掲載日:2025年11月10日 試乗インプレ・レビュー
取材・文・写真/小松 男

YAMAHA TMAX560 TECH MAX ABS
クラッチレバーの操作やシフトチェンジを行うことなく、右手のスロットルをひねるだけで発進から最高速まで引き出すことができる自動二輪車。私たちはこれを広義に“スクーター”と呼んでいる。
昭和の時代、小排気量モデルから市民権を得て広まったスクーターは、平成に入ると250ccクラスの、いわゆるビグスク(ビッグスクーター)が一大ブームを巻き起こした。令和となった現在では、125〜200ccクラスのモデルが主流となっている。そうしたスクーター業界の潮流のなかにあって、TMAXは常に“異端”の存在であり続けてきた。その理由のひとつは、初代モデルから一貫して掲げられてきた「モーターサイクルのようなファンライドを楽しめる快適なコミューター」というコンセプトにある。この思想が、多くのライダーに支持されてきたのだ。

もちろん、ヤマハのフラッグシップロードスポーツであるYZF-R1のような走りと単純に比較するものではない。しかし、本質的な部分、たとえば扱いやすさ、重量バランス、スロットル操作に対する応答特性などにおいて、両者には確かな共通点が見出せる。
さらにTMAXは、快適性の追求にも余念がなかった。走りのパフォーマンスを磨きながら、コミューターとしての質も高めてきたのである。そして本年登場した最新型、上級グレード「TMAX560 テックマックス」に触れることで、その進化の真価、すなわち“TMAXのいま”の姿を探っていきたい。

1990年代終盤から2000年代にかけて、ビッグスクーターが空前のブームとなった時代があった。そのはるか以前からホンダ・フュージョンの利便性を知り、乗り継いできた私にとっては、ある意味で必然の流れにも思えたのだが、実際にそのムーブメントの火付け役となったのは、1995年に登場したヤマハ・マジェスティだった。それまでになかったスタイリッシュなデザインと高い運動性能が欧州を中心に受け入れられ、市場拡大の原動力となった。各メーカーはそれに追随し、次々と250ccクラスのスクーターを市場に投入していく。
そうした中で、より広範囲な高速ツーリング性能や、タンデムライド時の快適性を求めるニーズに応えるべく、各社が大排気量スクーター、いわゆる“メガスクーター(メガスク)”の開発に着手し始めた。その流れの中に、ヤマハ・TMAXの名もあった。2001年、初代TMAXが登場。時を前後してライバルモデルも存在していたが、TMAXが明確に異なっていたのは「スポーツ性能を徹底的に追求していた」点である。

スポーツライディングの理想とされる前後重量配分50:50に限りなく近い47:53というバランス、スクーターとしては異例の最大50度という深いバンク角、そしてどの回転域からもリニアな加速を引き出すパワートレーンと駆動系。快適性を主眼としたライバルたちの中にあって、TMAXはまさに“異端”の存在だった。だがその個性こそが多くのライダーに受け入れられ、世界的なヒットモデルへと成長したのである。
その後、市場のブームが落ち着きを見せ、他モデルがカタログから姿を消していく中にあっても、TMAXは根強いファン層に支えられ、進化を続けてきた。そしてその系譜の先に、さらなる総合性能の充実を果たした最新モデル、新TMAX560 ABSが今年、登場したのである。それでは実際に試乗し、TMAXがどのように進化を遂げたのかをお伝えしていこう。
ヤマハ TMAX560 テックマックス ABSをグーバイクで探す>>

先述のとおり、私は古くからビッグスクーターが好きで乗り継いできており、現在も所有している。そんな私が初代TMAXに初めて触れたときの衝撃は、今でも鮮明に覚えている。もともとレーサーレプリカ育ちということもあり、当時のビッグスクーターでは浅いバンク角に気を使いながら、車体下部を擦らないよう探り探りでコーナーを走らせていた。ところがTMAXは、まるでスポーツバイクのように、どこまでも自然に車体を寝かせることができたのだ。さらに、左手側のリアブレーキレバーの操作感も秀逸で、コーナー進入時に軽くリアを当てながらリーンアングルを自在に操ることができた。それ以来、歴代TMAXの試乗インプレッションを重ねてきたが、モデルを重ねるごとにその“走り”は確実に磨かれ、そこに快適性能が加わってきたという印象を持っている。

今回試乗したのは、新型TMAX560 テックマックスという上級グレードだ。マットグレーと光沢感のあるピアノブラックで構成されたボディカラー(そのほかグレーが設定され、スタンダードグレードはマットブラック)、迫力をさらに増したフェイスマスク、切削加工を施した専用ホイールなど、まず外観からして強い好印象を受けた。
エンジンを始動し、スロットルをわずかに開けると、まるで長年乗り続けてきた愛車のように、自然なフィーリングで走り出す。実はクラッチ内のウエイトローラーが従来モデルよりも減らされ、スムーズさが向上しているのだ。そして何より印象的なのがエキゾーストノートだ。これまでも心地よいツインサウンドを奏でてきたが、今回は吸排気系のチューニング変更により、より力強く、厚みのある音色へと進化している。

TMAX560 テックマックスには、グリップヒーターやシートヒーター、電動調整式スクリーンといった快適装備が標準で備わるのも嬉しいポイントだ。「走りに特化したいから不要」と考える向きもあるだろうが、四季を通じて頻繁に乗るユーザーにとっては、その恩恵は計り知れない。また、相変わらず全体のバランスが非常に良く、極低速域でもふらつきがなく安定しているため、市街地でも扱いやすい。ちょっとした交差点でもフルバンクでコーナリングを楽しめてしまうほどだ。

市街地を抜け、ゆるやかなランプウェイを駆け上がりながら高速道路へと合流する。初代モデルから一貫して言えることだが、TMAXには“絶大なパワー”と呼べるほどの出力は与えられていない。しかし、実際に走らせると驚くほど速く感じられる。それは、駆動系のセッティングやトルク特性を綿密に煮詰めた結果であり、スロットル操作に対する反応が非常にリニアで、どの速度域からでも自然に加速していく。回転を無駄に上げることなく、トルクで押し出すような力強さがあるため、扱いやすさと速さが高次元で両立しているのだ。

高速道路ではその特性がさらに際立つ。追い越し加速はスムーズかつ余裕たっぷりで、100km/h巡航時にもエンジン回転数は低く抑えられている。防風性の高い電動スクリーンとシート形状の恩恵もあり、長時間の走行でも疲労感は少ない。交通の流れを軽くリードしながらも、ライダーはただ淡々と、安定したトルクの波に身を委ねていればいい。まさに「快適に速い」それがTMAXの真骨頂だ。
そしてワインディングロードに入ると、TMAXはもう一つの顔を見せる。そもそもの車体パフォーマンスが高いうえ、現行モデルでは新たに6軸IMUの情報をもとに制御する「ブレーキコントロール」機能が追加された。これは、いわゆるコーナリングABSに相当するもので、コーナー進入時でも安定したブレーキ制御を実現。結果、ブレーキング中の姿勢変化が少なく、ライダーはより積極的にバイクを倒し込めるようになった。旋回中の安心感と車体の一体感は、従来モデルを凌駕している。

また、専用アプリとスマートフォンをペアリングすれば、メーター内のTFTディスプレイにナビゲーションを表示できるのも嬉しいポイント。スマートキーによる始動や電動スクリーン、ヒーター機能といった装備群とあわせて、ツーリングユースでの快適性はさらに高まっている。
試乗前は、「従来モデルからのマイナーチェンジだから、大きな違いはないだろう」と高を括っていた。しかし、走り出してすぐにその考えは覆された。熟成の度合いは確実に深まり、エンジンフィール、足まわり、電子制御、どれを取っても完成の域に達している。昨今、二輪業界ではマニュアルミッションをベースにしたクラッチレスモデルが次々と登場している。それらを試すたび、近い将来“クラッチ操作のないモーターサイクル”が主流になるのは時間の問題だと感じている。

そして今回、最新のTMAX560 テックマックスに触れて改めて思った。クラッチ操作をしないという前提であれば、スクーターという選択肢は理にかなっている。その中でもTMAXは、他のどのモデルとも一線を画す“走りのポテンシャル”と“快適性”を兼ね備えた存在だ。
最新モデルこそ最良のTMAXだと確信したが、もし機会があるなら、ぜひ過去のTMAXにも触れてほしい。その進化の過程にこそ、このモデルが長年トップであり続ける理由が見えてくるはずだ。

最高出力48馬力、最大トルク55Nmを発生させる561cc並列2気筒エンジン。現行モデルではクラッチセッティングが見直され、極低速走行時のスムーズさや、全開発進時のシームレスさが向上している。

上級グレードとなるTMAX560テックマックスには、ヘアライン仕上げの切削ホイールが採用されるほか、タイヤ空気圧モニタリングシステムも標準装備となる。フロントフォークやブレーキキャリパーに用いられたゴールドの差し色が効いている。

アグレッシブさを前面に出していた従来型に対し、新型はアゴを引いた造形で穏やかさと品格をプラス。ポジションライトは“T”字を描くシャープなラインとなり、TMAXらしい存在感を印象づける。

TMAX560テックマックスでは、左側のハンドルスイッチを操作することで高さを調整できる電動スクリーンを装備。高速道路や雨天時では高く、市街地やワインディングでは低くセットするなど、便利に使いこなすことができた。

ステップボードは前後に長く、足元の自由度は高い。私の場合、クルーズ時には前方のボードに足を投げ出し、市街地やワインディングなど頻繁に車体を左右へコントロールする際には後方のステップに足を置いていた。

TMAXのアイデンティティの一つであるベルトドライブは引き続き踏襲。リアサスペンションはスイングアームにリンクを介してセットされている。なおTMAX560テックマックスのリアサスペンションはプリロード、減衰力の調整アジャスターが備わる。

TFTディスプレイに大きな変更は見られないが、ETCアイコンマークが追加されているほか、一部表示デザインのパターンが刷新された。専用アプリと連動することでナビゲーション機能を表示させることも可能。

左側のハンドルスイッチは一見すると複雑そうだが、実際には直感的に使うことができた。ポイントとなるのは十字キーとホーム/リターンボタンで、ディスプレイを見ながら各種セッティングを行える。

フロントカウルの右側にはユーティリティスペースが設けられており、中にはUSB電源も備わっている。ETC車載器をセットするためのパーツも入っているのだが、肝心のETCは別売り。標準装備としてほしいところだ。

キーレスエントリーシステムが採用されており、電源のオン/オフ、ハンドルロック、シートオープンなど、物理キー不要のセンタースイッチで操作可能。給油口のオープンに関しても物理キーは必要ない。

シート下のユーティリティスペースは、かなり努力して確保しているといつも感心させられる。普段使いには十分だが、さらに容量を確保したい場合には、34L、45Lの純正トップケースも用意されている。

前輪速度、後輪速度、6軸IMUからの各情報を集約し演算、ABS作動時の前輪・後輪のブレーキ圧力に反映させるブレーキコントロール機能が追加されている。コーナリング中でもバンク角に応じてブレーキ制御を行う。オフにすることも可能。

フロントマスクと異なり、テール回りのデザインに関しては従来モデルを踏襲しているが、急ブレーキ時にブレーキランプが点滅し後続車に知らせる、エマージェンシーストップシグナルが追加された。








愛車を売却して乗換しませんか?
2つの売却方法から選択可能!