掲載日:2026年04月17日 フォトTOPICS
取材・写真・文/森下 光紹

Vol.33 土方 副長(ヒジカタ フクチョウ)
カワサキに乗るライダーは、少し特別な匂いがする。それはメーカーの存在が少し特殊な性格という理由もある。母体は日本における様々な分野のサービスに取り組み、経済の屋台骨を支える川崎重工業であり、そのバイク部門は意外にも国内のメーカーで最も後発だった。しかしそれゆえに生み出される製品は唯我独尊、世に出したいモデルだけを生産し続けるという印象が濃厚な、個性的なブランドだと思う。

基本的には、趣味性の高いスポーツバイクを中心にラインナップするという歴史しか持たないから、実用優先のスクーターは生産しないし、数少ない小排気量車種でも、きわめてパンチの効いたモデルばかりを世に送り出してきた。代表的なバイクは、現在でも人気ナンバーワンと言っても異論の余地がないZ1やZ2だが、その後のZシリーズもまた大人気。Zシリーズは4サイクルのマルチエンジンだが、カワサキには、強烈な個性が忘れられない2サイクルエンジンのモデルがあるのだ。

デビューは1969年。前年のモーターショーで発表されたそのバイクは空冷2サイクル3気筒の500ccで、名前はマッハIIIという。当時の世界最速を狙ったそのモデルは、多くの逸話を残しながら数回のモデルチェンジを経て1974年まで生産されていた。

「何しろその加速感が、やっぱり強烈なんですよ!」と笑うのはオーナーの土方副長さん。この名前は彼のニックネームなのだが、その理由は後述する。

土方さんの愛車は1973年型の500SSである。強烈なエンジンと華奢な車体というバランスの悪さを徐々に克服して、ブレーキも強化されていった最後期直前のモデルだ。彼がこのバイクを手に入れてもう38年になる。

当時の土方さんは大学生で、青森の学校に通っていた。通学や普段の足に乗っていたのはホンダのCB125Tだったのだが、道すがら小さなバイクショップに置かれているこの2サイクル3気筒のバイクが気になってしかたがなかった。
そして、そのお店に毎日通うようになってしまい、店の主人がエンジンを分解整備する様子も見ているうちにますます惚れ込んでいった。大学3年になると普通二輪免許の限定解除をすべく試験場に9回も足を運んだ。その頃はまだ教習所で大型二輪の免許を取得することが不可能で、余程の情熱がないと限定解除はできない時代。そして、とうとうそのバイクを中古車として購入することができた。

「買ってすぐに北海道へ旅立ちました。4泊5日だったかな。青森から青函連絡船で函館に渡り、道南をぐるりと廻って帰ってきたんですけど、帰りの東北道でエンジンを回しすぎて焼付きました」
その後、長い付き合いになるバイクは最初に2サイクルエンジンならではの洗礼を彼に見舞った形だが、そんなアクシデントもまたこのバイクの強烈な個性と受け取って、彼と500SSとの長い旅は始まった。
写真撮影も趣味という土方さんは、旅のスタイルがバイクだけではなくて鉄道も利用する。利用するというより、鉄道そのものが被写体でもあるから、必然的にそうなっていくというわけだ。この500SSでも長旅をしながら、もう一台GPZ900Rも手に入れてロングツーリングに使用した。
20代はとにかくこの2台で走り回って、旅をしながら写真も撮った。日本史にも興味があることから旅の目的は歴史探訪でもあるという。そのスタイルは現在でも変わらない。特に幕末期の日本史には特別興味があって、彼のニックネームである「土方副長」は、新選組副長の土方歳三が名前の由来なのである。

GPZは8万キロ乗って手放したが、500SSは現在14万キロになっても、手放す気持ちは全く無い。最初のアクシデントからその後も多くのトラブルを克服して、なんとエンジンのクランクシャフトは3本目を使用中。フルオーバーホールは3回経験して、電気系のトラブルも克服してきた。最近はホイールの錆等も、新品のリムとスポークを張り替えてリフレッシュしたり、今後のことを考えて多くのパーツをストックするようにしているという。
手入れが行き届いた外装は実に美しく保たれているが、ガソリンタンクの上面などは、タンクバックによるインパクトで塗装にダメージを与えている。しかしそれがまたこのバイクの年輪とでもいうか、長い歴史とオーナーの愛情を感じる部分でもあるのだった。

「実はGPZ900Rは最近2台目を購入しましたが、以前のようには乗らなくなりましたね。やっぱり僕にはこのSSが良いのかと思います。後期モデルだから意外と乗りやすいですよ。でもやっぱり加速感は今でも強烈です。こんな個性的なバイクは、手放せるわけが無いよね」

大学を卒業してから地元の関東に戻った土方さん。バイクを購入した青森のショップオーナーとはその後ずっと連絡を取っていたのだが、数年前から、彼が届けたはずのお歳暮やお中元が届かなくなった。そしてその後、お店の主人が脳の病気で緊急入院していたことを知る。

一人暮らしだったその人は、命は取り留めたものの過去の記憶をすべて無くして、自分がバイクショップを営んでいたことさえも記憶に残らなかった。しかし、その病院に土方さんが会いに行き、500SSの話をすると、「そのバイクは・・・東京の人に売ったのだ」と突然言い出した。その本人ですよと彼が告げると、顔の表情が一気に変わって、ほとんどのことをどんどん思い出したというのだ。

金属で出来ているバイクに感情はない。しかし人が特別な想いを持って設計し、人の力で生産し、夢を持って販売して、その魅力に引き付けられたライダーが乗り続けていく。そんな乗り物だからバイクは人の感情を宿すのかもしれないと筆者は思う。特にこれは、特別個性的なカワサキのマッハIIIなのだ。その中には53年分の物語があって、匂いがあって、音がある。だから奇跡をも起こすのかもしれない。

取材当日はまだ桜の花が蕾のころだったが、ショートツーリングには絶好の晴天だった。土方さんはお気に入りの場所があって、そこでは以前、桜の満開時にSSとのワンショットを収めていたりする。写真が趣味だから、愛車の写真は数多く撮影しているようだ。彼が先頭でのんびりツーリングをしていると、前を行く500SSが意外なほど低速域でも扱いやすそうな印象だった。しかしそれはこのバイクの2面性なのだと後で気付く。
目的地にたどり着いた後、走行シーンを撮影するためにソロで走ってもらったのだが、一気にアクセルをワイドオープンさせると、それまでスムーズでジェントルだったエンジン音が瞬時に変化する。そして3本のマフラーから紫煙を吐いて強烈に加速を始めるのだ。やはりマッハIIIの系譜である。現代のバイクにはまったく存在しない強烈な個性がそこにはあった。そして撮影を終えてバイクを降りた土方さんの笑顔が忘れられない。それがいわゆる、「カワサキ乗り」って奴なのだった。









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