
取材協力:Gravel crew 取材・文・写真/モリアン 構成/ストリートライド編集部
掲載日/2012年6月20日
先日開催されたカスタムバイクショー「JOINT’S」において、ベスト・ドメスティック賞に輝いたこのW650は、この角度から見るとシンプルさが際立つように思う。
グラベルクルーのファクトリーは、都会にあるカスタムショップに比べると、かなり広い。店内は各ブースごとに仕切られていて、効率の良い仕事ができるよう、考えられているのだ。
独特の造形美とアイデンティティ
グラベルクルー太田達也のセンスとは
グラベルクルーは、三重県の桑名市にある。桑名と大垣を結ぶ国道258号沿い。そのまま南下すると伊勢湾岸自動車道の湾岸桑名インターに直結するルートだ。
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桑名は、遠く江戸時代には名古屋の熱田と東海道唯一の海路で結んだ宿場町である。その面影は街の各所に残っていて、近年では往時の雰囲気を再現させる街並みの再生活動も盛んな町でもある。なぜこの桑名という町の歴史や風情が気になったのかというと、ビルダーである太田さんの作り出すどれもが、やけに日本的な美意識が働いているように思えたからだ。それはただ和風というひとくくりにはできない、もっと深みのある味わい。独自の美しさを醸し出しているのである。
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元々日本人は、どの時代でも様々な文化を吸収し、独自の方法で変化させつつオリジナリティを模索することが得意な国民だ。そしてそれは、大規模なプロジェクトやビッグカンパニーの元ではなく、個人やグループでの活動が文化に発展していく可能性が大きい。古くからある能や狂言、歌舞伎といった芸能も、元をたどればごく少数のグループや民衆から発展したもの。漆器や陶芸なども同じく、ビッグカンパニーに文化の源流はない。千年立つ寺社は、たった一人の宮大工が成し得た技をその弟子が引き継ぎ、伝統の舞いや民謡などには、サンプルや楽譜など存在しない。これが、日本人が潔いと感じる「粋」というものではないだろうか。
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グラベルクルーが送り出すカスタムバイクの多くは、国産モデルをベースとしたもの。造形美として太田さんの感性が認めた車種に限ってカスタマイズされている。そのどれもが、虚飾を排したシンプルなシルエットで製作され、見る者を圧倒する。機能美に溢れたそのテイストは、ベース車の中に眠っていた本来の美しさを彼の手によって引き出されてしまったようなものでもある。なぜ、これほどまでにストレートで繊細なのか。その秘密はどこにあるのだろうか。
金属加工を徹底的に追及してこそ、カスタムバイクの個性を引き出すことができる。入念な加工は、太田さんの得意分野である。
太田達也さん。16歳からバイク乗り。最初に乗ったヤマハのRX50もチョッパーに改造。その記念すべき1台もお店の天井に存在する。
自分が大好きなスタイルを追及すると同時に
街のバイクショップとしても機能したい
太田さんの少年時代はやんちゃだった。とにかく乗り物好きだが、そのまま乗らずに改造マニア。当時からフレームを切ってしまうような大胆なチャレンジは行っていたと笑う。クルマも大好きだから、就職したのはクルマ屋で、旧車を専門に扱うショップだったが、販売中心だったためにビルダーとしての腕は仕事先以外で培ったという。9年勤め上げて独立。
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「28歳で独立するって決めていたんです。どんな形でも自分で始めようってね。最初は50ccのソフトバイクを再生して売ったり、ポンコツ再生業みたいなことがメインだったけど、自分なりのカスタムはやりましたね。基本的なテイストはずっと変わらないんですよ。だんだん洗練されてきたとは思いますけど」
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オープンして5年は自転車操業の毎日。現在は10年目を過ぎてさらなる飛躍を目指す日々だ。しかし太田さんは、ビルダーとしての自分と、街のバイクショップとして、中古車も売るグラベルクルーの両方が必要だと力説する。普通のバイク乗りをサポートしなくては、その先などないというのが彼の考え方なのである。
JOINT’Sでベスト・ドメスティック賞は、日本一の称号である
KAWASAKI W650
どこを見ても徹底的にシンプルでナローな車体。色合いはブラウン系でシックである。最新のWでもここまでできるという、良い見本になりうる孤高の存在と言える。
排気系を右サイドに集中させたことで、よりいっそう華奢で繊細なイメージ漂う、左サイドのスタイル。エンジンのインパクトはこちら側も強い。
ハンドルの取り付け方法は、クランプではなく、パイプの溶接。トップブリッジの下側から取り付けられている。シンプルの極みはこの部分かもしれない。
ヘッドライトは、トラクターライトにハイとローの切り替え機能を持たせた。フロントフォークのカバーはオリジナルで製作。クラシカルな印象をより強調する。
キャブレターはケイヒンのCRをチョイスした。まだ正確なセッティングは詰められていない。スポーティだが、クラシカル。エンジンのルックスとも好バランス。
エンジンはノーマル。吸排気系のモディファイで、充分なトルク特性を得られるはずだ。マフラーはもちろんワンオフ製作されたオリジナル。絶妙の曲線美を作り出す。
シートもワンオフ。表皮にはエイの革をミックスして使用。リアハブとスイングアームはノーマルベース。テールランプはユニディを使用する。
ホイールは16インチ。リムはニッケルメッキのスチール製で、スポークはワンオフ製作。ハブに色を入れるのは、このショップの大きな特徴である。
フロントホイールも16インチ。タイヤはチェンシンのマキシスを使用する。ハブはヤマハのSR250用を穴開け加工。良く使うアイテムなのである。
とても珍しいツインのDOHCエンジンが特徴
HONDA CB500T
ホンダが、打倒トライアンフという目的で作り上げたツインカム450ccエンジンの発展版。最後はジェントルなモデルとなったTをベースにモディファイされたカスタム。
まるで1960年代のホンダレーサーを思い出させる外観をもつエンジンは、実際に良く回り、機能美に溢れている。左サイドビューも美しい外観となる。
小型のヘッドライトは、CEVのリムにワンオフボディを合体させたもの。シンプルだが、どこか愛嬌のある外観でもある。ガソリンタンクのデザインにも共通性を持たせる。
フロントフォークとステアリングステム、トップブリッジ共にカワサキのエストレヤ用を使用する。コンパクトなハンドルバーはクランプで固定。シンプルな外観である。
空例ツインカムエンジンで、ここまでクラシカルな外観のものは、このシリーズ唯一の特徴だろう。当時のスーパースポーツだが、限りなくトラディショナルだ。
リアハブはノーマルのままアイボリーに塗装し、ブレーキパネルはポリッシュ仕上げ。リムはアルミ製で16インチである。
ハンドルをシンプルな外観にすべく、クラッチは足動のスーサイドタイプ、ハンドチェンジ仕様とする。シフトノブにハコスカGTR用をチョイスするのは、シャレだという。
ワンオフ製作されたシート。表皮はエイの革で、センターにある白い模様は、エイのオリジナルのまま。ザラザラとした質感が大きな特徴で、W650にも使用されている。
最も得意とするSRなら、現実感も絶大だ
YAMAHA SR400
最も製作率が高いモデルがSR400ベースのカスタムだ。ノウハウも豊富で、微妙なリクエストにも答えやすく、メンテナンスも問題ない。導入モデルとして、お勧めである。
バランスの良いスタイルは、グラベルクルー定番のもの。シングルエンジン、キックスタートオンリーのSRは、やはりカスタムしやすいモデルの筆頭である。
ヘッドライトはコニティのレプリカモデル。クロームメッキされた外観が特徴で定番のスタイルで人気がある。もちろん上下切り替え式。ハンドルクランプはノーマルである。
ステップは、なんとフォワードコントロールとして、ライディングポジションはチョッパーライクなものとなる。個性的なライドフィールがこのモデルの個性なのだ。
ガソリンタンクはマスタングタイプ。ロングフォークチョッパーに装着するのが定番のタンクをツートンに塗る。全体のシルエットが小振りな印象である。
フロントホイールは19インチ。ハブはノーマルなので、スポークをワンオフ製作して19インチ化している。ハンドリングが穏やかになり、安定した走行性能を確保する。
シートはワンオフ製作。短いフラットフェンダーを装着して、ナンバーとテールライトは車体の左サイドに移設した。
エンジンはノーマル。マフラーはシンプルな形状でワンオフ製作したものである。スリムな車体に沿うような形状。エンドまで同じ太さのパイプであるのが特徴だ。
リアホイールはノーマルハブを使用した16インチに変更。ファットタイヤ装着で、外径はノーマルとほとんど変化なし。スイングアームエンドにウインカーが付く。
空例2ストオフローダーがベース車両
YAMAHA DT250
なんとも個性的なシルエット。70年代後半のオフロードモデルがベースなのだが、ここまでイメージチェンジしてしまうとは驚きである。
リアサスの方式はカンチレバー式と言って、当時のヤマハのお家芸。機能美としても優秀なので、スイングアームもそのまま流用。ユニークなフレームワークを見せる。
ホイールもスイングアームもノーマルのままなので、このアングルから見ると、元々がオフロードモデルだったことが垣間見える。ハブをクリームに塗るのは、このお店のお家芸。
放射フィンを持つ空例シングルの2サイクルエンジン。フィンに切り欠きがあるのは、元々ここにはマフラーが通っていたからなのだ。
シートレールとシートはセットでワンオフ製作。リアサスはチョイスに苦労したスクーター用だが、バネレートが少し柔らかすぎるという。要調整ポイントである。
ヤマハのカンチレバー以前は、英国ビンセントに、その使用例がある。車体をシンプルにでき、高機能性を持ったリアサスなので、当時は空飛ぶサスペンションの異名もあった。
フロントホイールはH型リムを使用した19インチを採用。ハブはノーマルでスポークはワンオフ製作。フロントフォークはTW200用を流用している。
チャンバーはダウンタイプをオリジナル製作した。エンジンはノーマルだが、パンチのある加速感が魅力。独特のエキゾーストノートは、大きな魅力でもある。
小振りなハンドルバーはクランプで装着。ヘッドライトはユニディ。グースネック化されたフレームに、最高のバランスで演出されている。
バイクに乗る人も乗らない人からも
「きれいだね」と言われたい。
4台のカスタム車両を順番に撮影していると、急に見知らぬ人から声がかかった。「きれいですね。私も写真撮って良いかしら」
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振り向くと、そこにいたのは品の良い初老の女性である。もちろんバイクに乗れそうな雰囲気はどこにもなく、ごく自然な普通の方だった。彼女はコンパクトカメラをバッグから取り出して数枚撮影すると、さらに様々な方向からカスタムバイクを観察して、「どうもありがとう」と笑顔を残して去って行ったのだ。
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「いいですね。すごく嬉しい。バイクにまったく興味がないはずの人にもキレイだって言ってもらえるようなカスタムが昔から作りたかったんで、本当に嬉しいですよ。人生経験豊富な女性が美しいと言うのは、最高の賛辞だと思いますから」
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撮影場所に選んだのは、桑名と言う街を象徴している七里の渡し跡のほど近く。古いレンガ倉庫の前で、ショップのスタッフも好んで写真を撮影するエリアである。そこは、日本が本当に日本そのものだった時代に繁栄し、今またその時代の面影を復興させている場所なのだ。グラベルクルーのカスタムは、そんなシチュエーションに程よくマッチして、違和感を持つことがないのである。
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美しい造形とは、そのカテゴリーに関わらず共通のオーラを放つものだ。この先、数多くのカスタムを発進させるこのショップの未来には、大きな期待と可能性を感じる。そしてそれは、「粋」な日本オリジナルとして、さらに定着していくことだろう。