掲載日:2021年10月12日 試乗インプレ・レビュー
取材・文・写真/野岸“ねぎ”泰之
INDIAN FTR R CARBON
2019年に登場したインディアンのFTRシリーズは、もともとアメリカのフラットトラックレースで常勝マシンとなっているワークスレーサー「FTR750」をモチーフとしたモデルだ。スチール製のトラスフレームに1,203ccの水冷V型2気筒DOHCエンジンを搭載し、フロント19、リア18インチというホイールを装備したその姿はまさにフラットトラック・レーサーレプリカの風貌で、センセーショナルなデビューを飾った。そのFTRがエンジンやフレームはそのままに、2022年モデルでリニューアルを遂げた。
2022年のモデル展開はスタンダードな「FTR」、上級モデルの「FTR S」、プレミアムモデルとなる「FTR Rカーボン」、そしてスクランブラータイプの「FTRラリー」の4種となっているが、大きな変化としてFTRラリーを除く3種はフロント、リアともに17インチホイールを採用したことが挙げられる。タイヤも従来のブロックパターンからメッツラー・スポルテックとなり、前後のサスセッティングもストリート向けに振られている。これらに加えてシート高が840mmから780mmへと大きくダウンしたことと、ハンドルバーが40mm短くなったことにも注目だ。要するに前モデルのトラッカー的な要素はラリーに集約し、FTRの本流としてはロードスポーツとしての方向性をより明確にしたといえるだろう。
もう一つの大きな変更は、気筒休止システムの採用だ。これは、エンジンが暖まった状態で停止時にアイドリングしている際、後ろ側のシリンダーを自動的に休止する機構。燃費の改善や放出熱を抑える効果があり、ライダーの快適性も向上するという。もちろん、スロットルを開けた瞬間、自動で2気筒に復活する。
上級モデルのFTR Sは従来と同様に3つのライディングモード、ウィリーコントロール、スタビリティコントロール、トラクションコントロール、コーナーリングABS、タッチスクリーン式のフルカラーメーター、アクラポヴィッチ製のマフラーなどを標準で装備する。今回試乗したプレミアムモデルのFTR Rカーボンはこれをベースに、フロントフェンダーやフューエルタンクカバー、ヘッドライトナセルにカーボン製のパーツを使用。また、前後にフルアジャスタブルタイプのオーリンズ製サスペンションを装備するほか、プレミアムシートカバーの採用、アクラポヴィッチ製マフラーもブラック仕上げとするなど、スポーツ性と高級感を高めたものとなっている。
FTR Rカーボンを目の前にすると、その圧倒的な存在感に息をのむ。真っ赤なトラスフレームが目を引く車体は、前モデルからもともとロングホイールベースで堂々たるものだったが、今回のリニューアルで前後ホイールを17インチ化したことでよりロー&ロングな外観となった。さらに専用装備のカーボン外装や前後オーリンズサス、ブラックフィニッシュされたアクラポヴィッチマフラーなどが視覚的に大きな主張をしており、凄みが増している。
ところが実際に跨ってみると、840→780mmに下げられたシートと40mm切り詰められたハンドルバーのためか、見かけよりもコンパクトなポジションだ。まずは都市部の一般道へと繰り出してみたが、低速時を含めて安定感は抜群で、低いシート高と幅が狭くなったハンドル、アシスト&スリッパークラッチのおかげで、ストップ&ゴーが多い状況でも苦にならない。前モデルは腰高かつ大柄な印象で、混雑路ではかなり緊張した覚えがあるが、それに比べると気楽に乗れるようになったと感じる。
郊外のちょっとしたワインディングを走ってみて感じたのは、コーナーリングにクセがなく、とても素直に曲がってくれるのと、気持ちのいい乗り心地だ。ホイールベースが長いのでストリートファイター系のような素早い切り返しでヒラヒラ、という感じではないが、17インチ化されたことで狙ったラインに自然に車体を持っていける素直なハンドリングを手に入れ、よく粘りしっかりと路面からの衝撃を吸収してくれる上質なサス、コシと食い付きの良さを備えたロードタイヤ、安全性と安心感を高めてくれる数々の電子デバイスのおかげで、かなりレベルの高いスポーティな走りが楽しめる。前モデルはダートトラッカー的な荒々しい要素が随所に見られたが、それに比べると扱いやすいロードスポーツへとうまく変貌した印象だ。
とはいえ1200ccクラスの強烈なパワーを持つのも確かで、普段の走りではライディングモードはスタンダード、エンジンを3000回転も回せばほぼ事足りてしまうものの、高速の追い越し加速など、ここぞという時にはスロットルをちょいと多めに開ければ別次元の世界への扉が開く。ちなみにスポーツモードにするとかなり荒々しいキャラクターへと変身し、ワインディングに最適などとよく言われるが、個人的にはシティランにおいても“譲れない信号ダッシュ”などでターボブースト的に使うのもアリだと思う。
新たに採用された気筒休止システムは、信号待ちなどで停止していると急にエンジンの鼓動感と振動がちょっと大きくなり、アイドリングが少々アップすることで作動したことがわかる。要はエンジン周りがちょっと賑やかになるのだが、決して不快なものではない。そしてスロットルを少しでもひねると瞬時に元の2気筒に戻るのだが、一連の動作に全く違和感がなく、むしろ「お、今1気筒休止したな」なんて楽しみにしてしまうほどだ。試乗はまだ暑い時期に行ったが、ライダーの下半身に伝わる熱気は前モデルより少なくなった気がする。
速さやパワーを失うことなく、扱いやすくより洗練されたマシンに生まれ変わったFTR Rカーボンは、まるで野生の馬が競走馬へと変身したかのように、華麗なる進化を遂げた。しかし唯一無二の存在感は変わることはなく、これからも路上で輝き続けることだろう。
灯火類はすべてLEDを採用。ヘッドライトは中央にロゴを配し、独特のデザイン&配列となっている。
直射日光下でも見やすいメーターは4.3インチのフルカラーLCDタッチパネルを採用。外気温や方位なども表示でき、タコメーターをバーグラフで表示するバージョンにも切り替え可能。
気筒休止システム作動中にはシリンダーに×印のアイコンが表示される。メーターはBluetoothでスマホに接続でき、メーターパネルから音楽再生やダイヤルすることも可能だ。
左側のハンドルスイッチにはクルーズコントロールやメーターパネルの表示切り替えボタンなどが並ぶ。ハザードはウインカーボタンを長押しだ。
右側のハンドルにはスターター&キルスイッチと、前側にメーターの表示切り替えボタンがある。
FTR Rカーボンはヘッドライトナセルやタンクカバー、フロントフェンダーなどに綾織のカーボンパーツを使用している。
シートは何種類もの表皮を組み合わせたFTR Rカーボン専用のプレミアムタイプ。さりげなくカーボン柄も取り入れている。
美しいトラスフレームに収められた1,203ccの水冷VツインDOHCエンジン。日本版の最高出力は未公表だが、本国仕様は120HPとされている。
ライダーの下半身への熱を軽減するよう、ラジエーターシュラウドの形状と大きさも見直された。
タンクカバーのトップには「CARBON R」の文字が誇らしげに鎮座している。
外観を華やかでゴージャスに飾るオーリンズ製のリアサス。フルアジャスタブルタイプで、もちろん走りの質を最大限に高めてくれる。ストローク量は前モデルの150mmから120mmに変更された。
凝った形状のステップ。前モデルにはなかったラバーが追加されている。
クランクケースカバー類はマグネシウム合金製。絵柄も左右で違うなど、凝った造りになっている。
ブラックフィニッシュされた片側2本出しのアクラポヴィッチ製マフラーが精悍さと迫力を演出。跳ね上がった威勢のいいデザインだが、音は意外とジェントルで深みがある。
フロントブレーキのディスク径は320mmで、ブレンボ製のモノブロック・ラジアルマウントキャリパーを採用。倒立フォークのストローク量は150mmから120mmへと変更された。タイヤサイズは120/70ZR17 58W。
リアのディスクブレーキ径は260mm。タイヤサイズは180/55ZR17 73W、銘柄は前後ともにメッツラー・スポルテックを履く。
別体式のマッドガードにウインカーを装着したテールセクションは今風の攻めたスタイルだ。テールランプ下部に小さくメーカーロゴを配している。
ライダーは身長170cmで足は短め。2022年モデルのFTR Rカーボンのシート高は780mmで、前モデルより60mmも下がった。車体重量は217kg(タンク空)あるが、重心が低く片足で母指球までしっかり接地するので、前モデルよりかなり安心感が増した。
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