

掲載日:2014年10月30日 試乗インプレ・レビュー
取材協力/ヤマハ発動機株式会社 取材・文/友野 龍二 写真/山下 剛
いきなり下世話な話から入ってしまうが、実車と対面して各部に目を向けると、これが本当に税抜き70万円以下(ABS非搭載モデル)で売られているバイクなのか? と、信じられない思いが込み上げてくる。目を背けたくなるようなチープな部分なんてひとつもない。いや、むしろ見れば見るほど開発陣のコダワリがヒシヒシと伝わってくるではないか! “ダブルデッキ・ストラクチャー”手法によって上半身はダイナミックで美しいラインが描かれているのだ。
燃料タンクをインナー方式とすることで、一般的に燃料タンクと呼ばれる部分はステアリングヘッドからシート下まで、稲妻を彷彿とさせる形状のタンクカバーで一体形成されている。エアダクトへ導かれる空気の流動部にあたるフロントフォーク上部はヘッドライトケースを含めてブラックアウトすることにより、目に見えない空気の流れを可視化した。その存在感あるエアダクトをはじめ、ラジエターカバーやフロントフェンダーなど、比較的目につきやすいプラスチック部品には凝った表面加工を施し、素材の質感を高めている。
そしてMT-07の下半身は力強い逞しさにあふれている。スリムでコンパクトなエンジン本体には有機的なデザインを施し、シリンダーヘッドとケースカバーを濃いブロンズとすることで高級感を演出するとともに存在感を強調した。低速トルクを得るために大きな曲げ加工で長さを確保した2本のエキゾーストパイプは綺麗に揃えられ、迫力ある太く短いサイレンサーへと導かれる。そしてこのサイレンサーとの干渉を防ぐように逃げ加工が施され、湾曲した左右非対称のスイングアームなど、個々のパーツが実に良く造り込まれた見事な調和を見せる。さらには、スイングアームピボットキャップやステッププレートをアルミとし、どの角度から見ても隙のない仕上がりとされている。
跨ってみると、大型二輪免許を必要とする車両とは思えないほどコンパクトである。スッと手を伸ばした先の自然な位置にハンドルグリップがあり、ハンドルバーも広すぎず狭すぎずちょうど良い。車体を起こして左右に揺すってみたが、拍子抜けしてしまうほど軽いではないか。これならばビギナー、ステップアップライダー、リターンライダー、女性ライダーとさまざまなライダーに受け入れられるだろう。
搭載されるエンジンはツインらしいパルス感があるものの、ドコドコとした鼓動感や不快な振動は発しない。これはクロスプレーン・コンセプトによる270度位相クランクを採用した水冷4ストロークDOHC 4バルブの直列2気筒エンジンの大きな特徴である。低回転域から豊かなトルクを発生するため、発進から矢継ぎ早にシフトアップしてリズミカルに加速する走らせ方も楽しいし、各ギアが受け持つ幅広い速度域を使って高いギアをホールドしたままのズボラな走りなんてのも許容してくれる。6速30km/hからでもスロットルを開ければトコトコと加速していけるほどの粘り強さがあるので、タウンユースでは高回転を必要とする機会は少ないだろう。
このフレキシブルさに加え、前方視界の良いライディングポジションと押し歩きも苦にならない軽い車体のMT-07は、通勤など毎日使いをするライダーにも頼れる相棒となるはずだ。では高回転域は苦手なのか? というと、そんなことはない。その気になれば、73.4PSを発揮する9,000回転まで一気に吹け上がり、ピークパワーを過ぎてからも急激な落ち込みはなく、液晶式タコメーターは10,000回転を超えるところまでストレスなく回るのだ。
MT-07は大排気量ツインエンジンのような強大なパンチ力こそ少ないものの、高回転まできっちりと回しきれる楽しさを備える。誤解のないよう補足するが、強大なパンチ力が少ないからといってパワー&トルクがないわけではない。きっかけさえ作ってやれば2速でもフロントホイールを高々と持ち上げて、そのままウイリー走行へと移行できる。走行中にさまざまな情報をライダーに提供してくれるコンパクトなメーターは視認性が高く、瞬時に情報を読み取れる。トルクバンドの広いエンジンゆえに、「あれ、いま何速?」と思うことが多々あるので、ギアポジション表示はビギナーだけでなく、ベテランにもうれしい装備だ。
ブレーキも車体の特性にマッチしたもので、初期制動がガツンとくるものでなく、柔らかなタッチで握った分だけ制動力の強まるコントローラブルなものだ。車重が軽く、慣性質量が小さいため、よほどのことでなければ作動する機会のないABSだが、万が一の作動の際はレバーに『コココ』と短く、ペダルには『カーカーカー』と長いリズムでキックバックが発生するので、限界に達したことを即座に知ることができる。
旋回特性は実にニュートラル。軽い車体だが、切れ込むような挙動は見せず、フロントに18インチタイヤを履いているかのように穏やかにリーンする。バンキングを始めるとバイクが先に旋回を始めたがるスーパースポーツモデルとは違い、あくまでもライダーと一緒に動いてくれるのだ。コーナリング時のライディング姿勢は基本的にリーンウィズがしっくりくるが、ハングオフもリーンアウトも許容するライディングポジションとなっている。ステップ先端下部のバンクセンサーが長く、前後サスペンションの設定がソフトなこともあり、ワインディングロードを気持ち良く駆け抜けると、ガリガリと火花を散らしてしまうが、ビギナーには危険を知らせるサインとなるし、もし気になるなら外してしまえば済む話だ。
MT-07は万人向けの代表格的バイクであり、次世代スタンダードの名にふさわしいモデルである。ビギナーにはバイクでしか味わえない新鮮な楽しさを満喫してもらい、ベテランには高い走行性能がもたらす走りの喜びを満喫してもらいたい。1台のバイクで多くの要素を満たすのは本当に難しい。それも低コストという厳しい制約の中で、これほどの質感と個性を持つ完成度の高いバイクを世に送り出すとは……まさに恐るべし! である。
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