伊吹山と言えば、中部圏からも関西圏からも1時間少しで行ける行楽地。夏は避暑地として、冬は近隣でウィンタースポーツを楽しめるとあって人気です。古事記には伊吹の荒神がヤマトタケルノミコトを退けた伝説があり、昔から多くの植物が自生することでも有名で、ヨモギなどの薬草を名産としているのもおもしろいところ。標高1377mとそこまで高い山ではありませんが、雄大な景色を手軽に望める場所として、多くの観光客が訪れる山です。山に登るには、ふもとから数時間をかけて登山道を上る(※2025年秋の時点でふもとからの登山道は通行止め)もしくは伊吹山ドライブウェイを走るかの2択になるのですが、バイク乗りとしては伊吹山ドライブウェイをメインディッシュとして楽しむツーリングを推したいところ。今回は名古屋から趣味のカメラを抱えてショートツーリングに行ってきました。名古屋高速を抜けて名神へ、関ヶ原ICでおりて伊吹山ドライブウェイ料金所までは、50分で到着し、秋期の道路開通8時に間に合いました。10月終盤の伊吹山麓は、20度弱で気持ちのいい朝です。


料金所を抜けると、最初は木々の間を縫うような穏やかな登りが続きます。路面は落ち着いていて、エンジンの鼓動、タイヤがアスファルトを切る感覚がハンドルを介して手のひらに返ってきます。やがて左の木立が切れて、関ケ原の平野が帯のように広がりました。刈り取り後の田が幾何学模様をつくり、遠くに家並みが薄く重なっています。そこからぐんぐん高度を上げていきます。


カーブはきつすぎず、ゆるいS字が続きます。180度ターンするような難しいコーナーは、3〜4つほどしかありません。オートバイビギナーを連れてくるにも、パートナーとタンデムで訪れるにも、適度なワインディングです。樹間が広がるにつれて、斜面の黄や橙が面になって見え始めました。路肩に風景が開ける場所では、東を向けば関ヶ原、西を向けば琵琶湖側の斜面という並びで、立ち位置を変えるだけでまったく違う景色が収まります。ここで最初の短い停車。東西を一枚ずつ撮って、再びゆっくりと発進しました。

山の中腹を過ぎると、空が少し高く感じられました。紅葉は点から帯へと移り変わり、走るごとに色の並びが整理されていくのがわかります。終盤、樹木の間隔がさらに広がり、光がまっすぐ差し込むようになります。日本の森林限界は2000m以上であることが多いのですが、ここ伊吹山はかなり低めで1000m付近で木々の姿が消えていくのです。頂上のスカイテラス伊吹山が近づくにつれて、背の低い苔のような植物だけが残る北欧のような雰囲気に変わっていきました。全行程17kmでころころと表情が変わっていくことこそ、伊吹山ドライブウェイの魅力と言えるかもしれません。


山頂駐車場に至る道の途中には、ちょっとした見晴台が設けられています。ここからは東側の濃尾平野を望み、また眼下には地元の農耕地が見えてくるのも一興。見事なスイッチバックが続く峠道と畑のおりなすコントラストが写真映えしてくれるのです。もう少し季節が進めば、ここも見事な紅葉に埋もれることでしょう。山頂は山をぐるっとまわって逆側に出るため急激に天候が変わってしまうことも。この日も、見晴台は快晴だったのですが山頂駐車場に到着する頃には荒天へと変わってしまいました。スカイテラス伊吹山からは本来琵琶湖を一望でき、時には若狭湾が望めるのですが、この日の展望は残念ながら霧に包まれていました。気温は10度付近、伊吹山をおとずれる際にはジャケットに1枚プラスできるインナーを持って行くのがいいと思います。


このスカイテラス伊吹山には、伊吹山のお土産やランチが揃っています。季節毎に限定メニューがラインアップされているのですが、今回は定番の関ヶ原たまりを使用した醤油ラーメン。透明感のあるスープは口当たりが軽く、麺はするすると入ります。どこかで食べたことのあるような、安心感が胃にやさしい一杯。湯気が立つ椀を両手で支えると、外気の冷たさがすっと引きます。売店には薬草茶や入浴剤、伊吹そばに加えて、伊吹山チュロスのような軽い甘味もあります。チュロスの細長い生地は「伊吹」の文字に組まれていて、表面の砂糖がさくりと割れます。駐車場から登山道で山頂へ上ると伊吹山寺があり御朱印がもらえるのですが、このスカイテラス伊吹山でも御朱印を頂くことができたのでちょっとチートさせてもらいました。



上りと下りで景色が違うのも伊吹山ドライブウェイのおもしろいところ。高所帯の風は短く、すすきの穂はさっきより強く揺れ、紅葉は角度が変わって別の色に見えました。耳の中に届く風切り音が一段低くなり、樹林帯に入ると、影が路面に長く伸びます。落ち葉が白線の上で薄く重なり、排気の低い響きが谷へ落ちて、少し遅れて戻ってきました。


料金所の表示が近づくころには、今日の写真の順番が頭の中で自然に並び替わっています。名古屋には午後の早い時間に戻りました。ガレージでエンジンを止め、レンズの前玉を軽く拭き、御朱印帳を棚に戻します。伊吹山ドライブウェイは、距離の長さではなく、景色の順番が記憶に残る道でした。
実はこの伊吹山ドライブウェイ、夏の平日は午前3時から営業、さらに毎年7月・8月の週末とお盆の期間は夏季週末夜間特別営業 (オールナイト営業)を行っており、同じ道で夜景と朝焼けを続けて楽しめます。道中には米原の灯が面になって広がります。夜の琵琶湖は輪郭が細く、岸の線が途切れながらつながって見えます。山頂駐車場前の待避所からは東の岐阜・飛騨方面の山々から壮大なご来光を写真に収めることが出来ます。山頂の駐車場に着くころには東の端がわずかに明るく、すすきの穂が最初の光を拾い始めます。



夏の伊吹は、ふもとより気温が大きく下がります。車中泊やテント泊(指定場所限定)を楽しむ人の姿もあり、明け方までの時間を静かに過ごしています。スカイテラス伊吹山の開店後は窓の向こうの色が刻々と変わり、昼の混雑が始まる前に下れば、登りで見た景色がそのまますぐに逆順で戻ってきます。夏の訪問は、夜の静けさと朝の光を同じ日に確かめられるのが魅力です。
■ 春季 (4月第3土曜日予定~7月第3金曜日)
道路: 8時~20時 / スカイテラス伊吹山: 10時~16時
■ 夏季 (7月第3土曜日~8月)
道路: 3時~21時 / スカイテラス伊吹山: 9時~18時
■ 秋季 (9月)
道路: 8時~20時 / スカイテラス伊吹山: 10時~16時
■ 秋季 (10月~11月最終日曜日 予定)
道路: 8時~19時 / スカイテラス伊吹山: 10時~16時