
サイドカーというと、車の流れに合わせゆったりと走行する......というイメージを持つ方も多いかもしれない。しかし、今年で75周年を迎えたIMZ社製「ウラル」のサイドカーは、ひと味もふた味も違う。元々は軍用車をルーツに持つウラルは、OHVという昔ながらの機構をじっくりと煮詰めたボクサーエンジンを抱き、アメリカをはじめ、世界各国で根強く愛され続けている。ソロのモーターサイクルに、サイドカーが後付けされているのではなく、サイドカー専用車として設計されており、サイドカー側の車輪も駆動するパートタイムの2WDを備えることで、悪路での走破性を高めている点も大きな魅力だ。今回は同社のフラッグシップモデルである、ウラル Gear Upのインプレッションをお送りする。
取材に同行してくださったのは、ウラル・ジャパンの代表取締役である、ボリヒン・ブラジスラーフ氏(以下 ブラド氏)。大学では日本語を専攻されていたこともあり、美しい日本語を話す人物だ。10代の頃、親から反対されつつも内緒でモーターサイクルを購入してしまったというエピソードに、思わず親近感を持つのは筆者だけではないはず。大自然に恵まれたロシア出身ということで、自ずとオフロードを走ることも多く、スポーツバイクも大好きだという、生粋のモーターサイクルファンだ。
ブラド氏が操縦するウラル Gear Upに乗り込み、我々は京都の山奥へと向かった。サイドカー(側車)から見る景色は、バイクとも、車とも違う。発進の際に、水平対向エンジンからの柔らかい振動を感じながら、前へと送り出される感覚が新鮮で胸が弾んだ。信号を待つ間に言葉を交わすこともあるが、走行中には別々の乗り物に乗っているので、一人の世界観に包まれる。ソロのバイクに乗っているのとも、車に同乗しているのとも違う、運転者とパッセンジャーとの不思議な距離感が印象的だった。
ブラド氏の運転するサイドカーは、車線のやや左側を走っていることにふと気が付いた。その時は単に氏の癖なのかと思っていたが、実際に自分が操縦してみると、その理由が分かった。サイドカーの特性として、スロットルを開けるとサイドカー方向へ、すなわち右斜め前方に車体が進んでいこうとするのだ。しかし慌てずとも、自然に体が反応し、ハンドル操作によってその動きを調整しようとする。バイクに乗られる方であれば、その感覚にはすぐに慣れるだろう。このGear Upは2WD用のドライブシャフトを備えるため、サイドカーが本車の右側に装着されている。そのため発進時や加速時は、道路の中央側へとマシンが進もうとする。このことから、自ずと車線の左寄りを走行する癖が付きやすいのかもしれない。また、エンジンブレーキの際は、逆に本車側の方向に進もうとするので、加減速時にもサイドカーならでは味わいがある。
コーナリングでは、ハンドルを右に、左にと意識的に操作する必要がある。身近なところでは、子供が乗っている3輪車と同じ操作感覚なのだろう。左回りの時は体も左に、右回りの時は右に、と自ずと体が動く。山道の連続カーブでは、どの程度の速度でコーナーを曲がれるのか、その塩梅を探る楽しみもあった。バイクの感覚で、すんなりと走らせることは出来るが、上手に操るには別の経験値が必要な乗り物、それがサイドカーなのだと実感した。
ウラルのGear Upが装備している2WDはパートタイム駆動であり、後輪のハブからロッドを介して、前方に伸びているレバーでオン・オフの操作を行う。デフを持たないため、サイドカーの車輪も本車の後輪と同じ回転をする。未舗装路で2WDを試してみると、その差にあっと驚いた。旋回しようと1WDと同じ様にハンドルを軽く操作しても、グングンと直進していこうとするのだ! その頑固さを抑えつけるようにして操作する必要があり、これは中々の力仕事だ。少し速度を上げて力任せに曲がろうとしようものなら、カーブに合わせてそれぞれのタイヤがまるでドリフト走行の様にスリップしていることが分かる。一般の舗装路ではこの2WD機構を使う必要が無い、というよりも2WDのまま舗装路を走ることは困難だろう。冬の気配を感じる、よく冷え込む山中での取材だったが、2WDモードで走行していると、まるでエクササイズをしているかのように汗ばんでしまうほど。オフロードであえてタイヤを滑らせながら豪快に走ることも、2WDならではの遊びとして病みつきになる方もいるに違いない。また、起伏のあるオフロードの登り坂をものともせずにグイグイと登ってくれる様には、2WDの醍醐味を大いに感じることが出来た。そしてスリッピーな茂みに入ってしまった際の後退時にも、2WDを使用することでスムーズに抜け出すことができた場面もあった。ロングツーリング中、ふと目に入ったオフロードにふらりと寄り道。そこで出会った景色の中で至福の一服......という姿を想像してしまう。サイドカーのイメージを、良い意味でひっくり返してくれたウラル Gear Up。サイドカー、そして2WDならではのアドベンチャーに、じっくりと出かけてみたいものだ。
大阪のショールームではこのGear Upを試乗することが可能だ。この渋いアスファルトカラーが一番人気だという。ススキが生い茂る中に駐車し、このマシンを俯瞰してみると、その頼もしい存在感、まるで「基地」としてオーナーを待ってくれている堂々とした姿に心惹かれるものがあった。また、本車のブレーキペダル後方に備えられるバックギアの使い勝手も良く、手でも足でも操作が可能。もちろんパーキングブレーキも装備。