掲載日:2018年07月23日 試乗インプレ・レビュー
取材・文・写真/野岸“ねぎ”泰之
トレーサー900のシートは従来モデルと同様、簡単に高さ調節ができる。シート高は低い位置では850mm、高い位置では865mmと、MT-09トレーサーよりもそれぞれ5mmだけ高くなっている。シートに跨ると足つき性自体はほとんど変わらない。それよりも、中のスポンジが厚くなり座り心地が良くなっているのが印象的だ。従来モデルのシートはスポーティではあったが硬めだったので、ツーリングユースでの快適性が増しそうだ。
走り出すと、初代モデルにはついていないアシスト&スリッパークラッチのおかげで、クラッチ操作がとても軽いことに気付く。マイナーチェンジでこの機能がついた際には「必要ないもんね」と強がっていたが、渋滞の多い都市部を走る際など、左手首への負担が少ないのはとても助かる。
クラッチばかりでなく、走り全体がパワフルなのにスムーズでとても乗りやすくなった印象だ。トレーサーには初代モデルから「Dモード」と呼ばれる電子制御で3つの走行モードを選べるシステムが搭載されている。スポーティで俊敏なエンジンレスポンスのAモード、雨天時などにありがたい穏やかなレスポンスのBモード、そして標準的なSTDモードだ。筆者の乗る初代モデルでは、Aモードにするとレスポンスが良すぎてギクシャクした走りになる傾向があって疲れてしまい、正直あまり使っていなかった。
ところがトレーサー900のAモードは、アクセルをひねるとガンっと勢いよく加速する鋭さはそのままに、ギクシャク感がなくなっている。これなら混雑する道路でグイグイと加速したい場合や、峠でリズミカルにマシンを操りたいときにも積極的に使いたくなる。逆にBモードはさらにマイルドになっており、各モードの特色がよりわかりやすく味付けされていると感じた。
スムーズな乗り心地にはサスペンションの働きも大いに貢献していると思われる。初代モデルのサスも決して悪くはないが、トレーサーGTのフルアジャスタブルなフロントフォークとリモートでプリロード調整が可能なリアショックを備えた足周りはまるで別物のようだ。初代の愛機はどれだけプリロードを緩めてもギャップではリアが跳ね気味でバタつく感があったが、試乗したGTではコシのある粘りが感じられ、とてもしなやかな乗り味になっている。峠道のコーナーはもちろんのこと、高速道路のきつめのコーナーなどでもしっかりと路面に追従して接地感があるため、より安心してマシンに身を預けられる。
高速道路では新装備のクルーズコントロールも試してみた。スピードの設定が簡単なのはもちろん、シーソースイッチの操作で微妙な速度の増減ができるため、左手だけでスピードをコントロール可能なのはかなり楽だ。アクセルグリップを戻す、あるいはブレーキをかけるという行為のほか、クラッチをちょっと引くだけでもクルーズコントロールはキャンセルされるので、意に反してスピードを増してしまうこともない。
この装備も今までは不要だと思っていたが、一度その機能の便利さを覚えてしまうと、ツーリングにはなくてはならない装備だと感じてしまいそうだ。ただ、設定できるスピードが約50~105km/hとなっており、意外と使えるシーンが少ないのが気になる。ここは輸入車のようにもう少しスピードレンジの幅を広げてくれると、もっと使い勝手が良くなるはずだ。
車体幅が狭くなったことで、すり抜け時の緊張感も大幅に減った。自分の愛車に乗っている際には「この隙間を安全・確実に通り抜けられるか」を常に気にしながら走っていたが、トレーサー900の場合はその判断基準がかなり緩くなり、250ccのトレール車に乗っている時と変わらないぐらいの緊張具合だ。また、腕が伸びすぎる感じもなく自然なポジションが取れるため、首や腕にストレスを感じることも少ない。
ちなみにホンダのCRF250ラリーの車体幅は900mmなので、トレーサー900の方が狭いことになる。このスリムさと自然なハンドルポジションは正直とても羨ましく、できることなら愛機のハンドル周り一式をトレーサー900のものに取り換えてしまいたいぐらいだ。
アップライトなポジションとパワフルなエンジン、見かけよりも軽くて振り回しやすい車体で、もともと乗りやすかったトレーサー。今回のマイナーチェンジでよりツアラー指向を明確に打ち出し、快適かつ安全に長距離移動が可能になった。トレーサー900GTはMT-09トレーサーのウイークポイントを見事に改善し、魅力的に熟成させたマシンだと断言できる。初代モデルのオーナーから見ると買い替えを検討するに値するほど十分に魅力的で、街角やツーリング先でGTを見るたびに嫉妬する日々が続きそうだ。
愛車を売却して乗換しませんか?
2つの売却方法から選択可能!