掲載日:2024年10月08日 試乗インプレ・レビュー
取材・文/佐川 健太郎 衣装協力/KUSHITANI
YAMAHA MT-09 Y-AMT
「Y-AMT」は発進や変速の操作を高度な制御で自動化する新たなシステムである。今回試乗したのはMT-09がベースのテスト車両だったが、これを搭載した市販モデルとして「MT-09 Y-AMT」が9月30日に発売された。
MT-09 Y-AMT
Y-AMTはクラッチレバーとシフトペダルを持たない新オートマ機構だ。変速を左ハンドル手元にあるシーソー式のシフトレバーで行う「MTモード」と、変速を完全自動化する「ATモード」を搭載する。人差し指でシフトアップ、親指でシフトダウンするなど操作も簡単。開発の原点はヤマハが提唱する「人機官能」で、クラッチワークやシフトワークから解放されることで走りに集中でき、経験やスキルに関係なくヤマハハンドリングの世界を心ゆくまで堪能できるという。
MT-09 Y-AMT
仕組みもシンプルだ。ベース車両に最初から備わっている変速機構はそのままに、電動のシフトアクチェーターとクラッチアクチュエーターから成る2つのユニットをシリンダー背面にコンパクトに装備している。トランスミッション自体はそのままなので、一見すると「どこに装置があるの?」と探してしまうほど自然に収まっていて目立たない。
左グリップ側のスイッチボックス下にシーソー式シフトレバーを装備。見てのとおりクラッチレバーは付いていない。
メカニズムとしては、エンジンを制御するECUとアクチュエーターを制御するMCUが連携して点火タイミングや燃料噴射をコントロールすることで最適なシフト&クラッチ操作を実現。ちなみにユニット重量はなんと約2.8kgという軽量コンパクト設計。ベース車のスタイリングやハンドリングへの影響はほとんどないと言っていいだろう。また、AT限定の大型二輪免許で乗れるなど乗り出しへのハードルも低くなる。
+スイッチを人差し指で引くか裏から弾くことでシフトアップ、その後ろに突き出たスイッチを親指で押すことでシフトアップができる。
ヤマハによるとY-AMTの狙いは自動変速によるイージーライドと快適性の向上もさることながら、自分の意志で任意にギアセレクトできるMTモードにあるのだとか。爽快にコーナーを駆け抜けるスポーツライディングの楽しさを引き出すためのツールとして位置付けている。忙しい操作から解放される分ライディングへの集中力は高まり「没入感」は深まるという。ちなみにY-AMTが変速に要する時間は0.1秒とクイックシフターと同等レベルで、プロライダーがクイックシフター装備のマシンでフル加速するのに匹敵するとか。さらに言うと、クイックシフターが苦手な低速でも常時変速可能でしかもシフトショックも少ないという。
サーキットではクラッチ&シフトワークから解放されることで、その分の余裕をブレーキングやスロットルワーク、ライン取りなど他の作業に振り分けることができる。
外観は普段から見慣れた、まんまMT-09。逆に言えばデザイン的な新しさは特に感じない。ただよく見ると、クラッチレバーとシフトペダルがない!跨ってエンジンをかけようと、ついクラッチレバーを空振りしペダルを探してしまう。始動は原付スクーターと同じでブレーキレバーを握ってスタータースイッチを押すだけだ。
発進・停止・狭路など市街地を想定した低速コースでもイージーかつ快適に走ることができた。
ATモードは2種類。穏やかな走りの「Dモード」と機敏な加速とエンブレ効果によりスポーティな走りが楽しめる「D+モード」から選択可能だ。またATモード中でもライダーによる任意なシフト操作で介入できる。今ではスポーツタイプの4輪のほとんどにこうしたシステムが搭載されているし、2輪でもホンダのDCTなどセミオートマ機構に触れたことがある人なら、「あの感じね」と想像がつくはずだ。
極低速でのUターンもこのとおり。調整が難しい半クラ操作をせずともスロットルとリアブレーキだけで小さく曲がることができる。
市街地を想定したコースでは「Dモード」でスラロームやUターンなどにトライしてみたが、普段やっているようにリアブレーキを使って速度を調整しながら低速でターンしてみても違和感はなく普通に安定して曲がれる。そして、信号や一時停止、極低速走行時には車両が判断して自動的にシフトダウンし適切な駆動力を確保してくれる仕組み。半クラによる微妙なトルク調整が必要ないため、とても操作が楽だしエンストしないので精神的にも安心感がある。ただ本当に止まるギリギリの速度まで落ちると、車両側が停止することを予測して自動的にクラッチが切れてしまうので、そこだけは慣れが必要かも。まあ、そこまで低速バランスを極めたい人はそもそもATには興味が向かないと思う。
一方サーキットではY-AMTの特性がより際立っていた。スポーティな走りに向いた「D+モード」はしっかりトルクが乗る回転数でシフトアップしてくれ、減速時も適度なエンジンブレーキを効かせてくれるので普通に気持ち良く走れる。ただし、サーキットをよりアグレッシブに走ろうと思ったら、やはり「MTモード」がおすすめだ。
最初はシーソー式スイッチに戸惑いシフトタイミングを逸してしまったりしたが、慣れてくると良さが分かってきた。ギアチェンジが左手のスイッチだけで完結するので、加速時にスロットルを戻してペダルをかき上げたり、コーナー手前で減速しながらスロットルを煽りつつシフトダウンする忙しさから解放される。その分の労力をスロットルやブレーキの微妙なコントロールやライン取りに集中できるメリットがたしかにある。
右側スイッチボックスの前側に「AT/MT」の切り替えスイッチを装備。それ以外はスタンダードモデルと同じ。
特に感心したのがギアチェンジの素早さだ。シフトレバーを軽くプッシュするだけで瞬間的にシフト操作が完了している。これを可能にしたのがシフトロッド内部に仕込まれたスプリング機構。ギアチェンジ前から予め自動でスプリングにプリロードをかけておき、バネの反力によって一気に素早いギアチェンジを可能にしている。変速時間はなんと0.1秒。いつでもどこでも「シュコッ!」と入るメリハリの効いた作動感が気持ちいい。機構がシンプルで操作も楽。快適な走りもできればライダー次第でMT車と同等以上のスポーティな走りを実現することができる。つまり、Y-AMTはほぼ最大公約数の一般ライダーにとってはメリットしかないと言ってもいいだろう。特にサーキット走行で求められるような素早い操作・動作を同時にこなすことに慣れていない場合は大きなアドバンテージになると思う。一方で個人的な感想としては、同じ周回を繰り返す、つまりシフト操作やギアチェンジのローテーションが決まっているサーキット走行では「MT-09 SP」が搭載する左足のみの操作で完結するクイックシフター(アップ&ダウン対応)のほうが自分には馴染んでいるせいか自然で扱いやすかった。
シフトペダルも付いていない。低速バランスでステップを踏ん張ったり、ステップワークで切り返したりする場合にペダルの誤操作がないのも大きなメリットだ。
最後に自動変速の仲間として、ホンダの「DCT」と先頃導入された「Eクラッチ」にも触れておく必要があるだろう。DCTもEクラッチも有段式トランスミッションを使っているという点ではY-AMTと同じだ。DCTはその名のとおりデュアルクラッチを備え、途切れのないシームレスな変速ができるのが魅力。一方で複雑な機構ゆえに装置も大きく重くなりがちだ。Eクラッチはクラッチレバーを備え、自動でもレバー操作でも変速できる軽量コンパクトなシステムだが、大きな違いはペダルでチェンジ操作をする必要があること。
サーキット走行に慣れたベテランならクイックシフター装備のMT-09 SP(写真)のほうが感覚的に馴染みやすいかも。いずれにしても選択肢が増えたことが最大のメリットだ。
これに対しY-AMTはクラッチとシフトの両方の操作を自動化している点が大きな違いだ。
総論としては、Y-AMTはビギナーから中級レベルの街乗りやツーリング主体のライダーに特におすすめしたいシステム。パイクの操作自体を楽しみたい人やサーキット志向のライダーなど、すべての操作を自分の支配下に置きたいライダーには通常のマニュアルミッション車が向いていると自分は思った。その答え合わせは実際に乗って体験してみてほしい。
MT-09 Y-AMTのエンジンのカットモデル。シリンダー背面にシフト用(左)とクラッチ用(右)の2つのアクチュエーターを配置。とてもコンパクトなことが分かる。
エンジン右側をよく見るとクラッチレリーズ部分を覆うようにカバーされていて、その内側にあるアクチュエーターはほとんど見えない。
エンジン左側はアクチュエーターから伸びるシフトロッドがカバーに覆われている。シフト機構に直結されているため通常の位置にシフトロッドは存在しない。
メーターディスプレイの基本レイアウトはスタンダードモデルを踏襲するが、モード選択によってカラーが切り替わる。
Y-AMTユニットのCG図。エンジンやトランスミッションはベース車両のMT-09そのままであることが分かる。シンプルで軽量コンパクト故にハンドリングへの影響も最小限だ。
Y-AMTユニットのCG図。表からは見えないがシフトロッドにはスプリングが内蔵されている。予めバネを圧縮することでその反力によって素早くギアチェンジを行う仕組み。
ヤマハでは1990年代後半からMTとATの融合を研究。2006年にクラッチ操作が不要な「YCC-S」をFJR1300ASにいち早く採用。その後4輪オフロードビークルで進化したAT技術やクイックシフト技術を加えることで「Y-AMT」が誕生した。
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