掲載日:2025年09月24日 フォトTOPICS
取材・写真・文/森下 光紹
Vol.21 本村 恵一(モトムラ ケイイチ)
かつて、旭川の南にあったグリル料理のレストラン「タイムトンネル」は、北海道を訪れるツーリングライダーにとって、特別なお店だった。店主の浦洋一さんは、数多くのバイクを所有し、自身もまた旅人でもある生粋のライダーだった。数年前に他界すると同時にお店は閉店したのだが、現在は奥様の浦久美さんが、旭川市内で「キッチンKOO」として洋一さんのレシピを継承。たった一人で切り盛りする小さなお店だが、あのタイムトンネルの店内にあった様々な香りと味は、そのまましっかりと受け継がれている。そして、そこに足を運ぶライダーもまた、以前と同じ風(雰囲気)を持って毎日やって来るのだ。
本村さんは、タイムトンネルの常連客だった。初めてお店に顔を出した時はまだ原付きバイクを乗り回す少年だったのだが、バイク乗りのカッコ良さには人一倍の憧れを抱いていた。彼よりずいぶん年上のショップオーナーである浦さんは、物静かだが懐の深い優しい人柄で、彼はその姿とふるまいに真っ直ぐ憧れたという。
「何しろ物凄い旧車とかもたくさんあって、バイクのことは何でも知っている。その店には日本中のライダーが集まって来るんです。浦さんは旅好きなライダーなら、どんなバイクに乗っていても優しく受け入れる人でした。僕はまだ少年で、仲間とお店で騒いでしまったりすると、すごく静かに怒られる。お前ら、なんの為にバイクに乗っているんだ。バイクは人を成長させるためのアイテムなんだぞってね。きっと僕はタイムトンネルで浦さんと出会わなかったら、バイクは一過性のおもちゃにしかならなかったのかもしれません」
彼は二十歳になり、仲間と共にロッカーズのチームを作った。名前はジャッカルというのだが、その当時にみんなで撮った写真が、現在はキッチンKOOの店内に飾られている。チームのメンバーは7人、全員Wのライダース革ジャンを着込んでポーズを決めているが、本村さんの姿は中段の右にある。
「かっこつけたかったんですよね。若かったから成人式の記念写真はこれで行こうと、みんなで決めたんですよ。この写真には写っていないけど、バイクは今も乗っているSR500です。年式は1986年型で、今でもSRにしか興味がないですね」
当時のメンバーでバイクを降りる人もいるし、仕事も違うからバラバラになった。本村さんも地元の旭川から北見へ引っ越したのだが、バイクは手放さないで持っていったという。以前ほど乗る機会はなくなったが、手放す発想はなかった。きっと彼の体の奥深くに浦さんの言った言葉が染み込んでいたからなのだろう。
「バイクは人を成長させるアイテムなのだ」
SR500は1978年がデビューである。本村さんは79年生まれなので、ほぼ同じ歳。その後ロングセラーになったのはライダーなら誰でも知るところだが、500は途中で生産が打ち切られたので、今や希少価値の上がったバイクでもある400と区別する大きな特徴は、プレーンなダブルシートなのだが、本村さんのバイクは小さなテールカウルが装備された400のシルエットとなっている。全体的にはそのシルエットはノーマルのスタイルを崩さないテイストだが、低いハンドルを装備しているところは、やはりロッカーズとしてのこだわりがあるのだろう。そして、その車体は本当に隅々まで磨きこまれていた。
「バイクを磨くのが好きというか、バイクの側にいるのが好きなんでしょうね。だからガレージでバイクに触れている時間が一番自分にとって優しくなれる時間なのかもしれないです。実は今もう一台SRを手に入れてレストアしている最中なのですが、こっちは1983年型のシルエットで仕上げたいと思っています。当時はいわゆるナロータンクと呼ばれるガソリンタンクが装着されたスリムなシルエットが特徴的だったので、そのスタイルを完成させたいですね」
二十歳だったロッカーズの青年も、現在は45歳になった。人生の中盤に差し掛かり、今の彼はバイクに何を求めていくのだろう。最近は、当時の友人もまたバイク復帰という声も聞くそうである。やはりバイク好きは戻って来るのだ。体の芯のどこかに必ず小さな炎が消えること無く灯され続けているのである。
ピカピカに磨かれた彼のSR500は、エンジンも絶好調で実に小気味良いエキゾーストノートを奏でていた。伝統のキックスタートはデコンプレバーを引けば一発だ。500は、400よりもパルス感のある爆発音を奏でるが、荒々しさは無いところがヤマハ製のミドルマシンというイメージである。低く構えた姿勢で愛車を走らせる彼は、穏やかな表情のまま淡々と進んで行く。浅いコーナーではリーンウィズのまま。そして少し深いコーナーになると、肩を少々すぼめてイン側に身体を落とし込む姿勢をとる。いかにもナローボディのシングルマシンを乗りこなす典型的なライディングフォームだった。
真夏の北海道。最近は本州と同じような梅雨も訪れるし、突然の雷雨にも見舞われることが多くなったようだが、やはり晴れた日の独特な風の肌触りは、バイク乗りにしか理解できない素晴らしさがある。撮影当日は、目まぐるしく天気が変わる午後だったのだが、本村さんは実に楽しそうだった。やはりバイクを走らせることが大好きなのだろう。その優しく人懐っこい笑顔は、今後も長く一台のバイクと共にあるのだろうと思った。
愛車を売却して乗換しませんか?
2つの売却方法から選択可能!