掲載日:2025年04月23日 フォトTOPICS
取材・写真・文/森下 光紹
Vol.11 大森 篤(おおもり あつし)
人間は道具を使う。最近は、カラスもどうやら道具を工夫して使うらしいのだが、やっぱり圧倒的に人間は道具を使いこなす。生まれてしばらくすると誰でもおもちゃが手放せなくなって、それは死ぬまで続くのだ。きっと人は、おもちゃが無いと幸せに生きられない。そしてそのおもちゃは、一見無駄なものであればあるほど、存在価値が高いのかもしれない。
大森さんの愛車は最新モデルのスズキGSX-R125である。歴代GSX-Rというモデルはデビューから今日まで究極のレーサーレプリカとして名を轟かせているモデルだが、彼にとっては通勤の足として日々活躍している相棒だ。天気が良かろうが悪かろうが、職場への足として走らせているのだ。それなら、もっと乗り易くて利便性の高いスクーター等のほうが良さそうなものだが、彼はそうはいかなかった。
職場はガソリンスタンドである。整備士の資格を持ち、メンテナンスの作業から営業接客までスピーディーにこなすフィールドワークのプロフェッショナル。実は筆者が数年前から毎週3日間だけアルバイトで勤務しているガソリンスタンドの社員スタッフだった人である。
大森さんを初めて目にしたのは、そのガソリンスタンドへの通勤路で、僕は年代物のラビットスクーターを飛ばしていたら、右側から追い越しをかけてきたのが大森さんだった。彼は安全な車間を確保してから僕の前へスルリと躍り出て、しばらくするとわずかに体重を左に移動すると同時にブレーキングしながら目的地のガソリンスタンドへと吸い込まれて行ったのだ。その所作は実にスピーディーで危なげなく、しかも、ライディングを楽しんでいるということを背中で語っているようだった。「こりゃぁ、あの人、只者ではないな」と直感したことが、今でも脳裏に焼き付いている。
その日に始めて会った大森さんは、転勤で他のガソリンスタンドから移ってきた人だった。挨拶を交わすと、先程のシャープなイメージとはまるで違う実に柔らかい印象で、言葉遣いもゆっくりだし丁寧。笑顔が印象的でもあるから、その後は共に仕事をするのも楽しい仲間となっていった。お互いバイク好きということもあり、ツーリングに誘ってみると満面笑顔の二つ返事。それならばと、寒い季節に伊豆方面へと二人で出かけてみたこともある。
「僕はほとんど通勤でしか乗らないから、あまりツーリングって行ったことがないんですよ。でも楽しいですね。たまには知らない場所を目指して走るというのも良いかもしれません」
目的地は詳しく知らせないまま出発して、僕のお気に入りの蕎麦屋さんとか、混浴の露天風呂などにも立ち寄りながら、伊豆の湯河原から箱根方面へと廻った。その目的地も楽しいのだが、大森さんは何しろワインディングロードを軽快に走り続けることが実に楽しそうで、彼の趣味はやはりライディングプレジャーそのものなのだと良くわかった。
「少年の頃、親戚のおじさんがバイク好きでヤマハのTZR250に乗っていたんです。そのバイクがかっこ良くて、もし将来自分も乗るならレプリカ系のスポーツバイクにしようと思っていました」
就職してクルマの免許も取得し、ガソリンスタンドでの勤務が始まる。電車やバスでの通勤では不便な場所も多いので、通勤の足にと購入したのは50cc時代のモンキーだった。選んだ理由は、まず二輪の免許が無いことや、バイク置き場の問題など。モンキーはレーサーレプリカでもなんでもないのだが、そのユニークなスタイルはお気に入りだった。しかし、人気車種だったモンキーはなんと盗まれてしまう。それでもまた色違いのモンキーを購入して、通勤で毎日使用した。
「バイクって、なんだか楽しいなぁって通勤だけでも思うようになりましたね。その頃仕事仲間がホンダのベンリー50とかに乗っていたりして、少しだけライダーの仲間入りができたような気持ちにもなっていました。その後また転勤になって、通勤距離がかなり長くなった時、もう50ccではダメだと思い小型二輪免許を取り、このGSX-Rを新車で購入したんです」
忙しく働く中で許される時間内での免許取得と考えると、普通二輪までは届かなかったという。当時の大森さんは、育ち盛りの二人の男の子を持つ一家の大黒柱で、とにかくがむしゃらに働いていた時期(今も同じですね)。それでも、憧れだったスーパースポーツを手に入れた喜びは最高だったはずだ。
「やっぱりスポーツバイクって楽しいです。操る楽しさですね。僕の使い方はほとんどが通勤ですけど、その行きも帰りも楽しめています。もちろんどこか遠くにツーリングという楽しさは格別だけど、幹線道路をスムーズにスポーティに走るのもスポーツですよ。それに毎日乗っているから相棒のご機嫌も良く分かる。だんだん消耗部品がダメになってきて、交換したあとの気持ち良さとか、ヤレてきた場所を労りながら少し無理を承知で上手く走らせるということも楽しさのひとつです。僕はメカニックでもあるから、機械と対話するのが好き。そんなところも重要視して毎日走っています」
クルマで渋滞の中を我慢して通勤するよりも、何倍もバイク通勤は楽しいと大森さんは言う。日々大きなストレスが襲いかかる生活の中で、やはりバイクの存在は特別なものなのだ。
GSX-R125は同クラスのライバル車の中でも飛び抜けてスポーツ志向性が高いバイク。そのコンパクトな車体を上手く走らせるには、上級者をも虜にさせる魅力がある。サーキットではワンメイクレースも盛んで、普段は大型バイクを楽しんでいるベテランライダーが、このモデルを目一杯楽しむという光景も珍しくない。実際に乗ってみると、そのライディングポジションもエンジン特性も、まさしくライトウェイトスポーツという仕上がりなのだ。このバイクは通勤に向いているのか? と問われれば、ほとんどのライダーは疑問符を浮かべるところだが、大森さんにはピッタリの相性なのだろう。その答えは、ヘルメットを脱いだ瞬間に分かる。彼は、いつも笑顔なのだ。
「森下さんと行った場所には、後でカミさんとドライブしたりしていますよ。あの山梨の、不思議な海鮮丼屋も彼女と一緒にまた食べに行きました。だって、僕だけ楽しんでちゃダメだもんね」
免許は小型二輪のみだから高速道路を走れるバイクには乗れないが、それでも彼は大きな楽しみをバイクライディングで獲得している。将来、普通二輪や大型二輪の免許も取得するのかもしれないが、楽しみ方のスタンスはあまり大きく変わらないのだろう。いや、そこは分からないな。いきなり耐久レースの出場に目覚めてしまった人や、ロングツーリングばかり始めてしまった人。ビンテージバイクばかり乗り出す人など、数多くのライダーをこの目で見てきたから。変わらないのは、バイクがいつまでも自分にとって素晴らしい相棒でありホビーであること。
大森さん、また一緒に走ろうね。実はもうコースは考えてあるんだ。出発の日まで言わないけどね。僕は当日の大森さんが、驚いたり笑ったりしているのを眺めているのが何より好きなのさ。
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