取材協力/ヨシムラジャパン  取材・文/石橋 知也  写真/柴田 直行  構成/バイクブロス・マガジンズ編集部
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掲載日/2016年12月20日

4ストロークエンジンの要、カムシャフト。そのチューニングにおいて1954年の創業以来、世界をリードしてきたヨシムラが、最新解析技術を元にした設計と新素材などで、カムを一段と進化させていた。もちろん根底にあるのは情熱だ。その既存の理論や技術を超えるパワーを今なお燃やし続けるヨシムラの、最新ヘッドチューンを知る。

天才の勘と手作業を
数値化しNCで製作

カムシャフトの、断面が“卵型”のカムがバルブを開閉させる。このシステムは一部のエンジンを除き、4ストロークガソリンエンジンの要で在り続ける。そのチューニングにおいてヨシムラは、先代“POP吉村”の時代から世界をリードしてきた。

最初はSTDカムのベース円(ベースサークル)を小径にしてバルブリフト量を稼ぎ、次にカム山にステライトを盛り、いわゆるハイカムを製作した。これらはPOPの経験と理論、天才的な勘、そして職人技で完成させた手削りのカムだった。

車両メーカーの研磨する前のスタンダードカム素材を入手出来るようになると、これを機械式カム研磨機(ナライ式カム研削機)にかけ、STDよりリフト量が高く、作用角も大きなハイカムを作った。カムを製作し、計測し、実験(エンジンダイナモでパワー測定するなど)し、実戦に投入し、その結果からさらに研究を進めた。

1970年代後半から1980年代初めに、ヨシムラ2代目の吉村不二雄さんは、父POPとは異なるアプローチでカムの設計を始めた。コンピュータによる計算だ。クランク角度1度毎にバルブリフト量を計測し、データを入力。そこから新たなカムプロファイル(カムの形)を設計した。このカムプログラムを不二雄さんは自ら製作。1981年デイトナスーパーバイクで1-2位を飾ったGS1000用カムは、このプログラムで設計された初めての作品だった。

「オヤジの勘と経験は素晴らしかったけれども、それを解析し、モノとしての精度を上げる必要があった。もちろんコンピュータは現在のような便利なものではなく、自衛隊が使っていた物を買って、ソフトから作った」(吉村不二雄さん。ヨシムラ2代目。1948年11月17日生まれ。天才チューナー、父POPの勘と経験を、時代に先駆けてコンピュータで数値化した理論派)

こうしてカム設計は新たな時代を迎えた。その後、通称カム研(カム研削盤)は機械式からNC機へ移行。NC機はナライ式研削盤と違ってマスターカム(この形をなぞって砥石でカム山を研削する)は必要なく、数値を入力するコンピュータ制御だ。製作精度も生産効率も上がった。

さらにレバー比がかかるロッカーアーム式(テコ)の動きも解析した。ロッカーアーム式の各部の動き、レバー比などの変化は複雑で、ロッカーアームの当たり面(曲率)の違いでも異なるから、これを正確に解析した成果は大きかった。

横軸はクランク角度で、バルブのOPEN(開き)から最大リフト(山の頂点)、そしてCLOSE(閉じ)を示している。最大リフト(バルブが一番燃焼室に突き出している状態)はST-2(赤線)の方が約1mm出ている。作用角(デュレイション)はOPENからCLOSEまでのクランク角度で示す。バルブのリフトカーブは吸気側と排気側が別にあり、重なる部分がオーバーラップ。なお、ヨシムラのカムのデータはOPENもCLOSEも実測可能な1mmリフト時で表記されている。

ただ、設計は依然としてリフトカーブ(バルブリフト量とクランク角度で描いたもの)を元にしていた。バルブの最大リフト量や作用角(バルブが開いている時間をクランク角度で示したもの)は基本ではあるが、どうやって開けて閉めていくのか。混合気の充填効率を高め、キレイに排気させる(これらを助長させるのが集合管だ)。その際に問題になるのがバルブスプリングだ。

バルブはバルブスプリングの反力が利いている範囲でなくては正確に作動しない。バルブが反力以上に勢い良く動けばリフトカーブを外れてしまう(バルブジャンプ)。それが怖いからといって、強過ぎるバルブスプリング(いわゆるダメな強化バルブスプリングだ)を使うと、当然フリクションが増大する。パワーを生むカムと、制御にも敵にもなるバルブスプリングの良い関係を探ることが重要だ。

バルブ周りのばね上の慣性力とバルブスプリンングの反力の関係を示したグラフ。バルブスプリングは同じ。下側の線がスプリング反力。たとえばST-2(赤線)で見ると、スプリング反力(赤線下側)と設計したST-2(赤線上側)の慣性力とのギャップ(図中の矢印)が無いと、バルブがスプリング反力を追い越してフリーになって制御不能になる。なので、このバルブスプリングを使用するのであれば、この反力の内で設計する必要がある。この例では、ST-2でもST-1でも、このギャップの最小値(最もバルブスプリングの限界に近い)がそれほど変わらず、言い換えればリフトが高いからといって強いバルブスプリング(強化スプリング)が必要とは限らないということ。バルブ加速度から設計したカムプロファイル(リフトカーブ)であれば、抵抗が小さいバルブスプリング(反力が小さい)の限界内で最高の性能を出せる。

「解決するヒントはバルブの加速度だった。オヤジの時代も、1980年代以降もこれは分かっていた。ただ、解析し、それを正確に設計に生かす方法が見つからなかった。でも、現在は違う。秀人(不二雄さんの次男)の設計方法はリフトカーブからではなく、バルブの加速度から行う。設計ソフトを新しく作り直し、精度の高い解析が出来るようになった事が大きい」(吉村不二雄さん)

「昔のカムも今の加速度から設計したカムも、リフトカーブは一見似ています。でも加速度を調べると、以前のカムは滑らかに変化していかなくて、直線的でガクっと変化したり…。最適な反力のバルブスプリングを選び、安全マージンをキチンと取りながら、最小のフリクションでいくことです。新しいカムプロファイルは、何Rという円弧を繋いだものではなく、“連続した曲線”なんです」(吉村秀人さん。不二雄さんのご次男。1986年8月2日生まれ。それまでのカム設計を逆転させ、バルブ加速度からカムプロファイルを生み出す。4ストチューニングの新時代を切り開く若き旗手だ)

逆転の設計方法だ。すべてコンピュータで設計される。バルブの加速度の変化はクランク角度とともにグラフで示され、エンジンの回転数毎でも見られるから、リフトカーブの弱点がすぐに分かる。これで良しとなったリフトカーブはカムプロファイルに変換され、その数値をNCカム研削機に入力し、高精度な製作に移される。

「NC機と言っても、その使い方はいろいろとノウハウがある」(吉村不二雄さん)

これは研削機メーカーよりも、実際にカムを作るヨシムラ独自のもの。ヨシムラの長い経験とデータ、そして最新の技術がこの設計・製作方法に集約されている。

また、秀人さんは、カムとロッカーアーム/タペットキャップ(直打式)の接触部の圧力の解析も見せてくれた。例えばアイドリング時の最大リフトでは局圧が非常に大きい。逆に高回転になると最大リフトではかなり下がって、バルブの開き始め/閉じ終わり、の方が大きい。これはカムの慣性力が影響するからだ。勢い良く回れば、局圧は減るのだ。

アイドリングはカムや動弁系にとって最も辛く、カジリやすいということが分かる。つまり、暖機は少しでも局圧が減るように、アイドリングより少し高めで行うということを覚えておきたい。

横軸はカム角度(真ん中がカムトップ)。アイドリング時のカムトップ(カム山の頂点)は接触圧力が非常に高く、滑り速度(接触部分が移動する速さ)も高い。さらにエンジンオイルの油膜も切れやすい。

回転が上がっていくとカムトップの接触圧力は下がってくる。これはカムが高速回転した慣性力の効果で、最高回転数時ではカムトップよりもバルブ開き始めや閉じ終わり付近の方が接触圧力は高くなる。でも、カムプロファイルはベース円からカム山が始まったばかりの所で滑り速度が低く、油膜も維持しやすい(潤滑が充分ある)ので、摩擦抵抗は思いのほか低い。つまり、アイドリング時はカムやロッカーアームの当たりがキツく、カジリやすい状態だということだ。

「レース用カムは一見異常に尖った過激な形状をしています。これもバルブの加速度、局圧、使用エンジン回転数などから割り出した形状です」(吉村秀人さん)

「それと素材も新たに作った。新素材は鋳鉄(ダクタイル鋳鉄の一種)で、自己潤滑性に優れた球状黒鉛(グラファイト)が多く、しかも均一に並んでいる。同じ鋳鉄でもSTDのカム素材より優れている。鋳鉄は元々カジリに強い素材で、STDカムもそう。ただ、STDのカム素材が入手出来なくなった機種も多く、そこでSCM材から総削り出しで製作してきたけれども、強度は充分過ぎるものの、カジリなどがやはり心配だった。だったら、と思ってウチのカム専用素材を作った。丸棒でここからNCで総削り出しする。これがあれば、旧いバイク用も、カジリやすいロッカーアーム式(ZRXやGPZ900Rなど)も、何でも作れるはず」(吉村不二雄さん)

「カムプロファイルも新しくしてリリースするのはバルブの加速度から設計したもので、各部の当たりも優しいので耐久性も上がるはずです」(吉村秀人さん)

「ただレース用はSCM材の総削り出しも使う。強度優先で。常時使用するエンジン回転数が高いから、街乗りのようなカジリはない。カムやロッカーアームにはDLC処理も使うから。素材が用途で使い分けられるようになったのは大きい」(吉村不二雄さん)

こうしてバルブ加速度からの設計と新素材を得たヨシムラ。カムという4ストロークエンジンの普遍的な要に、進化を与えた。今後はどのようなバイク用のカムが登場するのだろうか? パフォーマンスも耐久性も、既存をすべて超えた逸品になることは間違いない。

ヨシムラの3世代に渡る4ストロークチューニングへの情熱は絶やされることなく、未来に向かっている。

バルブ加速度から設計する
新時代のカム

いずれもDOHC用カムだが左がロッカーアーム式用で、右が直打式(ダイレクト)用。ロッカーアーム式ではカムとバルブの間にロッカーアームがあり、レバー比がかかるのでカム山は非対称形になる。この形状を得るには動弁系のレバー比を計算する必要があるが、このレバー比は角度ごとに変化する。

ロッカーアーム式の動きを現した画面。簡単に言えばテコの原理。その動的な解析をする。ロッカーアーム先端にあるタペットアジャストスクリューの小さなアールまでもが重要で、旧車であるCB750FOUR用の最新の総削り出しカムには、最適なレバー比となるようにSTDとはアールが異なるタペットアジャストスクリューを同梱している。

ヨシムラが独自に製造した最新カム素材から、総削り出しカムができるまでの過程の概要。上が鋳造された素材(丸棒、ダクタイル鋳鉄の一種)で、その手前が加工途中のまだカム山が丸い状態(ZRX1100用)、そして一番手前が完成形(ZRX1100用)。鋳鉄ではなくレース用などに使われるSCM材からの加工過程も同じ。ただし、素材が違うので加工の時間も違い、熱処理なども異なる。新素材で総削り出したカムは表面にレーザー焼き入れ(これも新技術)される。

高速NCカム切削盤にセットされたカム(ホンダ・エイプ用)。ここから入力された数値に従ってカム山が研削される。

カム山加工完成。ものの10分足らずで高速研削された。表面も非常にキレイだ。

ジャーナル部(軸受)を研磨中のZ1/2用カム。右の大きな円盤は、いわゆる回転する砥石。

カムシャフト本体に圧入するカムスプロケットホルダーの正確な角度を出すための測定。

手前がNC削り出しで、奥が昔の手削り(4輪ホンダS800用の使用済み。最高128馬力も出た)。手削りで荒々しいが、ハイリフトでパワーは出た。チューニングの理屈は同じ。

BRAND INFORMATION

ヨシムラジャパン

1954年に活動を開始したヨシムラは、日本を代表するレーシングコンストラクターであると同時に、マフラーやカムシャフトといったチューニングパーツを数多く手がけるアフターマーケットメーカー。ホンダやカワサキに力を注いだ時代を経て、1970年代後半からはスズキ車を主軸にレース活動を行うようになったものの、パーツ開発はメーカーを問わずに行われており、4ストミニからメガスポーツまで、幅広いモデルに対応する製品を販売している。

住所/神奈川県愛甲郡愛川町中津6748
電話/0570-00-1954
営業/9:00-17:00
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