掲載日:2025年07月22日 フォトTOPICS
取材・写真・文/森下 光紹
Vol.17 中村 新八・早苗(なかむら しんぱち・さなえ)
ロイヤルエンフィールドは、元々はイギリスのバイクメーカーである。その歴史は古く、戦前に遡るが、最もヒット作を生み出したのは1950年代で、ノートンやトライアンフとも形を並べる有名なメーカーだった。当時のイギリス車には名車が多く、現在でもその愛好家は多いのだが、ロイヤルエンフィールドは、当時、製造をイギリスからインドに移し、数多くの英国車が衰退していく中で、古いテイストを守ったまま製造を続けた希有なメーカーでもある。
今回紹介する御夫婦が乗るバイクは、ブリット350というベーシックモデルだが、なんと最初期型がデビューしたのは1930年代なのだ。そして基本設計を踏襲しつつ数多くの改良を重ねて、現在でも販売され続けている。さすがに現行モデルはインジェクション吸気の最新エンジンとはいうものの、そのシンプルな車体とエンジンのフィーリングには常に一定のファンがいるものなのだ。
夫婦でバイク乗り。今回は、日頃の足として使用しているエンフィールドでの紹介だが、この二人、元々は生粋のハーレーチョッパー愛好家でもある。ご主人の新八さんは、16歳の時からのバイク乗りだが、クルマの免許取得と同時に一時バイクから離れたこともあった。しかし25歳で復活。カワサキのエリミネーターからハーレーのソフテイルスタンダードに乗り換え、徹底的にカスタムしていった。
「今も乗っているこのロングフォークチョッパーが、当時から乗っているソフテイルスタンダードです。元々普通のハーレーだから、ここまでいじると車検を通すのが大変なんだけど、きちんと公認取ってあるので、公道も問題なく走れますよ」
以前はハーレーのミーティングに参加したり、ロングツーリングにも使用していたが、最近はその稼働率は減ってきたと言う。
早苗さんも、ハーレー乗りだ。最初はやはりソフテイルのノーマル車に乗っていたが、その重さに閉口して、旧車のチョッパーに乗り換えた。古いショベルエンジンをリジットフレームに乗せたカスタムだが、ハードな乗り味とは別に圧倒的な車体の軽さと、何よりシンプルなシルエットが気に入って、長年乗り続けている。彼女もロングライドが大好きで、新八さんと知り合ったのも、バイクで出かけた先だった。
「何だか、同じ匂いがする人だなぁと思ったから、名古屋から大阪に嫁いで来たの。それで二人と乗り物が気分良く住める家を探してね。彼と楽しく生きていこうと思ったの」
エンフィールドを手に入れたのは数年前のこと。二人の乗るハーレーは、インパクトが強くて楽しい乗り物には違いないが、大阪の街を気軽に走るという目的には少々そぐわないテイスト。そこで、気軽に乗れるバイクを探していたのだが、正直言って最新のバイクには興味を持つことが出来ない。色々デジタル化が急速に進む世の中にあって、自分の乗るバイクだけはシンプルなアナログ系が好みで、やはりそこは絶対に譲れないポイントだったのだ。そんな時に、早苗さんは高速道路のパーキングに停めてあったロイヤルエンフィールドを見つけてしまう。
「めっちゃ古いシルエットなのに、少し調べてみたら意外にも新しい年式やったから、あ、このバイクが良いなぁと直感して、さっそくヤフオクとか検索したの。そこから購入までは早かったわね」
彼女が購入したのは2003年モデルのブリット350だった。まだキャブレターが採用されていた頃のモデルで、ブレーキは前後ドラムという50年代のテイストそのままという構成だ。始動方法はもちろんキックオンリーで、セルモーターは装備されていない。ロングストロークの単気筒OHVエンジンは、調子が良くてもその始動方法にはコツが必要だが、元々ハーレーのチョッパー乗りなのだから、その点はまるでマイナスポイントにはならなかった。
「彼女のブリットを見ていたら、僕も乗りたくなっちゃてね。しばらくしたら、我が家には2台のブリットが並んでいました」
新八さんが手に入れたのは2001年モデル。ほとんどこの2台は同じなのだが、早苗さんのバイクは左足でシフトチェンジする機構が装備されているが、新八さんのバイクは右足チェンジである。元々のベーシックモデルは新八さんの方式だが、彼らのようなチョッパー乗りには、そんなことなど気にするポイントではないようだ。
とても2000年以降のバイクとは思えないシルエットと乗り味を持つブリット2台で少し走行してもらった。彼らの自宅があるのは大阪の東外れで生駒山を背負う住宅地だ。大都市の大阪とはいえ、ここまで来るとのどかな自然も近い環境ではあるが、幹線道路はやはり交通量が多い。そこには様々なクルマやバイク、自転車等も行き交うし、歩行者にも気を使うエリアである。しかし、どことなく昭和の雰囲気というか、ムードが色濃く残っていて、関西特有の大雑把なイメージというか、懐の深さ、様々なものを許容する度量みたいなものを町に感じた。きれいな街路樹が植えられた道路に、それを押しのけるような主張をするのぼりや看板がある。
そして今やどこか懐かしさを感じてしまう電柱や、張り巡らされた電線。その中を走る2台のブリット350は、実に街に溶け込む風景の一つとなっていた。信号待ちで停止している時の姿も良い。走り出す時のエキゾーストノートは軽やかで、耳に心地よく響いてくる。それはまるで、お祭りの日の太鼓や鐘の音色のようだ。
「そうだ、お腹も減ったし、お好み焼きでも食べにいこうよ」
「あ、いいね。そうしよう。じゃぁ新ちゃんが先導してね」
彼らはそんなふうにして普段着でバイクライフを楽しんでいた。移りゆく時代の中で、我先にその先端を行くことだけが幸せではないだろう。「足るを知る」とは空海の教えでもあることを、少し思い出させてくれたような気がした。
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