掲載日:2026年08月12日 フォトTOPICS
取材・写真・文/森下 光紹

Vol.41 浦 久美(うら くみ)

伝説のレストランは「タイムトンネル」という名だった。オーナーの浦 洋一さんは2019年に他界してしまったが、生粋の旅好きバイク乗りであり、特にビンテージモデルを長く愛する人だった。北海道の美瑛生まれだが横浜育ち。若い頃にはサーフィンも楽しむ典型的なアウトドアマンで、バイクやクルマの趣味から釣りまで、どんな事にものめり込むタイプだったという。
そんな洋一さんが本格的なグリル料理を出すレストランとして旭川から美瑛に続く国道沿いに開業し、その外観はコロラドあたりにある歴史の長いカフェのごとくで、店内にはビンテージバイクが何台も飾られていた。そして奥の作業スペースには分解されたバイクが数多く保管されていて、晩年にはビンテージのインディアンを手に入れて、そのバイクだけの部屋も存在していた。とにかくとことんバイク好き。旅好きである店主の個性がふんだんに味わえる、バイクパラダイスになっていたのだ。

洋一さんが北海道に渡った理由は、生まれ故郷で自分のお店を持ち、そこをベースにして徹底的なアウトドアライフやモーターライフを謳歌することだった。料理人としての腕も一流だったから、最初はホテルのレストランでマネージャーを任され、その後に夢だったレストランを開業する。「タイムトンネル」は、筆者も北海道を旅する際には必ず立ち寄っていた店。僕より4歳年上の浦 洋一さんは、時に兄のようでもあり、彼が作る飛び切り美味いグリル料理は、いつも最高の旅の思い出となっていたが、それはきっと多くのツーリングライダーが同じ気持ちだったはずである。
「わたし、洋一がホテルのレストランでマネージャーだった頃に、知り合ったのね。わたしはそこの従業員ではなくてラウンジのスタッフだったけど、良く顔を合わせて挨拶してたの。バイク乗りであることは知っていて、何だか個性的で気になる人だった」

そんな洋一さんが当時の久美さんに言った言葉がある「バイク乗りになると、風になれるよ」
本人の洋一さんに確かめる術はもう無いのだが、久美さんは今でもよく覚えていて。それが特に気になったから小型二輪免許を取得。通勤の足にスクーターを購入して乗り出したのだが、その後、洋一さんは自身のお店開店からの忙しさで疎遠となり、久美さんとの接点は急に薄れてしまった。
「その後10年以上連絡が無かったのに、わたしが小さなスナックを開業すると、お酒なんて全然飲めないくせに彼はやってきて、常連になったの。それでなんと、プロポーズされた」
下戸だった洋一さんに対しても、まったく他のお客さんと同様のテキパキした接客をする久美さんの気っ風や、細かい心遣いに惚れ込んだ彼は、それこそ風のごとく彼女を自分の世界に招き入れてしまったのだ。そしてふたりで切り盛りするグリルレストラン「タイムトンネル」は、全国から訪れるバイク乗り達の有名スポットとなっていった。
旭川は北海道の中腹にある。どこに行くにも拠点として最高の場所だ。そこでレストランを営み、一時期は素泊まりのライダーハウスも営業していた浦夫婦だったが、数年で元のレストランのみの形態に戻してしまった。その理由を当時の洋一さんに聞いてみたことがあるのだが、「ここを目的地にするだけのライダーが増えちゃってね。もっと北海道の素晴らしさをいろんな土地で感じてほしいから止めたんだ」ということだった。今思うと「風は止まったら風じゃなくなる」という意味だったのかもしれない。

「当時はね、わたしはいつも洋一の影にいたの。バイク乗りはみんな彼に会いに来るからね。イベントに出向いても、わたしは必ずサポート。でも普通二輪免許は取得したからエストレヤを買ってもらったわね。数回しか乗らなかったけど」
富良野で毎年夏に行われている北海道ミーティングにエストレヤで出かけても、やっぱり現地に行けば徹底的に参加者へのサポート。しかしそれはきっと彼女の性分なのだろう。自分を差し置いて、人を楽しませることが好きなのだ。自分自身が風にならなくとも、風になっている人を見ていることが何より好き。タイムトンネルで過ぎて行った時代は、そんな風に翻弄されながらもきっと幸せだったに違いない。
現在の浦 久美さんは、洋一さんの他界で閉店した「タイムトンネル」のレシピを受け継ぐ店として、同じ旭川に「キッチンKOO」というランチレストランを営んでいる。名物だったオーブン料理のスペシャルドリアやスパイスの効いたオリジナルカレーは健在で、タイムトンネル時代にはなかったパスタ等も人気の名物店となった。たったひとりで切り盛りしているから、営業時間はランチタイムのみで、夜の営業は今のところ無い。そしてこのお店には、やっぱり全国からバイク乗りがやって来るのだった。
「何だか不思議なんだけど、旅好きな人のオアシスみたいな感じになれば良いなって思うのね。洋一は姿こそ見えないけど、きっと居るんじゃないかなぁ。だって風なんだもんあの人。そしてこの店に来るライダーも、みんな少しずつ違う風なんだと思う」
数年前、キッチンKOOをオープンするとほぼ同時期に、彼女は大型二輪免許を取得した。その理由は、大きなバイクが乗りたいわけではなく、ライダーとしてのブランクが長すぎてライディングの基礎を学ぶための教習所通いだったのだ。その当時、もう一度バイクに乗ってみたいと言う久美さんに、僕はセカンドバイクとして乗っていた自分のエストレヤを譲ったのだが、彼女は乗りこなすことが出来なかった。こう言っては何だが、驚くほど初心者帰りしていると言うか、基本的なライディングスキルが欠如していたのだ。

エストレヤは関東の自宅から自走で旭川まで乗って行って渡した。それは僕の得意なツーリングコースで、新潟から小樽まではフェリーで移動。僕にとっては楽しいツーリングでもあったが、彼女には「そんなにしてまで持ってきてくれた大切なバイク」という印象になってしまい、乗りこなせないまま手放しがたい存在にもなってしまったようだった。しかし、乗れないバイクは、いつか調子を崩してしまう。僕は彼女に、「不安なく乗れるバイクに乗り換えたほうが良い」とアドバイスを送った。
現在の愛車である最新型のハンターカブは、昨年の秋に購入したものだ。リヤサスが少しローダウンされたカスタムが施されていて、小柄な彼女にも乗りやすそうなモデルである。中古車ではあるが、前オーナーがほとんど乗らずに手放したというほぼ新車。当然トラブルも少ないコンデションであることから、真冬になる前に購入し、春までバイクショップに保管されていた。
5月の末には納車されて、彼女はひとりでショートツーリングに出かけた。操作に慣れなくてギクシャクするものの、一応行ってみたい場所にはたどり着き、無事に自宅まで帰ってきた。
「何だか涙が出ちゃってね。少しだけライダーになれたような気がしたのかしら。風になったのかどうかは、正直良く分からないけれども。あはは」

今や思いもよらぬ大ヒットとなったホンダのカブシリーズ。特に原付二種のモデルは、歴代最高の作りで多くのバイク乗りの底辺を圧倒的なスピードで広げつつある。とにかく乗りやすく壊れにくく、経済性も抜群な、歴代変わらぬコンセプトの集大成が現行カブシリーズだ。久美さんの選択は大正解なのだった。

今回の取材で、彼女のライディングシーンを撮影した。やっぱり、基本的には初心者感が拭えない恐恐ポーズなれども、本人は楽しそうである。まだまだとてもじゃないが長距離ツーリングは無理だと笑う彼女。しかしその理由は、男性向けにセッティングされているハンドルバーの位置やレバーの配置にあると僕は指摘した。小柄な彼女には少し遠い位置にあるハンドルバーのせいで、シートの前方に座りすぎ、小鳥がチュンと乗っているようなフォームになってしまうのだ。その点を販売店で調整してもらい、もっとゆったりしたライポジが可能になれば、心に余裕も生まれて徐々にバイクは乗りこなせるようになる。風になれるかどうかは、その先の話である。

キッチンKOOは、彼女が少し体調も崩して病院通いにもなってしまった5月からしばらく閉店状態となっているが、この秋前には再開店ということだから、きっと待ちわびているお客さんは次々にやってくるに違いない。彼女の店は旅人のオアシス。それはタイムトンネル時代から変わらぬムードと匂いがこのお店にもあるからだ。そして風のようなライダーもまた、どんどん彼女の料理を食べにやってくる。と言うよりも、彼女に会いにやって来る。と言うのが正しいだろう。

かつて浦 洋一さんは僕にこう言った。
「死ぬのは生きるのと同じ意味だよ。僕は病気で死ぬのではなくて寿命で死ぬのさ。その瞬間までが旅だから、力の限りバイクに乗っていたいんだ。進んだ先に知らない未来がいつもあるからね」
久美さんが不器用ながらバイクに乗り続ける理由もそこにあるような気がしてならない。人一倍怖がりなのに諦めない。泣き虫なのに、いつも笑って強がりを言い、自分を差し置いて他人の心配ばかりしているおせっかいなおばちゃん気質だ。しかしその目は常に前を向いていて、力の限り自分の旅を実践している人である。
風はいつも、お店の中にもゆっくりと吹いている。









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