掲載日:2020年09月07日 試乗インプレ・レビュー
取材・文/中村 友彦 写真/伊勢 悟
KAWASAKI Ninja ZX-6R
最近になって、ホンダCBR600RRの復活という吉報はあったけれど、世界的なブームと言うべき状況だった2000年代と比較すると、近年では勢いを失っているミドルスーパースポーツ。そういった状況下で唯一、かつてと同じスタンスを維持しているのがカワサキだ。あまり知られていない事実だが、同社はこの分野のパイオニアで、1985年にGPZ600Rを発売して以来、長きに渡ってフルカウルを装備するミドル並列4気筒の熟成を続けて来た。ZX-9Rの弟分として、ZZR600のエンジンを転用した初代ZX-6Rがデビューしたのは1995年で、このシリーズは今年で25年目を迎える長寿車になっているのだ。
そんなZX-6Rの系譜を振り返って興味深いのは、2002年以降のモデルに2種類の排気量を設定していることだろう。当時のZX-6Rの命題は、レーサーとしての戦闘力を高めることだったものの、先鋭化による扱いづらさを考慮したカワサキは、ストリート指向のR:636ccと、サーキット重視のRR:599ccを同時開発。この姿勢が高く評価され、ZX-6RとRRは世界中で好セールスを記録することとなった。なお2000年代中盤までは、RRが主、Rが従という印象が感じられたカワサキのミドルスーパースポーツだが、近年は立場が逆転。2013/2019年にモデルチェンジを受けた636cc仕様に対して、レースベースの599cc仕様は2009年型の継続販売が行われている。
前述したように、2019年型でモデルチェンジを受けたZX-6Rだが、アルミツインスパーフレームと636cc並列4気筒エンジンの基本設計は、2013年型から変わっていない。とはいえ、2018年型以前のルックスが、ZX-9/10Rの弟分という雰囲気だったのに対して、2019年型以降はニンジャ250/400に通じるデザインを採用したため、外観から受ける印象はまったくの別物。なお外装以外の先代との相違点は、LEDヘッドライト、ギアポジション表示が大きくなると同時に燃料計が追加されたメーター、足着き性を高めたシート、加速重視の2次減速比、アクセサリー電源の増設などで、全体の印象としては先代以上に、ストリート重視の特性になったようである。
ただしそうではあっても、最高出力:126ps、装備重量:197kgという数値からは、十分以上の戦闘力の高さが伺える。なお現実の市場でZX-6Rのライバルになりそうな、他メーカーのミドルの数値は、ホンダCBR600RR:121ps/194kg、CBR650R:95p/207kg、ヤマハYZF-R6:118.4ps/190kg。ちなみに価格は、ZX-6R:135万3000円、CBR600RR:160万6000円、CBR650R:105万6000円、YZF-R6:159万5000円だ。
こんなにいいバイクだったのか。久しぶりに636cc仕様のZX-6Rを体験した僕は、予想以上に楽しい乗り味に興奮すると同時に、自らの見識の甘さを反省することになった。少なくとも数年前のZX-6Rは、ライバル勢との甲乙が付け難い、という印象だったはずなのに……。もちろん僕がそう感じた背景には、ライバル勢の多くが市場から姿を消したという事情がある。とはいえ、以前より洗練されたZX-6Rを体験した僕は、長きに渡ってミドルスーパースポーツの熟成を続けて来たカワサキのスタンスに、心から感謝したくなったのだ。
ZX-6Rの魅力と言ったら、筆頭に挙がるのはエンジンだろう。かつてのライバル勢が高回転高出力化を推し進めた結果として、低中回転域で物足りなさを感じることが多かったのに対して、+37ccの排気量を得たこのバイクは、どんな領域でも必要にして十分な加速力を発揮してくれるし、高回転域ではミドルスーパースポーツならではの爽快感がきっちり堪能できる。もちろんそういった特性は、以前から636cc仕様の特徴だったのだけれど、現代の視点で考えると、並列4気筒の美点を巧みに引き出したZX-6Rの扱いやすさとパワフルさは、ものすごく貴重なのだ。なおパワーユニットに関しては、トラクションコントロールやクイックシフター、スリッパークラッチなどの出来のよさも印象的で、それらが程よい塩梅でアシストしてくれるため、ワインディングではカワサキ製ミドル並列4気筒の資質が存分に満喫できた。
一方の車体に関しては、かつてのZX-6Rは常用域が得意とは言えなかったものの、現代の636cc仕様はなかなかフレンドリーで、ミドルスーパースポーツ特有の難しさを感じる場面はほとんどない。あえて言うなら、ハンドルはもう少し高くてもいい気がするけれど、このモデルならではのスポーツ性を維持したい開発陣としては、現状のハンドルが理想的だったのだと思う。
さて、そんなZX-6Rの好敵手としては、ヤマハYZF-R6とホンダCBR650R、そして9月から大幅刷新仕様の復活発売が始まるCBR600RRが挙げられるものの……。サーキットに特化した特性のYZF-R6は、乗り手のスキルや走る場面をかなり問う特性だし、あらゆる面で親しみやすさに配慮したCBR650Rは、時としてコストダウンの気配を感じることがある。現在公開されている情報から推察するに、おそらく新型CBR600RRのキャラクターは、YZF-R6寄りだろう。そのあたりを考えると、ZX-6Rの乗り味は少々中途半端なところがあるのだが、それはまったく悪いことではないと思う。市街地からサーキットまで、あらゆる状況を楽しめるオールラウンドなミドルスーパースポーツとして、現行ZX-6Rは唯一無二の資質を備えているのだから。