
取材協力/AN-BU 取材・文・写真/モリアン 構成/ストリートライド編集部
掲載日/2012年7月31日
AN-BUは、幹線道路から1本外れたところにファクトリーがある。名古屋市内の守山区。名古屋で最も遅く区として設定されたこのあたりは、元々は農地で、側を流れる矢田川や庄内川に沿って宅地と小さな工場が立ち並んでいった地域である。
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代表の藤田浩一さんは、父親から現在の工場を受け継いだ。元々、「萩自動車」という自動車整備工場で、藤田さんのメカニックとしてのキャリアは、父親を手伝うということからスタートしている。だからAN-BUは現在でもクルマのメンテナンスやカスタムも引き受ける。バイクショップとは別の顔も、持っているのである。
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藤田さんが作り上げるバイクカスタムは、独特の重厚感を醸し出す。それはクルマ屋としての感性が表現されているのかもしれない。樹脂パーツを駆使しても、なぜか金属の匂いがする。無国籍で、特別な世界観を表現しているものばかりなのだ。バイクというより、オートバイという表現が良く似合う。とてもクラシカルで油の匂いが漂ってきそうな男臭さがあるのだ。ピカピカに磨くことがタブーに感じるほど荒削りなシルエット。今回は、そんなこのショップをレポートしたいと思う。
「オートバイは、スピード感ですよ」と藤田さんは言う。絶対的な速度を求めれば、最新のバイクに乗れば良い。でもそれはカスタムという世界で表現するものではない。ストリートバイクをモディファイする理由は、もっと、メンタルなことにインパクトを与えて、バイクを操るライダーを満足させること。そこにビルダーは情熱を傾けるべきだと考える。だから「スピード感」は最も大切なファクターなのである。
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藤田さんは、以前レーシングドライバーだった過去を持つ人でもある。フォーミュラーカーに乗り、優勝経験もあるドライバーだった。基本的に同じクルマで争われるカテゴリーで優位に立つには、微妙なボディワークやエンジンのファインセッティングが必要だ。ドライバーとして関わったレーシングチームの中で、マシンビルドの重要性をとことん学んだ経験がある。だからこそ、現在のショップでほとんどの作業を自分でこなすスキルが養われたということなのだ。藤田さんのスピリッツには、フォーミュラーレーシングカーのノウハウが叩きこまれているのである。
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ショップには重整備や金属加工に不可欠な道具が数多く置いてある。古い形式の大きな旋盤のことを尋ねると、「僕のフォーミュラーをセッティングしていたメカが使っていたのと同じ機械なんだ」と聞かせてくれた。
製造メーカーも存在しない古い機械。でもそれを操作する藤田さんの手は、機械と一体になっていく。ビルダーとは、そういう人のことを指すのであろう。独特のアイデアから生み出されたパーツは、数々のオリジナル商品としても出荷されている。基本的にボルトオンで装着できるように設計されたパーツは、すべてこのファクトリーから生み出されたものなのだ。
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「僕が乗っている古いヤマハのGXが実験台みたいなものですかね。最初はトラッカーみたいなスタイルだったけど、カフェレーサーやチョッパーにもなる。いつも自分で乗って確かめるんですよ。楽しく思えないもの売っても意味ないからね」
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現在のGXはフルカウルを纏ったカフェレーサースタイルだ。とても小振りなアッパーカウルは基本的にスクリーンレス仕様。本当のレースをするわけではないがスピード感にこだわると、このシルエットが完成したという。オリジナルテイスト溢れたシルエットに仕上がっていて、走行するシーンは疾走感に溢れている。
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イメージの源流は、第二次大戦から1950年代の戦闘機や爆撃機といった航空機であるという。戦争は悲惨だが、そこに使われる道具の他を寄せ付けない迫力と説得力は、大きな魅力であることは事実である。特に日本の航空機は、工芸品のような美しさを持っているし、アメリカ製は類を見ない迫力があるものだ。藤田さんが生み出すカスタムバイクが無国籍に感じるのは、双方の要素がうまくミキシングされているからなのかもしれない。
オーナーは、若いころにはかなりサーキットを走っていた経験もあり、レーサーレプリカやビッグスクーターに乗った後、数年のブランクを経て、このSRに乗ることになった。サーキットよりも一般道を快適にスポーティに走りたいと言う願望と、他にない独特のかっこ良さを感じるAN-BUのカスタムに惚れて藤田氏に発注。満足の仕上がりに走行距離も伸びているという。
現在、AN-BUのオリジナル商品として販売されているBALLEロケットカウル。その新型ロケットカウルの試作車として製作された第一号がこのSR400である。
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元々レース好きだったオーナーの使い方を考慮して、走り重視の峠仕様。徹底的に足回りを強化した車体はハンドリングも軽く、スポーティな仕上がりを見せている。それでも現代的なシルエットとはならないのがこのショップのオリジナリティだ。あくまで想定するシーンはストリートなのである。それを理解しているオーナーも満足の出来栄えというカスタムなのだ。
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SRらしさを残すためにガソリンタンクはノーマルである。そこに黒ゲルコート仕様のままスクリーンレスのロケットカウルを装着し、前輪には倒立フォーク、後輪にはプログレッシブのリアサスユニットを装備した。ホイールはヤマハのTZR用をフロント、FZR用をリアにチョイスする。ブレーキやトリプルツリーも同様の仕様で車体を軽量化し、走行性能を上げた。エンジンはノーマルのままで吸排気をモディファイしただけ。これは藤田氏の「あくまでストリート仕様」という考え方が現れている部分で、車体のモディファイが最優先でエンジンは基本的にストックなのである。荒削りだが繊細さも感じる独特の雰囲気。現在の定番カスタムとなっている。
バイクをカスタムしてかわいらしく作るのはやっぱりどこか無理がある。ならばいっそのこと、男っぽさ抜群のこのショップに依頼して、かっこ良さを追求することにしたという女性オーナーの要望を、藤田氏流にアレンジしたのがこのシルエットとなった。武骨なチョッパーながら、徹底的な軽量化で女性にも乗りやすいボディに仕上げ、スリムで街中でのライディングもスムーズ。オーナーは今後、カフェレーサースタイルにも挑戦したいと言っている。
1970年のXS-1に始まりその後のTX、そして80年代の国産アメリカンを象徴する最後のXSまで、息の長いモデルだったこのヤマハ650は、現在でもカスタムベースとしてとても高い人気を保っている。極めてシンプルなルックスのOHC空例ツインエンジンはデザインも優秀だが、独特の乗り味にファンが絶えないのだ。
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このチョッパーは、女性オーナーのために制作された1台で、前後に大径ホイールを採用しながら、とてもスリムでコンパクトなシルエットを実現している。前輪はなんと23インチホイール。このサイズはホンダのXLシリーズにしか採用例がなく、タイヤもその車種専用に開発されたもの。したがって、フロントはオフロード車のようなルックスである。それに合わせてリアもまた19インチと大径。真横からのシルエットは、まるでヨーロッパのグラストラッカーか、日本のオートレーサーのようなイメージにまとめ上げられているのだ。
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大径ホイールを採用して前後のサス長を短く詰めることで、スリム&コンパクトな車体を実現。オリジナルデザインのシートも手伝って足付き性には全く問題なく、女性ユーザーでも乗りやすいチョッパーが完成した。
元々自動車修理工場だった場所が藤田さんのファクトリー。壁には「萩自動車」の看板が未だに掲げられたままだが、この看板にこそ彼のルーツがあった。
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藤田さんの生まれは名古屋市内だが、その先祖は代々山口県の萩市なのである。昔で言えば長州だ。長州と言えば明治維新をやってのけた歴史的な人物を大勢輩出したことで有名な土地である。今でも萩市の旧市街には当時のままの面影が残されていて、先人を偲ぶことができる。
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藤田さんの根底に流れる血は、そんなところにルーツがあった。「風雲児」としての独特の雰囲気や、口数の少ない男っぽさ、そして技術と仕上がりに対するこだわりの強さなど、先代が生まれ育ってきたその流れを感じないではいられない。
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「スタイルだけで走れないバイクなんて、僕は考えられない。だからフレーム加工する時も強度を徹底的に調べて計算して仕上げていきます。最終的なシルエットが荒削りなイメージなのは僕のスタイルですね。汚れてもかっこいいと感じるバイクが好きなんですよ。だからあえてハードな外観にはこだわりがあるんです。走ればどうしたって汚れるしね。飾っておくのはバイクじゃないでしょう」
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藤田さんは今日も走る。自分のGXで往復1,800kmもの日帰りツーリングを決行したこともあるという。徹底的に走って、答えをだすのが藤田流なのだ。
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幹線道路から1本奥にあるAN-BUのファクトリー。そこはアットホームなカフェのようなカスタムショップではない。製作工具の音と油の匂いが充満する特別な場所である。その中から藤田さんの作品は続々と生まれてくる。その独創性は揺るぎないものなのだ。
AN-BU
名古屋を拠点に活躍するショップで、SRやスポーツスターなど、汎用装着できる独特なパーツを開発。誰の手でも身近なカスタムを実践できる試みと、意気盛んである。オリジナリティはとても高い。
住所:愛知県名古屋市守山区天子田1-407
電話:052-776-0651
営業:月~土12~20時/日祝13~18時
定休日:第1・3日曜日
web:http://www.an-bu.jp/