掲載日:2025年11月14日 フォトTOPICS
取材・写真・文/森下 光紹

Vol.24 田中 輝久(タナカ テルヒサ)
バイクに乗ることについて非日常という表現が嫌いである。それは、読んで字のごとく、普段の生活とはかけ離れた世界を表現するものだ。それがバイクライディングという世界では、良く「魅力的な表現」として用いられることが多いように思うのだが、筆者はこの表現がどうもあまり好きになれない。
ようするに、普段の生活では見いだせない素敵な世界をバイクに乗るときだけには特別に体現できるという感覚だと思うのだが、この「普段の生活では見出せない……」という点が非日常であるだけに、どうしても受け入れられなくなってしまうのだ。それではまるで、遊園地でジェットコースターに乗る感覚と同じだろうか。もしくは、突然世の中が戦争状態になってしまうとか、思いもよらぬ展開に陥る場合に「非日常」と用いるべきで、バイクライディングにこの表現を使うのは、どうしても気が進まない。

今回紹介する田中 輝久さんの愛車は、ハーレーのFLHである。年式は1975年で、いわゆるショベルヘッドと呼ばれる人気の旧車だ。古いハーレーは、ツーリングモデルのFL系とスポーツモデルのXL系が二台柱で、その中間に位置するモデルがFX系というのが基本的な構成。つまり田中さんの愛車はフラッグシップのFL系ということになる。
「これね、もう何十年も僕の手元にあるんですよ。付き合いは本当に長い。一時期バイクに乗れなかった期間もあったのですが、手放さなくて保管していました。15年くらいはブランクがあったかなぁ。でも復活させてもう10年。やっぱり自分の相棒なんで、これが一番良いですね」

新車時のFLHは、後部の左右に樹脂製のツーリングバッグを装備してハンドルマウントの風防も取り付けられた長距離ツーリング用のモデル。当時はそれに様々な派手目のカスタムパーツを装着するのが流行ったものだが、実はそんな装飾をすべて取り払うと実にシンプルなシルエットとなることから、現代のショベル愛好家の多くはストリップと呼ばれるこの姿で乗っているライダーが多い。そもそもFL系はハーレーの伝統的な王道スタイルで、最もベーシックなアメリカンバイクそのものである。
「少年期はオフロードバイクを楽しんでいたんだけど、ハーレーに乗ってみたくなってね。当時はいわゆる中型免許しかなかったから、国産のアメリカンモデルを買ってみたものの、何だか求めているものが違うなぁと思って、1年しか乗らなかった。それで限定解除して、ハーレーを探すというか、バイトの先輩にクールスのムラさんが営んでいたショップを紹介してもらって、そこで出会ったのがこのFLHなんですよ」

バイト先の先輩は鹿児島出身の人で、男気のあるカッコ良き先輩だった。グループで良く遊び、バイクやクルマ熱も強かったから、ショップで「コレ乗れよ」と言われたFLを購入することに何の躊躇も無かったと笑う。しかし、納車してすぐにフロントブレーキのトラブルに見舞われて、暫定で取り付けられた他のモデルのキャリパーは、なんと現在もそのままだ。詳しい人が見れば年式違いということになるのだろうが、田中さんは「まぁそれも、物語のひとつだから」と、気にしていない。

購入したときから基本的なスタイルはそのままで、変更したのはハンドルバーぐらいだという。ショベル時代のFLHは、現代のツーリングモデルに比べると圧倒的に軽量で、特にこのようなストリップスタイルで乗れば、実に日常的な足となるから、その後の田中さんは、どこにでもこのハーレーで出かけていった。バイクに刻まれていく年輪のような油汚れや傷は、乗る人の額のシワや白髪にも似て、年を重ねるごとに味わい深くなっていく。古いハーレーの魅力はそんな外観にも表されるものなのだ。

「結婚して子供も生まれると、なかなかバイクに乗れなくなってしまった時期もあったけど、手放す発想は無かったなぁ。これが居なくなったら、僕の一部がなくなるみたいな感じがしてね。復活させてからはなるべく自分でメンテナンスするようにしてますよ。最近はSNSとかでネットワークも広げやすいから仲間にも色々助けてもらって乗っていられる。ツーリングは良く行きますけど、全部普段の乗り方の延長線ですね。現地で仲間と会って、楽しい時間を共有して帰るというスタイルかな。つまり、どこに行っても特別なことはなくて、普段と同じですよ」

撮影時は、「最近油温がちょっと上がりすぎる傾向にあるので、時々休みながら走って良いですか」と言いながら、信号待ちで愛車のガソリンタンクをポンと叩いた田中さん。ニコニコ笑いながら、リラックスしているその表情は、本当に仲の良い相棒と共に有る自然体だ。大きな車体を巧みに操って、小さな路地でのUターンも慣れたものである。長いストレートは風の流れに乗るようなライディング。そのまま山の中まで走って行くと、緩やかなカーブを気の合う相棒と歌いながらこなして行くようだ。少し湿ったエキゾーストノートは山肌にこだまして、こちらの耳にも届いてきた。彼の後を追う僕もまたハーレーのFLHだ。気分の良いクルージングペースで走り続けることの気持ち良さは十分過ぎるほど理解できる。

田中さんはハーレーの他にホンダのFTR223Dというバイクも所有している。実は初めて会ったその日にはハーレーではなく、そのFTRに乗っていた。こちらは本当に気軽に乗れる普段の足。それでも田中さん流のこだわりがあって、アメリカのフラットトラックレーサーをイメージして作られたバイクというスタイルがお気に入りなのだと笑った。
「気軽な中型バイクと2台持ちという少しだけ贅沢なバイクライフが楽しいですよ。特別他に色々乗りたいとは、あまり思わないなぁ僕は」

自分の生活スタイルに必要なものを見極めるということは、とても大切なポイントだ。そしてシンプルになればなるほど、心地良くスマートなのだと思う。しかしまぁそこは人それぞれのスタイルで、バイク好きがエスカレートしてどんどん集まってしまうというパターンも、それが本人の趣味ならば否定はできないが、ちょうど良い湯加減ということもある。いつも日常にバイクがある。田中さんのバイクライフは、実に良い湯加減のような気がしてならなかった。










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