掲載日:2020年10月05日 試乗インプレ・レビュー
取材・文・写真/野岸“ねぎ”泰之
YAMAHA TRICITY 300
フロント2輪の構造を持つLMWは、転ばないバイクの実現を目指してヤマハが開発したもので、優れた走行安定性や高い制動安定性を確保しながら、従来のバイクと同様の自然なハンドリングで扱えるのが特徴だ。LMW機構はフロントホイールを普通のバイクと同じように自然とリーンさせる「パラレログラムリンク」と、前輪の片側に2本ずつの「片持ちテレスコピックサスペンション」から構成される。トリシティ300はヨーロッパで販売されるXMAX300をベースとしており、非常に大雑把なイメージはXMAX300の前部にLMW機構を組み込んだモデル、と言えるものだ。しかしフレームは新設計で、エンジンもFIに専用のセッティングを施すなど、随所でこのモデルへの最適化を図っている。また、タイヤもブリヂストンと協力し、剛性バランスやコンパウンドをLMW用に最適化したものを専用開発したという。
このトリシティ300には、従来のLMWシリーズにはなかった初めての機能が搭載されている。それが停車時の自立をサポートする「スタンディングアシスト」だ。左手元のスイッチを操作することでLMW機構上部のアームに設置したディスクを電動でロックし、車両の自立をサポートするしくみで、車速10km/h以下、スロットル全閉かつエンジン回転数2,000r/min以下の条件で作動する。アクセルを開けるかスイッチを2回押すと解除されるので、信号待ちやタンデム時の乗降の際などに便利だ。アシスト中でもサスペンションは動くため、押し歩きで段差を乗り越える場合などもスムーズに車体を取り回せる。
気をつけたいのが、スタンディングアシストは少し車体が傾いている状態でもロックできる、という点だ。ロック中は問題ないが、解除したとたんにマシンの前部分がグラっと傾く挙動をとるので、しっかり支えておくことが重要だ。もちろん、完全に直立した状態でロックすれば全く問題はない。
また、トリシティ300にはリアブレーキロックが搭載されている。坂道で駐車する際などに重宝するもので、ヤマハのバイクとしては初めてのラチェットレバー式を採用しており、レバーを引くノッチの感覚でブレーキの掛け具合の加減が調節できる。
トリシティ300は同シリーズの125/155に比べると、かなり大きく感じる。実際に目の前にすると、特に車体前部のボリュームがすごい。車両重量も237kgと、XMAX300に比べて60kg程度重くなっている。ただ、取り回しに関してはスタンディングアシストをオンにしていれば不安なくマシンを押し引きできるので、それほど心配はないだろう。シート高は795mmだが、座面の幅が広めなので足つき性は数値から想像するよりも良くはない。実際は信号待ちなどでスタンディングアシストを使えばマシンをずっと支えている必要がないので、こちらもあまり気にしなくても良さそうだ。
スタート前は大きさや重さが気になっていたが、いざ走り出すとその軽快さに驚いた。トルクフルで伸びのあるエンジンは、大きなボディを力強くグイグイと、しかもスムーズに加速させてくれるので、見かけからの想像以上にスポーティな走りが可能なのだ。一般道はもちろん、高速道路の合流時なども一切不安のない力強い加速を見せてくれる。これはやはり、250ccではなく300ccクラスのエンジンだからこその余裕なのだろう。しかも、相反するようだがその走りはとても安定感のあるものだ。フロント2輪なのでトリシティ125/155でも安定感はかなり高かったが、トリシティ300はさらにどっしり、地面にピタッと張り付くような走行感覚となっている。
この、軽快さと安定感の不思議なバランスを兼ね備えた走行感覚を言葉で言い表すのはけっこう難しい。わかりやすいのは流れの速いバイパスや高速道路でのレーンチェンジだろうか。普通のバイクと同じように行きたい方向に体重をかけ、わずかにハンドルに入力するだけでクイックに車体は隣のレーンへ。その際、狙った位置にピタリと車体が決まり、ブレたり揺れ戻ったりなどの不安定な挙動は一切ない。まるで熟練の戦闘機アクロバットチームの動きのように、ヒラリと動いてピタッと決まる、という気持ちのよさを味わえるのだ。
コーナリングに関しても、多少フロント部の重さを感じるものの、3輪であるということを全く感じさせない素直な操縦特性だ。これは「LMWアッカーマン・ジオメトリ」という機構を採用しているためだろう。大型のLMWであるNIKENにも搭載されたステアリング機構で、コーナリング時にバンク角が深くなっても前2輪のタイヤの向きが同心円上に揃うよう設計されている。これにより、より自然でなめらかな旋回性を実現した。フロントの左右にはそれぞれ2本のサスペンションを装備していることもあり、片側のタイヤだけが縁石に乗り上げたりした場合でもうまくショックが吸収され、挙動を乱すことなく安定した走りが可能となっている。シートに深く腰掛けるとハンドルが遠いため、前側に座るポジションになりがちだが、フロントが2輪なのでどんな姿勢で乗っても車体が不安定になる心配はまずない。
ヤマハではバイパスなどを使って中長距離の通勤に使うなどをメインに想定しているというが、パワフルで安定した走りと疲れにくさに加え、大容量のシート下トランクやスマートキーを採用するなど利便性も兼ね備えているため、ツーリングユースでも大活躍してくれるに違いない。トリシティ300の登場で、バイク、そしてLMWの世界はまた一歩未来へとコマを進めたと言えるだろう。
逆三角形を2つ重ねたフロントデザインはボリューム感と立体感にあふれる。空力を考え、シェイプされたラインは美しい。ヘッドライトはLEDを採用。
メーターはモノクロのフル液晶。速度と時刻表示が大きめで見やすい。上部のH状のインジケーターはスタンディングアシストの作動状態を示すもの。
左手人差し指で操作するスタンディングアシストのスイッチ。1度押すとロック、解除は2度押し。アクセルを開けても自動的に解除される。
メインスイッチはスマートキーを採用。給油口とシートのロック解除ボタンは大きく独立しており操作しやすい。
座ってちょうど右ひざの上あたりにシガータイプのアクセサリーソケットを装備。ただしグローブボックスがないので使い方には工夫が必要だ。
左ひざの前にはリアブレーキロックのレバーがある。ラチェット式でカチカチカチ、というノッチの感触で引き具合がわかる。
給油口はセンタートンネルの中央に設けられており、カバーの開閉はメインスイッチ脇のボタンで行う。燃料タンク容量は13L。
大きくて分厚いシートは快適だが、幅は広めだ。オプションでローダウンシートも用意されている。
シート下のトランクは約45Lの大容量。ダンパーやLED照明を備えており、比較的フラットなので使い勝手はかなり良さそうだ。
センタートンネルがあるためフロアボードは左右に分かれている。左右のフロントタイヤの真後ろだが足を前に出すスペースはしっかり確保されている。
LMWの特徴であるパラレログラムリンクと片持ち式テレスコピックサスペンション。スタンディングアシスト機構も組み込まれている。
前後のタイヤはブリヂストンと共同開発した14インチの「BATTLAX SC」。3輪ともに267mm径のディスクブレーキを備えている。
タイヤサイズはフロントが120/70-14M/C 55P、リアは少し太めの140/70-14M/C 62Pとなっている。リアショックはツインタイプでプリロード調整が可能だ。
テスターは身長170cm、体重73kgで足は短め。シート高は795mmだがシート幅が広く、足つきはそれほど良くはない。停車時には前側にお尻をずらすか、スタンディングアシストを使えば問題ないが、オプションのローダウンシートを使うという手もある。
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