掲載日:2025年11月25日 フォトTOPICS
取材・写真・文/森下 光紹

Vol.25 白井 渉(シライ ワタル)
どこまで乗り続けても平気という感覚。人間だから疲れるはずだが、何だかその疲れさえも快感に替えられる時がある。そんな走り方が得意な人がいる。きっとそれは生きていることそのものに近くて、普段の生き様がバイクライディングに反映されているのだと思うのだが、筆者は時々そんな人に出会うし、僕もまた同じ人種であるようにも思う。
びっくりするほどの距離をバイクで走って、体力的は疲れていても、気持ちが晴れやかだと疲れているという実感が生まれてこない。たとえば、「生きることに疲れた」という表現は、精神が疲れ切った状態で、そのための休息には、バイクに乗り出すということもあろう。「めちゃめちゃ疲れたから、バイクに乗って1000キロくらい走りたい」などと言うと、ウチのかみさんなどは「何言ってるのー?」とか返してくるのだが、同じような感覚は、意外にも多くのライダーが持っているのかもしれない。

「最近、何だかガレージにバイクが増えちゃって、困るというか嬉しいというか、不思議な感覚なんですよ」
そんなふうに言いながら笑っている白井 渉さん。僕と出会った頃は当時最新のハーレーが愛車で、大きなフェアリングが装着されたロードグライドを年間5万キロ以上走らせるという人だった。なぜそのバイクを選んだかと聞くと、最初に購入したスポーツグライドというモデルが自分の乗り方にマッチしていなかったというのだ。数日のツーリングから帰ってくると、すぐにオイル交換すべき距離になるほど走るから、ショップのスタッフに乗り換えを勧められたという。

「白井さんは、街乗りで便利なストリートグライドより、ロングが快適なロードグライドですね」
そのロードグライドは今でも彼のメインバイクには違いないのだが、都内にガレージを確保してから、何だか他にもバイクが増えつつあるようだ。
白井さんの職業は、バスの運転士である。元々は大型トラックで長距離をこなした運送業のプロだったが、そんな生活に疲れたり、2度の結婚が上手くいかなかったりという自分の人生の中で出会ったのがバイクツーリングだったという。仕事がら、長距離ランには抵抗がないのと、ある意味一人の時間が長いことにも慣れているから、ソロツーリングにハマっていったのかもしれないと分析する。
乗り物をとことん操るということには長けているし、違和感は無い。そこはもちろん理解できるのだが、彼がバイクに魅力を感じるのは、バイクそのものよりも、それを駆るライダーたちの人間性だった。

「各地で出会うライダーがみんな本当に魅力的なんですよ。お店のスタッフもそうです。バイク好きという人種とでも言うんですかね。優しいし、おせっかいで、笑顔が最高で、みんな人間味に溢れているんですよ。僕はそんな人達にまた会いたくて、どんな距離でも走ってしまうのかもしれないなぁ」
ツーリングで青森に居ても、鹿児島から連絡があったりして、時間的に仕事に穴が空かないのならば一気に走って行ってしまう。そんなことを繰り返すから年間5万キロも仕事でもないのに走ってしまうライダーになった。そんな彼に付いたあだ名は「鉄人」。鉄人といえば昔のアニメに出てくる正義の味方を思い出すが、あのロボットには、どことなく悲哀がある。白井さんのイメージはそこに共通点があるようにも思う。

そんな彼は、数年前に3回目の結婚をした。「もう僕には無理ですよ」と相手の女性に伝えたのに。「いや、あなたじゃなきゃダメ」と強引に彼の気持ちを引き寄せた彼女もまた生粋のバイク乗りで、どこまででも平気で走って、野宿もへっちゃらというキャラクターの持ち主だった。つまり、一緒にいても白井さん自身のマインドを少しも脅かすことのない人。そして彼らの結婚式は富士山の麓にある大きなキャンプ場で行われて、そこには日本中からライダーが集まった。そして最大のサプライズは、彼女が乗ってみたいと言っていた、古いハーレーを白井さんがその場でプレゼントしたことだろう。その後のバイク三昧という生活は、この日に新たなスタートを切ったのだった。
今回の取材時に彼が乗ってきたのは、いつものハーレーではなく、少し古いBMWだ。1980年代の後半に復活したOHVボクサーエンジンのR80というモデル。最近手に入れてメンテナンスを施してから乗り出したというが、元のオーナーは、高齢で愛車を引き継いだという事情だという。
「その人はもうなかなか乗れないというので、僕が引き取ることにしたんです。これがまた乗ってみると新鮮でね。ハーレーとはまた全然違うキャラクターで楽しいですよ。エンジンのせいですかね。何だか空を飛んでいるみたいな旋回をするというのか、軽快でスポーツバイクの魅力がてんこ盛りなんです」

1983年に一度生産を終了したBMWのボクサーツインエンジン。その後はツインカム4気筒のKシリーズ一色に塗り替えられるはずだったBMWは、全世界からの「ボクサーツインエンジンを復活させろ」というラブコールに驚かされて、わずか数年で復活させた。今や、やっぱりボクサーこそがBMWという時代に戻っているわけだが、白井さんの乗ってきたモデルはリアサスが1本のモノレバー方式という時代のバイクで、そのコンパクトな車体は独特のハンドリングを打ち出して、大きな魅力を発揮する。その素晴らしさは現代でもまったく色褪せないものなのだ。
最近、白井さんに会うと必ずまたバイクが増えたという話になる。このBMW以外にも、ヤマハの古いRZだったり、スプリンガーフォークが装備された古いハーレーが加わったり、自分の生まれ年と同じ年式のハーレーも乗っている。オフロードバイクもあるはずだし、奥さんのバイクだって数台あるはずなのだ。そして、乗り換えたという話は聞かないのだから、増える一方だと思われる。

「何だか、僕が面倒見るという話になっちゃうんですよね。ここに集まってくるバイクたちは、乗らないで保管されていたバイクばかりなんで、乗り出すのに手間がかかるわけですけど、何だか可哀想でね。乗ってあげたいじゃないですか。というわけで、我が家のガレージはバイクでぎっしりになってしまいました。あははは」
バイクだけではなくて、家族も増えた。現在は5歳になる男の子と3人暮らしだ。いよいよ休日にはタンデムシートにチビッコを乗せてツーリングを始めた鉄人。奥様もまたキャラクターは変化していないから、3人でバイク三昧の日々を送っているらしい。

「バイクに乗り出して、僕の人生は本当に大きく変化していきました。生きていることに疲れていたのに、走れば走るほど癒やされていくし新しい発見がどんどん生まれてくる。魅力的な人々にもたくさん遭わせてくれる。愛する人にも出会えてしまった。不思議な世界の扉を開いて、その中で自分の人生を謳歌できるようになったんです。それはもう感謝しかありません。本当に、バイクに感謝しています」
もしかすると、彼のガレージで不動車を再生していく作業は、彼なりの恩返しなのかもしれない。またエンジンに息を吹き込んで始動したときの感動は、どこか自分自身を投影するからだろうか。白井さんの屈託のない笑顔に悲哀を感じるのは、彼の人生に様々なドラマがあったから。バイク自身も同じようなドラマを体現しているのかもしれないのだ。
「また、どこか一緒に行きましょう」

ツーリング先で鉄人と別れるときに、彼が必ず言う言葉。その時の笑顔がまた、とても印象的なのだ。









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