遠かった。前日、下北半島の付け根にある八戸に泊まり、そこから120キロ。東京から約800キロ走って、ここ尻屋崎に着いた。
東北道をひたすら北上してきた。徐々になじみの薄くなる地名、下がりだす気温に、せわしない喧騒と狭苦しさ、真夏日が連日続いていた生活から解放される。朝の尻屋崎は20度を下回っていた。標高が上がるわけでなく気温が下がっていくという北東北への旅は、あたりまえだと分かっていても不思議な感覚だ。うっかりメッシュジャケットを着てきたが、肌で感じる風は冷たさすらある。
尻屋崎の手前でゲートを抜けると、最果て感いっぱいの景色が待っていた。突端には灯台と一軒の食堂があるだけで、人もまばらだ。この地に放牧されている馬「寒立馬(かんだちめ)」たちが若草を食んでいる。バイクを停め眺めていると、馬たちが道路に上がってきた。近くで見るとかなりでかい。サラブレットとは全然違った。胴体がどっしりしていて、足は短く、お尻が大きい。過酷な下北の冬を耐える彼らの身体は、なんだかずんぐりしていて可愛らしかった。バイクに近づいてきたので、蹴飛ばされたりしないよな、と少し怖い思いで構えていると、何の興味も抱かなかったらしく、右側車線を悠然と歩いていく。ちょっとはもてなしてくれてもいいじゃないかと思い、おーい、と呼んでみたが振り向かない。前からクルマが来てもずんずん進む。観光客が近づき、顔のそばで写真を撮っていてもいっこうに気にしない。ただ、「ここは俺たちの土地だからな」という雰囲気は醸し出している。堂々とした塩対応で、微笑ましかった。
空は広く、ゆったりとした時間が流れる。東北地方を北上する旅は気温の変化とともに、時間の流れの変化も感じる。時の流れがだんだん穏やかになる。その最たる場所がここじゃないだろうか。のんびりした雰囲気にのまれ、旅立つ前の小忙しかった毎日が嘘のように感じてきた。今日はこれとあれをやらなきゃ、明日はあそこに連絡しなきゃとか、やらなくちゃいけないことで詰まっている日常が遠くなっていく。本当にそれ、やんなきゃいけないの?馬の瞳を見ていると、そう問われているような気がした。「やらなきゃいけないんだよ、たぶん」やっぱり寒立馬は全然興味なさそうに、マイペースに草を食んでいた。
ゆるゆる雰囲気の尻屋崎があれば、日本三大霊山のひとつともされる恐山(おそれざん)があるのが下北半島だ。空は一変曇りだし、暗がりの森を抜けると宇曽利山湖(うそりやまこ)が見えてきた。
恐山の境内に足を踏み入れる。ここは地蔵信仰を背景にした、亡くなった方への供養の場。本殿で手を合わせた後、順路を歩いていくと異質な風景が目に飛び込んできた。
白い。彩度を欠いたモノクロの世界が広がっている。火山岩に覆われたここは「地獄」と呼ばれる。その向こうにある宇曽利山湖は「極楽浜」。下北半島では「人は死ねば、お山(恐山)さ行ぐ」と言い伝えられているらしい。
えらく静かだ。雪の積もった日の早朝のようなしんとした静けさではなく、肌にはびしびしと何かが伝わるような、激しさに満ちた静寂だ。そもそも「恐山」というネーミングからして怖い。ただ、これはもともと「宇曽利山」だったものが下北なまりによって、変化したものだという説がある。すごい方向に転がしてしまったものだ。
静寂の中、カラカラと回る風車の音が耳に入った。彩度を失った風景の中、風車だけが際立って鮮やかだった。幼子の霊をなぐさめるものだという。ところどころに人の手で積まれた石の山がある。三途の川が連想される。特異な自然景観に、人々の思いが入り混じり、精神にも訴えかけてくる光景。
僕は順路を回りきることができず、この地を後にした。
最北端が近づいてくる。国道279号線「むつはまなすライン」は津軽海峡を沿って、大間へと続いている。ここまで、自分が走った分だけ地面も伸び、いつまでたってもたどり着くことがないのではないか、とさえ思った本州最北端の地が迫ってきた。
建物もまばらだった海岸線が続き、国道を折れ、さらに北へ走ると、土産物屋とマグロ料理屋が並ぶ活気のあふれる一角に出た。マグロのモニュメントとともに本州最北端の碑があった。出発時ゼロに戻したトリップメーターは900キロを回っている。地面は伸びていなかった。目的地に着いたのだ。
ライダーが続々とやってくる。ロングツーリング仕様にカスタムされた大型車が多く、いずれも大荷物をリアシートに積んでいる。ナンバーを見れば東京など近い方、と思える地名も多かった。「これが見たかったんだよ」とマグロのモニュメントをなでるライダーもいる。みんなそれぞれの行程で長い旅の末、ここへやってきたのだ。
なかでも面白かったのは、香川県からNC750Xでやってこられた方だった。地図を広げていたところに話しかけると、これから引き返すとのこと。僕は、いいんですか、と聞き返した。北海道はもう目と鼻の先ですよ、と。「え、そうなの!?」「たしかこの先から出ているフェリーに乗れば1時間半くらいで函館へ行けるはずです」出港時間を調べてみたら1日2便出ている2便目が間もなく出航するところだった。「俺、ちょっと北海道のぞいてくるわ」そう言って、急ぎ足に去っていった。こんなことあるんだ! 僕は自分でそそのかしておきながらも、大胆な旅程の変更にびっくりした。
フェリーターミナルを見に行くと、ちょうど函館から来た船が着港するところだった。ゲートが開き、次々とライダーが降りてくる。道内のナンバーも多い。本州最北端を目的に旅するライダーもいれば、北海道をこれから旅する人もいて、北海道からやってくるライダーもいる。到達した達成感と、これから始まる大いなる旅への興奮が入り交じる。その誰もがここまでの道程において、気持ちは最高潮に達しているんじゃないかな。最果てにして、本州・北海道の扉を担う。こんなに旅情を感じる場所はなかなかない。
フェリーを名残惜しい気持ちもありつつ見送って、宿に入ることにした。1000キロ近くも走った旅人をもてなす最高のご褒美は、そう、マグロ!
町の温泉施設「おおま温泉海峡保養センター」の夕食に度肝を抜かれる。赤身、中トロ、そして大トロ、もちろん津軽海峡で獲れた本マグロだ。そして、いま「陸のマグロ」として名物になっているA5ランク和牛の「大間牛」。海・陸の王様の共演に、最初の箸が出せない……。このもてなしはずるい、ずるいぞ大間。またすぐにでも来たくなっちゃうじゃないか!
ああ、あれに乗れば北海道へ。せめて函館だけでも……。そんな気持ちを今回は強く堪えた。昔北海道で出会ったライダーが「大間から北海道を旅するのが男の中の男なんだ」と言っていたことが蘇る
先代のVFR800X乗りの方に出会った。帰りは陸送で千葉まで戻られるそう。その手があったか!と思ってしまう
僕が旅のルートを変えてしまった香川の方。この4日後には仕事だと話していたのだけど、フェリーに飛び乗った。そのパッション大好きです
イカ釣りもマグロ釣りもできる漁船。7月からが本格的なマグロ漁期となる
【左】町はとにかくマグロ推し、マグロ関連のお土産は無数にある 【中央】この町営牧場に大間牛が。天気がよければ視線の先には北海道【右】年間20頭しか出荷しない大間牛は、松坂牛と並ぶA5ランク!
出発前に地図で確認した以上にきついコーナーをひとつひとつパスしていく。海峡ライン、下北半島きってのワインディングだ。これまでほぼ直立状態で走ってきたVFR800Xが本領を発揮する。ほんの少しアクセルをひねりすぎると思った以上に進んでしまう。こいつを手なずけるには、まだ時間がかかりそうだ。山が近づくにつれ海霧(うみぎり)が立ち込めた。海から吹く風を山がブロックしているらしい。道が少し内陸に入って景色が開けると晴れ出し、再び海岸線になるとまた霧に覆われる。
無数のコーナーを抜け、ぬいどう食堂には昼前に着いた。ここのウニ丼がやばい、と下北を走った誰もが言う。おばちゃんが切り盛りする小さな食堂。出てきた丼にはてんこ盛りのウニがのっていた。新鮮で濃厚、なんだかもったいないよ、という気持ちと、大胆にかきこみたい衝動がぶつかり合った。
ウニ丼で下北半島の旅をやりきった気持ちになり、これから始まる帰路のことを考えながら東北道を目指す。帰りも遠いぞ面倒だな、とため息をつく。すると、思いがけない景色に出くわした。まるで北海道だ。
じつは大間でフェリーを見送ったあと、本気で悔やんでいた。あの船に乗り込んでいたら旅は続いたのに、と。いま、そんなもやもやはすべて吹き飛んだ。帰路と言えど、ただ何もせず無感動に帰るだけではない。ここから東京までまたきっと何かあるはず。折り返しの旅はまだ始まったばかりだ。
ぬいどう食堂名物・ウニ丼。黄金の輝きが鮮度の証。濃厚な味わいで、醤油をかけずにいただいた。これで1500円!
温かいおばちゃんだった。自ら漁に出てウニを採り、店を切り盛りしているそうだ。大勢の場合は予約してくださいね!
Profile
西野鉄兵/1986年神奈川県生まれ。大学時代、アルバイトで本誌編集部へ飛び込んだ、今年8年目の編集部デスク。遠い、辛いと、泣き言をはきつつ、一気走りはもはや趣味同然に。
【左】海峡ラインは断崖絶壁を走るエキサイトでスリリングな道。こんな海霧に覆われると視界不良でよりハードに 【右】ぬいどう食堂そばの福浦漁港。ここから遊覧船に乗って、景勝地・仏ヶ浦へ行くこともできる
東京から下北半島へは高速道路を主体で走るとはいえ、約800km。こりゃ遠いぞと、かなりの覚悟で家を出たのだが、このマシンの高速巡航性能は驚くべきものだった。
パワフルなV4エンジンはミッション5速・4500回転で時速100キロに達した。なんとレッドゾーンは11000回転から。さらにトップギアは6速だ。781ccは思えないゆと
りが、ロングツーリングを快適にする。そして、このマシン最大の特徴に気づいた。アルミツインチューブのダイヤモンドフレームが生み出す、圧倒的な高剛性さ。ハイスピードで走っていても、まるでぶれない。中心に図太い芯が入ったような乗り味はいままでに体感したことがない頼もしさだった。
高速道路で長距離走行に適したマシンだということが分かり、下道に降りて峠を走ると、別の顔を見せた。エンジンはCB400SFなどでもおなじみのHYPER V TECを搭載。低中回転域では2バルブ、高回転域では4バルブで、巡航時は燃費性能に貢献しながら、トルクとレスポンスを向上。
V4ならではの力強い加速フィールは発進時、低中速域そして高速道路の追い抜きまで、どこをとっても力強く、人間の反射神経・運動神経で完璧に操るのは無理なんじゃないか、とさえ思ってしまった。誰が乗っても速く走れるマシンでありながら、乗り手の腕をシビアに問う。ロングクルーズを得意とするアドベンチャーモデルで、かつ「走りを極めたい」という気持ちが込み上げてくる車種はそうないだろう。
今モデルからトルクコントロールシステムが搭載されたのも大きい。下北半島は山道に入ると舗装路が突然フラットダートになることがしばしばあった。通常のオンロードバイクでは神経を使う道も、このマシンではへっちゃら。後輪が滑りそうなとき、トルコンが介入し、ググッと的確に地面を捉え、前へ前へと押し出してくれた。
近年、同カテゴリーのマシンが各社から販売されているなかで、どれを選べば最良か悩んでいる方も多いと思う。
VFR800Xは「日本中の名道を走りたい」と志すエキスパート向きだ。日本でのツーリングなら走っても1日1000km。そのくらいなら充分に走れる快適性を持つ。体格や環境に合わないリッターオーバーを無理して乗るのなら、ぴったりのポジションで小回りも利き、街中も走りやすいこのサイズを選ぶことが賢明だと思う。
近未来感のあるデザイン。ヘッドライトはLEDで非常に明るく広範囲を照らす。唯一、気がかりだったのは倒したら簡単に折れそうなウインカーとダートで大きめの石に乗り越えようとしたときに直撃しそうなラジエーター。ハードな林道走行は控えたほうがよさそうだ
本州最北端の旅を最高のものにするなら、ここは外せない!
おおま温泉海峡保養センター
マグロはもちろんA5ランクの大間牛も!
1泊2食付き:6,800円?
日帰り入浴:380円(利用時間:8時?21時)
所在地:青森県下北郡大間町大間内山48-1
TEL:0175-37-4334
津軽海峡フェリー
大間から函館へ1時間30分の船旅
通常期(1日2便)
平成27年5月7日~7月17日、21日~31日、
8月18日~9月18日、9月24日~10月31日
・大間発→函館着 7:00→8:30/14:10→15:40
・函館発→大間着 9:10→10:40/16:30→18:00
特別期(1日3便)
平成27年7月18日~7月20日、8月1日~17日、9月19日~23日
・大間発→函館着 6:50→8:20/11:40→13:10/17:00→18:30
・函館発→大間着 9:10→10:40/14:30→16:00/19:30→21:00
運賃(シートグレード・時期で異なる)
旅客:1,810円?/125cc以下:1,230円~/
750cc未満:1,640円~/750cc以上:2,060円~
大間崎テントサイト
本州最北端から徒歩2分、大間の風を浴びる無料キャンプ場
料金:無料
青森県下北郡大間町大字大間字大間平17-1
TEL:0175-37-2111
尻屋崎
下北の最果て感が際立つ地、寒立馬とお散歩しよう!
青森県下北郡東通村尻屋
TEL:0175-27-2111(東通村つくり育てる農林水産課)
ぬいどう食堂
海峡ラインを走って絶品格安の海鮮丼をぜひ
営業時間:10時30分?17時
無休
青森県下北郡佐井村大字長後字福浦川目15-1
TEL:0175-38-5865