気持ちはある。だが、それ以上に重要なのは、一人でも多くの人にバイクデザインという仕事に興味を持ってもらうこと。この講座がきっかけでバイクデザイナーを志してくれるなら、国内のどのメーカーで働いてもらっても構わない」。程度の差はあれ、多くのスタッフが近い考えを持っている様である。日本のバイク産業の未来を見据え、協力体制を築きあげているのだ。
それだけ海外メーカーの台頭に危機感を抱いているということもあるのだろうが、なによりも強く感じるのが日本のバイク産業への愛、根底に流れているのはバイクへの愛情そのものだ。取材を通して強く感じるのは、バイク産業に関わる人の多くが根っからのバイク好きであること。その熱気が受講生達にも伝わるのだろう、学生時代にこの講座を受講したことがきっかけでバイクデザイナーとなった人は、各メーカーに少なからず存在している。日本のバイクは、バイク好きが作り出している。その事実が、なんとも嬉しい。この先も、ずっと続いての開催を期待したい、意義あるイベントなのだ。
講座の内容は、バイクデザインの現場で実際に行われている工程を学生達に擬似体験してもらうというもの。カリキュラムは、デザイン画を手描きする“フィジカルスケッチ”、PCを使用してのCG技術を学ぶ“デジタルスケッチ”、デザイン画を立体化する“クレイモデリング”、カラーリングや仕上げを決める“CMF”の4つ。
本来はイメージしたバイクデザインを、イラストに描き起こす作業。学生にはハードルが高いので、予めバイクが描かれた線画の下絵を用意して、デザイン作業で使用されるカラーマーカーという画材を用いて着色する課題が用意された。
下絵に着色するだけと聞くと、塗り絵を想像してしまうが、色使いや濃淡の付け方で立体感を出すのは、なかなかに難易度が高い様子。講師はスズキのデザイナー陣が担当した。
バイクデザインの世界でもIT技術は必須。現在では、デザイン画をデジタルで仕上げる場合も多い。3D CGで作成すれば、そのデータを使って3Dプリンターで立体化することも可能だ。今回は、3D CGソフトを使用し、デザイン画を作成する課題を用意。
CG作成には欠かせない液晶ペンタブレットは、プロユースで圧倒的なシェアをもつwacom社の製品を使用。講師はヤマハとGKダイナミクスのデザイナー人が担当。3D CG初挑戦という受講生が多かったが、さすがにデジタルネイティブ世代、皆見事な3D CGを完成させていた。
二次元のデザイン画を立体化する作業がクレイモデリング。インダストリアルクレイという特殊な樹脂粘土を使用し、主に切削して形状を整えていく。デザイン画をもとに立体を作っていくわけだが、曲線のニュアンスなどは担当したモデラーのセンスが大きく影響する作業。
講師はホンダのデザイナー陣が担当。課題は現行GROMのミラーボディを、インダストリアルクレイの塊から成形すること。GROMの実車も持ち込まれ、削り出したクレイ製のミラーを車両に組み付けて、形を確認することもできた。
CMFとは「Color=色」、「Material=素材」、「Finish=仕上げ」の頭文字をとったもの。最終的に、バイクのイメージを決定する工程。
実際の作業では、事前に考えられていた車両のコンセプトに沿ってCMFが決定されるわけだが、今回は「誰が」、「どこで」、「何を」の三要素をくじ引きしてコンセプトを決定。そのコンセプトに合わせて、W800の実車にカラーリングやグラフィックを施し、プレゼンテーションを行うまでが課題。講師はカワサキのデザイナー陣が担当した。
SRXやV-max他、数々の名車をデザインしてきた日本のバイクデザインの第一人者、元GKダイナミクス社長の一條 厚さんが基調公演に登壇。一條さん自身が大のバイク好き、軽妙な語り口でバイクデザインという仕事の面白さを語ってくれた。
元ホンダのデザイナー澤田琢磨さんの講演は、具体的にバイクデザインの流れを紹介しつつ、日本のバイク業界の現状にも触れた。バイクへの愛情が迸る様な、熱いメッセージが込められた内容に、受講生達はすっかり引き込まれていた様子。
学生時代に二輪デザイン公開講座を受講し、バイクデザイナーになったOG /OBによる座談会も行われた。国内4メーカー全てとGKダイナミクスに、この講座の出身者が在籍しており、デザイナーとして活躍中。先輩に当たり、自分たちと年齢も近い若手社員の本音トークに受講生は興味津々。質疑応答では、多くの質問が飛んだ。
各メーカーが自社のバイクを展示。教材として、またアミューズメント要素としても好評だった。
会場に来られない学生のため、講座の内容をリアルタイムでネット配信を行った。
二輪デザイン公開講座の趣旨に賛同する、協賛企業によるブース出展も行われた。バイクメーカーと取引のあるB to Bの専門企業から、一般ライダーにも馴染み深いパーツメーカーまで、多くの企業が出展。受講生の興味を惹いていた。
スズキの及川 秀さんは、入社4年目の若手バイクデザイナー。学生時代に、二輪デザイン公開講座を受講し、バイクデザイナーを志した一人だ。その及川さんに、バイクデザインという仕事について聞いてみた。
スズキ株式会社 及川 秀さん 2021年入社 武蔵野美術大学出身 モビリティデザイン専攻
「父がバイク好きなもので、子供の頃からバイクレース観戦に連れて行ってもらったりして、バイクは身近にあるものでした。ですが、自分自身の進路として、バイク業界を考えていたというわけではありません。大学一年の時に、二輪デザイン公開講座を受講したのですが、夏休みの旅行みたいな気分で参加したくらいです。
ですが、そこで体験したフィジカルスケッチとクレイモデリングがとても面白くて、将来はバイクデザイナーになると決めました。就職活動は国内4メーカーとGKダイナミクスの5社に絞り、リクルートイベントやインターンの機会があれば、積極的に参加するようにしていましたね。出身校の先輩にバイクデザイナーが多いので、先輩方のポートフォリオを見て勉強をしたり、インターンで伺った時には積極的にアドバイスをもらうようにもしました。
バイクデザインの醍醐味は、やはり世界が相手の仕事であることだと感じています。自分がデザインしたバイクが、自分の知らない世界のどこかで走って、人々の生活を支えていると考えるとワクワクします。スズキはフルラインメーカーですから、様々なカテゴリーの車種に関われるのも魅力です。バイクデザイナーの仕事は、見た目の良さを考えるだけでなく、性能や使い勝手を含めて、バイク全体をデザインすることだと思います。やりがいの大きな仕事です」。
今回の二輪デザイン公開講座では、フィジカルスケッチの講師の一人として参加した及川さん。受講生に対しての熱心な指導ぶりが印象に残った。「数年前は受講生だった自分が、教える側に回っているなんて不思議な気持ちです」と、笑った。
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