日本市場に特化した開発を行うナイトロンのショックユニット
取材協力・写真/ナイトロンジャパン  撮影/富樫秀明  取材・文/中村友彦  構成/バイクブロス・マガジンズ
掲載日/2018年2月14日

近年の日本のアフターマーケット市場では、多種多様なショックユニットが販売されている。そんな中でイギリス生まれのナイトロンが、多くのライダーから支持を集めている理由はどこにあるのだろうか? その答えを知るべく、ナイトロンジャパンの代表を務める井上浩伸さんに、同社の開発方針と各製品の魅力を聞いてみることにした。

日本の道路事情と日本人の体格を考慮して
アッセンブル in ジャパンという手法を導入

足まわりのスペシャリストにして、テクニクスの代表として知られる井上浩伸さんが、2005年に創設した『ナイトロンジャパン』は、その名が示す通り、ナイトロン製ショックユニットの輸入販売を行う会社である。ただし、同社はいわゆる普通のインポーターではない。イギリスの本社から輸入しているのは、ショックユニットの完成品ではなく、ショックユニットを構成する多種多様なパーツ群で、製作とセットアップに関するすべての作業は、ナイトロンジャパンが行っているのだ。

日本市場に特化した開発を行うナイトロンのショックユニット

1990年代にバイクショップでメカニックとしての修業を積んだ井上浩伸さんは、2002年に多種多様なメーカーの製品を取り扱う、サスペンション専門店の『テクニクス』をオープン。そこで得たノウハウを基盤として2005年に『ナイトロンジャパン』を創設した。

井上「日本ですべての作業を行う理由は、日本の道路事情と日本人の体格にマッチした、日本仕様のショックを作るためです。もっとも大前提として、私がナイトロンを取り扱おうと思った背景には、このメーカーならではの品質の高さやセッティングパーツの豊富さがありますが、やっぱりイギリスを含めたヨーロッパと日本では、ショックに求められる特性が異なりますからね。

具体的な話をするなら、海外で生産されるショックは、高めのスピードレンジと体格が大きめのライダーを想定しているので、日本では硬さを感じるケースが少なくない。だから当社では“アッセンブル in ジャパン”というスタイルを導入しているのです」

日本市場に特化した開発を行うナイトロンのショックユニット

ファクトリー内で組み立て作業に入る直前のナイトロン製リアショック。各パーツの上に並んでいる4枚の紙は、スプリングレートや標準プリロード、ダンパー部に用いるシムの枚数などが書かれた仕様書で、この仕様書はショックを出荷した後も保存。

日本市場に特化した開発を行うナイトロンのショックユニット

ボディチューブをバイスで固定したうえで、倒立状態で組み立てるのが、ナイトロンジャパンがダンパーボディを製作する際の基本。写真でボディチューブ内に入ろうとしている部分には、ダンパーの要となるメインピストン+積層式シムが装着されている。

日本市場に特化した開発を行うナイトロンのショックユニット

オイルの流量を決定するメインピストンは、メーカーの個性が表れるパーツ。写真はいずれもナイトロン製で、左端はレースプロ用のφ46mm、上はR3/R2/R1用のφ40mm。その他の2つはφ36mmで、ツインショック用(右)とミニバイク用(下)。

井上さんが生み出したスタイルは、ユーザーにとっては嬉しい副産物をもたらすこととなった。例えば、足つき性に優れるローダウン仕様や、サーキットに特化したハードな仕様が欲しいと思った場合、一般的な海外製リアショックは、プラス数万円の費用が必要になるのだが、ナイトロンはショックの購入時であれば、標準価格で自分好みの仕様が作れるのだ。

井上「言ってみれば、日本仕様をさらに突き詰めたオーダーメイドです。もちろん、そういったオーダーに対応できるのは、当社にショックをメンテナンス・チューニングする設備が整っているからですが、本社がパーツ単体での供給をしてくれなかったら、現在のスタイルは構築できなかったでしょう。なおオーダーメイドと言うと、敷居が高く感じる人がいるようですが、実際の注文時に専門用語を使う必要は一切ありません。“足つき性をよくしたい”、“サーキットがメイン”といった感じで、率直な目的を伝えていただければO.K.です。当社にはこれまでに蓄積したデータが山ほどあるので、どんな仕様にも対応できる態勢が整っているんですよ」

日本市場に特化した開発を行うナイトロンのショックユニット

ベーシックモデルのR1は、リザーバータンクを本体に内蔵するものの、アルミ削り出しのトップキャップや引き抜き工法で製作するボディチューブなど、基本構成は他のモデルと共通。調整機構は、車高(ショック長)、プリロード、伸び側ダンパーの3種。

日本市場に特化した開発を行うナイトロンのショックユニット

ナイトロンのミドルレンジを支えるR2は、オイル容量の拡大を実現するリザーバータンクを装備。写真のリザーバータンクはガンタイプだが、モデルによってはピギーバックタイプやホース接続式となる。調整機構はR1の3種に圧側ダンパーを加えた4種。

日本市場に特化した開発を行うナイトロンのショックユニット

上級モデルのR3の特徴は、低速と高速の2系統に分かれた圧側ダンパーアジャスターを導入していること。もちろん、車高、プリロード、伸び側ダンパーも調整可能。なお各モデルのプリロードアジャスターは手動式が標準だが、オプションで油圧式も設定。

日本市場に特化した開発を行うナイトロンのショックユニット

ツインショックは、リザーバータンク付きでフルアジャスタブルのR3:16万5,000円と、ベーシック仕様となるR1:9万8,000円(いずれも税別)の2種類。2015年からはボディカラーをブラックとし、ダンパーロッドにDLCを施したステルスツインも販売。

ユーザーの細かな要望に応えるべく、さまざまなグレードを設定しているのもナイトロンの特徴で、例えばオンロード用モノショックは、R3(13万9,000円~)、R2(12万9,000円~)、R1(9万5,000円~)に加えて、サーキットに特化したレースプロ(15万8,000円~)を準備(※価格はいずれも税別)。どのモデルを選ぶかはユーザーの使い方と懐事情によりけりだが、井上さんは必ずしも高価なモデルを推奨しているわけではない。

井上「ナイトロンならではの上質な乗り心地やハンドリングが満喫できることは、どのモデルも一緒ですからね。と言っても、セッティング幅の広さは価格の高さに比例しますが、ツーリングや街乗りがメインのライダーなら、ベーシック仕様のR1でも不満を感じることはないと思います。ちなみに、アジャスト機構を簡略化すれば、さらに安いモデルを作ることは可能ですが、ナイトロンはユーザー全員に“ショックいじり”を楽しんで欲しいと考えているので、R1にも必要最低限の装備として、車高とプリロード、伸び側ダンパーの調整機能を導入しています」

ノーマルショックの資質を多方面から解析したうえで
理想のスプリングレートとダンパー特性を追求する

ナイトロンジャパンの最新作は、1月初頭から発売が始まったカワサキ・Z900RS用のリアショック、R3/R2/R1シリーズ。もちろんこの製品も既存の同社製ショックと同じく、日本仕様としての開発が行われている。

日本市場に特化した開発を行うナイトロンのショックユニット

ナイトロンジャパンが開発したカワサキ・Z900RS用リアショックの価格は、R3:18万1,000円、R2:17万1,000円、R1:9万5,000円で(いずれも税別)、R3とR2は油圧式プリロードアジャスターを標準装備。スプリングの色はタイタニアムブラックも選択できる。

井上「新型車用のショックを開発するときは、まずはノーマルで徹底的な走り込みを行います。テストライダーの主役は、レース経験が豊富なスタッフの中木ですが、私を含めて、できるだけ多くのスタッフがノーマルを体験し、その後は試乗した全員で意見交換です。Z900RSの場合は、重心が高い、前後ショックのバランスがいまひとつ、フロントは初期が硬い、などという意見が出てきて、リアショックに関しては、ストロークの奥で動きが悪くなる、圧側ダンパーの存在感が希薄、という見解で一致しました。ここまでが第一段階で、続いて第二段階として行うのは、ノーマルリアショックの解析ですね。スプリングテスターとダンピングテスターで調べれば、我々が不満を感じた理由がわかるんですよ」

日本市場に特化した開発を行うナイトロンのショックユニット

ダンピングテスター(ショックダイノ)を用いて、ノーマルリアショックの素性を解析しているところ。左がテスター本体で、右のPCにグラフ化された圧側/伸び側ダンパーの利き方が表示される。もちろん、ナイトロン製ショックでも同様の解析を行う。

日本市場に特化した開発を行うナイトロンのショックユニット

緑の線がノーマルリアショック、赤い線がナイトロンのダンパー特性。縦軸の「0」から上が圧側、下が伸び側で、横軸はストロークスピードによるダンパーの変化を示している。ノーマルは圧側の極低速域でダンピングの立ち上がりが若干強い一方で、以降は全域で弱い印象。伸び側も描くカーブの繋がり方が、低速~中速域に掛けて理想的とは言えない。

日本市場に特化した開発を行うナイトロンのショックユニット

スプリングテスターで解析したデータも、緑がノーマルで赤がナイトロン。このデータを見ると、ナイトロンの初期の硬さが気になるかもしれないが、ナイトロンはノーマルより初期荷重を少なく設定するので、乗車感はむしろノーマルより柔らかい印象。

図を見ていただければわかるように、Z900RSのノーマルリアショックは、スプリングがシングルレートであるにも関わらず、ストロークの奥でかなり硬くなっているし、全域でダンピングが希薄な圧側ダンパーは調整機構を備えていない。また、伸び側ダンパーに関しては低速~中間域で適度に効いている一方で、高速域でのダンピングの立ち上がりは弱くなる傾向。そしてこのデータをベースにして開発方針が決まったら、次の第三段階ではいよいよナイトロンが登場する。

井上「第三段階は第二段階と同じく、ファクトリー内での作業です。スプリングはレートが安定しているナイトロン製を使えば、早い段階で適正品が見つかりますが、ダンパーについては、組んでは計測、組んでは計測の繰り返しです。なおZ900RSのように、フロントフォークの動きにも違和感を覚えた場合は、できることなら前後ショックの仕様変更を同時に行いたいですが、そうするとコストが上がってしまうので、基本的に当社のリアショックは、ノーマルのフロントフォーク、ノーマルの車体に合わせることを前提にして製作しています。

日本市場に特化した開発を行うナイトロンのショックユニット

Z900RS用リアショックのセットアップを進めている最中のヒトコマ。車体の後ろで手振りを交えながら意見を述べているのが、豊富なレース経験を誇る中木さんで、その意見を書き留めているのは、多種多様なショックに精通するメカニックの土田さん。

データ上で理想的な特性が実現できたら、第四段階は再び、スタッフ全員での走り込みですね。すべての行程の中で、この実走行テストに最も時間を費やします。ハンドリングに影響を及ぼす前後の車体姿勢はどうか? 前後サスペンションの作動感のバランスは? ギャップの吸収性は? 車体の安定感は? タイヤの接地感は十分に感じられるか? など、走ってみないとわからないことはたくさんありますから、一つ一つ確認して自分たちが納得いくまで調整を繰り返します。その際には、一般ライダーの普段使いを想像し、また意識してセットアップしていきます。このあたりが、ナイトロンが日本仕様と自身を持って言える最大のポイントです。

もちろん、ここでセットアップだけでは解決出来ない問題が生じた場合は、第三段階に戻ってスプリングレートやダンパー特性を再検討します。走り込みのメインステージはストリートですが、ハイスピード領域での挙動を確認するため、第四段階ではサーキットランも行います。ストリートからサーキットまでテストし、普段使いからスポーツ走行まで、幅広いシチュエーションで満足できるショックが出来れば、テストは終了して製品化となります」

何とも手間のかかる手法ではあるけれど、ここまで実直な作り込みを行っているからこそ、ナイトロンのショックユニットは、日本市場で絶大な支持を集めることができたのだろう。

井上「アフターマーケット製のショックと言うと“ノーマルに不満を感じない”、“自分の腕じゃ分からない”などという人がいますが、ナイトロンならノーマルとの違いが確実に体感できるし、その結果として新しい世界が開けると思いますよ。いずれにしても前後ショックに関することなら、当社は万全の態勢を整えていますので、どんなことでも気軽に相談して欲しいですね」

BRAND INFORMATION

住所/埼玉県春日部市永沼652-1
電話/048-812-5906
営業/9:00-19:00
定休/日曜、祝日
2005年に活動を開始したナイトロンジャパンは、これまでに数百種類の日本仕様を製作している。自分好みの仕様が気軽にオーダーできる同社の製品は、レースの世界でも絶大な支持を獲得。なおナイトロンジャパンのショールム/ファクトリーは、サスペンションプロショップのテクニクスと同じ敷地内で、一部のスペースを共有している。