掲載日:2020年09月03日 試乗インプレ・レビュー
取材・文/中村 友彦 写真/伊勢 悟
YAMAHA YZF-R1
1998年の初代から継承してきた、“ツイスティーロード最速”というコンセプトと決別する形で、2015年型から“サーキット最速”を目指すようになったYZF-R1。量産車ナンバー1を決めるワールドスーパーバイクでは、圧倒的な強さを誇るカワサキZX-10R+ジョナサン・レイに阻まれ、残念ながらまだシリーズチャンピオンは獲得していないけれど、近年のJSB1000や鈴鹿8耐、AMAスーパーバイクなどにおけるYZF-R1の大活躍を考えれば、2015年にヤマハが行った路線変更、キャラクターの明確化は正しかったのだろう。
2015年以降のYZF-R1は、スタンダードに加えて、セミアクティブサスやドライカーボン外装、アルミ製ガソリンタンクなどを標準装備する、上級仕様のMを設定。その手法はマイナーチェンジを受けた、2018/2020年型でも変わっていない。なお近年の日本製リッターSS界では、高価格化が着実に進行中で、スタンダード:237万6000円、M:318万6000円で販売された2015年型YZF-R1は、その先鞭をつけたモデルだった。そして2020年型の236万5000円/319万円という価格も、日本製リッターSSの中では、依然としてかなり高い部類である。
基本構成とスペックは先代、と言うより、2015年型から不変だが、2020年型YZF-R1/Mは緻密な仕様変更を実施している。スロットルバルブの開閉はワイヤを廃したAPSG:アクセラレーターポジションセンサーグリップに進化したし、シリンダーヘッドはインジェクターとスロットルバルブの配置を入れ替え、フィンガーロッカーアームの形状を刷新。もちろん多種多様な電子制御を司るECUも新作で、車体に目を移すと、フェアリングや前後ショック/タイヤなども見直しを受けている。いずれも派手さを感じる変更ではないけれど、その事実は今から5年前に生まれ変わったYZF-R1/Mが、現在でも一線級の戦闘力を備えていることの証明と言えるだろう。
もっとも、ここ数年のライバル勢の動向を考えてみると、2020年型YZF-R1/Mには、何となく物足りなさを感じなくはない。デビュー時には驚きだった200psの公称最高出力は、現在のリッターSSでは下から2番目になってしまったし、可変バルブタイミング機構やウイングレットといった、最新のトレンドは一切採用していないのだから。ただしその一方で、YZF-R1/MにはMotoGPレーサーに最も近いバイク、という魅力があるのだ。
などと書くと、ドゥカティやスズキ好きが異論を述べたくなるかもしれないが、パニガーレV4とデスモセディチGPシリーズのフレームはまったくの別物だし、GSX-RRはGSX-R1000Rとは異なる形式のクランクを採用している(らしい)。もちろんYZF-R1/Mだって、MotoGPレーサーのYZR-M1と同じ部品を使っているわけではないけれど、クロスプレーンクランクの並列4気筒エンジンと、ツインスパータイプのアルミデルタボックスフレームは、R1/MとM1に共通する要素なのである。
今回試乗したのはスタンダードだが、僕は他の媒体の仕事で上級仕様のMにも乗っている。というわけで当原稿では、スタンダードとMの違いを記そうと思ったものの、それだけではあっという間に話が終わってしまいそうなので、まずは先代との相違点、そして他社製リッターSSとの差異を記してみたい。
先代との相違点として、最初に感心したのはエンジンの滑らかさだ。もっとも先代だって、べつにガサツではなかったのだけれど、2020年型は燃焼効率が今まで以上に上がっているようで、あらゆる回転域で扱いやすく、レスポンスが従順。実は僕自身は、2020年型で行われたパワーユニット関連の変更に関して、主な目的は最新のユーロ5規制をクリアすることだと思っていたのだが、どうやら開発陣の狙いはそれだけではなかったようだ。
エンジンの滑らかさに続く2020年型の美点は、足まわりに対する信頼感が上がったこと。この件に関しては、リセッティングが行われた前後ショックやパッドを刷新したフロントブレーキ、銘柄をRS10→RS11に改めたタイヤなどの効果のようで、2020年型の足まわりは先代より路面状況が把握しやすいし、いろいろな場面で融通が利く。また、先代に対して5.3%の空気抵抗特性改善を実現したフェアリングも特筆モノで、高速道路で伏せ姿勢を取ると、前方から向かってくる走行風が、フェアリング+スクリーンに沿う形でなだらかに外方向に向かい、後方にスムーズに流れていくのが身体で感じられた。
続いては他社製リッターSSとの差異だが、基本設計が2015年型から不変だと言うのに、少なくとも一般公道では、近年になって大幅刷新/新型に移行したライバル勢に劣る要素は発見できなかった。それどころか、乗り手にとってノイズとなる慣性トルクを、ピストンの上下動で相殺するクロスプレーンクランクのおかげで、ライバル勢よりスロットルが開けやすいし、クラストップのシート高:855mm(Mは860mm)とクラス最短のホイールベース:1405mmのおかげで、ライバル勢よりハンドリングは軽快。と言っても親しみやすさでは、シート高が820mm台中盤のBMW S1000RRやスズキGSX-R1000Rに軍配が上がるのだが、現代のリッターSSの中で、本来の舞台ではない常用域で“操る楽しさ”が最も感じやすいのは、YZF-R1/Mではないかと思う。
さて、最後はスタンダードとMの違いだが、ストリートをメインでこのバイクを楽しみたいなら、上級仕様のMを選んだほうがいいだろう。その最大の理由は前後ショック。昔ながらの構成を採用するスタンダードに対して、Mはボタン操作でダンパー特性を簡単に変更できるうえに、状況に応じてダンパー特性が変化するセミアクティブ式なのだから。その違いが何をもたらすのかと言うと、スタンダードの前後ショックは高回転&高荷重域重視の設定で、市街地や低中速コーナー主体の峠道では適度な硬さを感じるのだけれど、Mはあらゆる場面に臨機応変に対応できるのだ。
逆に言うなら、サーキットを中心に据えてこのバイクを楽しもうと考えているライダーは、Mを選ぶ必要はない……のかもしれない。もちろんMには前後ショック以外にも、ドライカーボン製外装やアルミタンクといった魅力があるのだけれど、高回転&高荷重域の運動性能はスタンダードもMも互角なのである。となるとサーキット指向のライダーの場合は、スペアカウルやタイヤといった補修&消耗部品の代金を考慮して、Mより80万円以上安い、スタンダードを選ぶ人が多いんじゃないだろうか。