自分の好きな事象を愛でる時、その対象を写真に収める、というひとつの愉しみ方がある。その行為に必要なカメラは、今ではデジタル一眼レフから携帯電話に内蔵されている小型のものまで千差万別だ。そもそも、カメラの原点を遡ると、1836年頃に最初の実用的撮影技術が起こったと言われている。そこから様々な技術や製品が生まれていったが、今なお当時の製品たちは独特の魅力を放っている。本連載では、そのどうしようもない魅力に囚われつつオートバイへの愛もある一編集者の世界観を届けて行きます。

オールドレンズとハーフ判が魅せる世界 懐古01 インダスター 5cm/3.5 ①

掲載日:2012年11月30日 ダートライフ    

取材・写真・文/ダートライド編集部 取材協力/ヤマハ発動機株式会社

自分の好きな世界を
懐古のレンズで切り取ってみたいと思った

オートバイの愉しみ方のひとつに『レース』というものがあり、そこにはさらに『参加する』のか『観戦する』のかがあります。自分は、オフロードに関してはそのどちらでもあり、さらに観戦する際は、その迫力・魅力を1枚の写真に収めてみたい、という強い衝動があります。動きの速いモトクロスに没頭している事から、その時のパートナーは専ら一眼レフカメラですが、ある時を境に「あまり一般的ではないカメラでその情景を収めてみるのはどうだろうか」、と思い立ちました。しかし、当時はその『一般的ではないカメラ』は一部しか手元になく、思いを募らせるだけに留まっていました。

 

ところがある日、偶然にも俗称的『オールドレンズ』と呼ばれる旧いレンズたちを手に入れ、いよいよ撮影の環境が整いました。そこで、「自分の好きな世界をそれらのレンズで切り取ってみよう」と動き出したのです。

 

さて、その作品群はこのページの下段にまとめてありますが、その写真がすべて『縦』である事に疑問を持たれた人は多いでしょう。その理由は、撮影に使った機材が理由です。画面の構成を決めるカメラボディには、1963年に発売されたオリンパスのペンFを使用。本機は、世界初のハーフ判レンズ交換式一眼レフカメラです。ハーフ判というのは、35mmフィルムを使うカメラの中で、フィルムのフォーマットがフルサイズの36×24mmに対して、その半分の18×24mmを使うものを指します。従って、通常の本体横持ちでファインダーを覗くと、構図は縦長(18×24mm)になります。

 

そのボディに、今回はオリンパス純正のマウントアダプター(レンズ用)を装着し、Lマウント化してそこにドイツ・ライカのエルマーをコピーした言われている、ロシアのИНДУСТАР(インダスター)レンズを装着しています。ロシアといっても旧ソビエト連邦時代の頃で、ИНДУСТАРはキリル文字です。製造の始まりは戦争直後の1948年頃からといいますが、本機の製造年は、確認出来ませんでした。モスクワ近郊のKMZ(クラスノゴルスク機械工場)製が多く流通していますが、今回使ったレンズはロゴからKOMZ(カザン光学機械工場)製の可能性が高いです。外観はエルマーを模していますが、レンズ構成は3群4枚のテッサータイプになっています。

オリンパス・ペンFとインダスターの組み合わせ。オリンパス製のマウントアダプターを介しての装着。

オリンパス・ペンFとインダスターの組み合わせ。オリンパス製のマウントアダプターを介しての装着。

 

今回の写真は『横』の写真を除いて、すべてこの組み合わせで行なっていますが、ひとつ欠点があります。Lマウント用アダプターがオリンパス純正でありながら、Lレンズ使用では極めて短い距離でしかピントが合わず、遠景、もしくは無限遠を出すにはファインダーを覗きながら鏡胴を縮めピントを合わせるしかありません。下手をすれば内部ミラーに、縮めたレンズ後端が接触する恐れもあり、使用するレンズによってはNGという事もあるそうです。さらに、絞り羽根を調整するリング爪がレンズ前面にあり、さらにクリック感がない無段階仕様の為、ファインダーを覗きながら絞り値を決める事も出来ません。ですから、使い方としては単体露出計で適正絞り値とシャッタースピードを算出し、それぞれをまずセットします。次に、レンズのロックを外して(場合によっては絞り込まれて暗い状態の)ファインダーを覗きながら、ピントを合わせます。この状態だと鏡胴の動きをロックする事は出来ない為、絞り開放でピントを合わせて次に絞り羽根調整のリング爪を操作する、という逆の手順は出来ません。鏡胴が動いてピントがずれる恐れがあります。実際の撮影はとても難しかったです。レンズにコーティングが施されていないため、入射光により画面にフレアが起きています。これは、次回の課題になりそうです。

 

他の撮影環境は、フィルムにコダック ProFoto XL 100を使い、三脚固定、レリーズで撮影しています。撮影データは写真下に記載しています。

通称Lレンズは、通常はこの長さで使用する。ピント合わせは、写真反対側にある、レバーで基部を回転させる。

通称Lレンズは、通常はこの長さで使用する。ピント合わせは、写真反対側にある、レバーで基部を回転させる。

本機の組み合わせでは、このように鏡胴を沈胴させピントが合う位置を探る必要がある。非常に難しい。

本機の組み合わせでは、このように鏡胴を沈胴させピントが合う位置を探る必要がある。非常に難しい。

 

エンデューロレーサーをモトクロス仕様に
オールラウンド・オフローダーである事を主張する

今回の撮影対象に選んだ、ヤマハ WR450Fは公道走行が出来ない純レース車両で、ヤマハが数年ぶりにブランニューとして投入した注目のモデルです。メーカーの売り文句は、『モトクロスレーサー』ではなく、『エンデューロレーサー』です。どちらも同じ土の上を走る競技フォーマットですが、両者にはかなりの違いがあり、それは当然、マシンの仕様にも表れます。一例としては、競技時間の長さ、低速走行の頻度、低速での障害物とのインパクトなどで、エンデューロレーサーの方がライダーの疲れにくさや、長丁場の走行での扱い易さに重点が置かれます。

 

ここに紹介するWR450Fは、全日本モトクロスのIA1クラス(国際A級2ストローク250cc/4ストローク450cc)に出走しているゼッケン#26中村泰介選手により、モトクロス仕様にアレンジされています。エンデューロ用であるマシンを何故モトクロス仕様に? それは、彼がこのWR450Fの開発に携わった事が関係しています。

 

中村選手はヤマハの契約テストライダーではなく、正社員です。レース車両に限定せず、多くのヤマハ車両の開発に携わるのが本職で、モトクロスは完全にプライベートでの活動です。彼は、WR450Fの開発に携わる中で、「モトクロスのフィールドでこのマシンを試したい」、「モトクロスの環境下でどのような動きをするか知りたい」と考えるようになり、「ヤマハのブランニューマシンという事で一切の妥協はないし、その性能をアピールしたかった」という気持ちもあり、本機での出走を決意しました。開発時のテストフィールドは、エンデューロもモトクロスもありましたが、開発はやはり『エンデューロ』がメインであったそうです。

スタート前の#26中村泰介選手。

スタート前の#26中村泰介選手。

しかし彼が言うには、「メーカーではエンデューロレーサーと言っていますが、WR450Fはオールラウンドなオフローダー、というキャラクターも持っていて、特にサンデーライダーにベストマッチな筈なのです」と言います。会社勤めをしながら週末だけバイクに乗る。彼のようなライフスタイルにはぴったりのバイクに仕上がっている、と開発者のひとりとして感じたのです。

 

そのようなWR450Fの基本的な特徴は、同社のモトクロスレーサーYZシリーズ 『YZ250F』と同時開発のコンパクトフレーム(アルミバイラテラルフレーム)、水冷DOHC5バルブの450ccエンジン、優れた走破性を支えるFI(フューエルインジェクション)、エンデューロ用セッティングの前後サスペンション、などがあります。彼はその中で特に、「ほぼ250cc車両同等のフレームを使っていて、450cc車両に較べスリムなフレームがいい」と強くアピールします。450のモトクロスレーサーと較べて、確かにこの辺は大きく違う特徴です。このようなポテンシャルを持ったマシンを、彼は軽量化をメインにカスタマイズしています。

万能オフローダーである事を走りを以って証明する。

万能オフローダーである事を走りを以って証明する。

特にライト周りは、日本のエンデューロで使うには不要の装備なのですが、EU圏やFIM(国際モーターサイクリズム連盟)のレギュレーションでは必要な装備になり、どうしてもグローバルモデルのキャラクターを持つ本機の、重さのひとつになっていました。モトクロスレーサー化のため真っ先に手を付けるこのライト外しは、実は非常に簡単という事です。そこはさすがレーサー。トレールモデルとは違います。他に大きく変更した点は、タイヤの選択肢を増やすために、エンデューロ標準の18インチリアホイールを19インチに換装。前後のサスペンションは、フロントをYZ450Fのものに、リアはYZ250Fのショックとハードスプリングに変更しています。

 

エンジンパワーの面では、クイックファスナー仕様のエアクリーナーボックスとクリーナーをYZ250Fのものを改造して取り付け。サイレンサーも、同じYZ250F用に変更しています。この辺りは、抜けの良いモトクロスレーサーYZシリーズのものに変えることで吸排気効率を高め、「ツキの良い」パワー特性にする為です。450用よりも250用の方がマッチングはとれるようです。エンジン特性については、付属するPower Tunerを使い、吸気・排気の効率が良くなった分、空燃比を濃いめに変更しています。点火時期も、伸び感を出すために変更しています。ただ、ベースマップはWR450Fのままで使用しているそうです(その為、若干エンジン始動にコツがいります)。YZシリーズとのライディングフィールの違いについては、「エンジンの吹け上がり方がスムーズで、YZに較べるとピーキーさがないので、扱い易く乗りやすい」と言います。449ccの排気量を持ちますが「やっぱり450はパワーがあり過ぎる!」という感じはなく、「YZ250Fの下のトルクを強くした感じで、クラッチ操作にあまり気を遣う必要がない分、余裕がある」との事です。これによりラフなスロットル操作でもマシンが暴れにくくなり、30分+1周で行われるIA1のレースでは、後半に体力が失われていくため、特にこの点が効いてくるそうです。こういった特性は、アクセルワークに対し繊細に気を遣う必要がなくなり安心感も生まれる事から、「集中力の維持にも貢献している」とも言います。「トップライダーならやはりYZシリーズがいいが、サンデーライダーにはWR450Fのほうが向いているし、サボれます(笑)」という本音も飛び出しました。IA1のレースでサボれる時間は一秒たりともないとは思いますが……。こういった扱い易いエンジン特性をもって、『450は特別なもの』というオフロードレーサーにあったイメージを壊したかった、という想いも、全日本モトクロス参戦のパートナーに本機を選んだ理由のひとつにあった、という事です。

 

最後に、『このバイクでレースに出る』というのは、「自分が開発したものを自分の持ち物にしたい」、「作った本人が買いたいと思う」。そういう気持ちがあり、また、「自分も開発に携わった車両なので商品の裏の裏まで知っていて、その当人が一般的なサラリーマンの給料から購入費を捻出して買った」という事実、それが「価格相応の価値がこの車両には有る、という事を身をもって証明している」という事であり、「自信を持ってお勧めできるバイクに仕上がっています」、と締めくくってくれました。

 

WR450Fは期間受注生産品で、期間は2012年4月26日~10月31日と、受付は終わってしまいましたが、その可能性に筆者も強く興味を惹かれました。

標準仕様のヤマハ WR450F。

標準仕様のヤマハ WR450F。

 

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