掲載日:2020年06月26日 試乗インプレ・レビュー
取材・文/中村 友彦 写真/伊勢 悟
HONDA CBR1000RR-R FIREBLADE SP
1992年にデビューしてからの約10年間は、ワインディングロードを主戦場としていたものの、2004年以降はスーパーバイク用ホモロゲーションモデルとして、サーキットでの運動性能に磨きをかけてきたCBR900/929/954/1000RRシリーズ。もっとも、近年のCBR1000RRは、あえてクラストップの性能を目指していない……かのように見えた。母国のメインレースと言うべき鈴鹿8耐では、これまでに9度の優勝を飾っているけれど、ここ十数年のリッタースーパースポーツ市場を牽引して来たのは、カワサキZX-10R、ヤマハYZF-R1、ドゥカティ・パニガーレ、アプリリアRSV4、BMW S1000RRなどで、それらと比べると近年CBR1000RRシリーズのスペックは、いまひとつインパクトが感じられなかったのだ。
CBR1000RRシリーズは、2004~2007年:SC57、2008~2016年:SC59、2017~2019年:SC77の3種に大別できる。ただし、SC77のエンジン+フレームの基本設計はSC59と共通なので、このシリーズはずいぶん長い間、抜本的な改革を行っていなかったことになる。そんなCBR1000RRが、2020年型で12年ぶりに全面新設計のRR-R=SC82に進化した理由は、既存の構成のままでは、著しいレベルアップを実現したライバル勢について行けなくなったからだろう。ちなみに、ドゥカティが455万円で販売するパニガーレV4Rの221psには及ばないけれど、CBR1000RR-Rの218psという最高出力は、200万円代のリッターSSではダントツのトップで、この車両がそういった地位を獲得するのは、四半世紀以上に及ぶシリーズの歴史の中で、初めてのことである。
新機軸が満載でも、意外に堅実。近年のリッターSSを熟知している人がRR-Rの概要を知ったら、おそらく、そう感じるのではないだろうか。まずはエンジンの説明をすると、MotoGPレーサーRC213Vと同寸と言われている81×48.5mmのボア×ストロークは、先代SC77の76×55.1mmと比較すれば、超ショートストロークになったのだが、パニガーレV4Rの81×48.4mmや、S1000RRの80×49.7mmという数値を考えれば、驚くほどではない。また、このシリーズにとって新機軸となるフィンガーフォロワー式ロッカーアームやチタンコンロッドは、すでにライバル勢が各社各様のスタンスで採用しているし、カムシャフトに施されたDLCコーティングや、アイドラーギアを介してカムチェーンの駆動を行うセミカムギアトレインは、あくまでも既存の技術の転用/発展型だ。とはいえ、そういった技術を貪欲に取り入れ、真摯な開発を行ったからこそ、RR-Rは先代+20psとなる、218psものパワーを獲得できたのである。
一方の車体に関しては、超高速域での揚力を抑えるウイングレットや、長きに渡って継承してきたユニットプロリンクを廃止し、オーソドックスなリンク式リアショックを導入したというトピックはあるけれど、こちらの印象もやはり堅実。アルミツインスパーフレーム+スイングアームを筆頭とする構成部品は、すべてが最新技術を用いて設計された新作だが、近年のリッターSSの常識を打ち破るような、斬新さや意外性は感じられない。電子デバイスもその点は同様で、慣性測定ユニットのIMUが5→6軸に変更され、制御と調整はキメ細かさを増しているものの、基本的にはSC77の大改良&進化型と言っていいだろう。
あくまでも私的見解だが、近年のCBR1000RRは、SSと言うより、SST:スポーツツアラーだった。サーキットにおける戦闘力は、ライバル勢に今一歩及ばないけれど、その代わりツーリングや街乗りに気軽に使える。となればフルモデルチェンジを受けたと言っても、ホンダのことだから、2020年型も同様の路線だと思っていたのだが……。実際のRR-Rはツーリングや街乗りをほとんど無視した、本気の市販レーサーだった。
まずはマシンに跨った段階で、一般的なライダーはガチのレーシングポジション、低くて幅広いハンドルと高くて後退したステップに面食らうだろう。そしてそれを克服して走り出すと、低回転域が意外に扱いやすいので勘違いしそうになるものの、スロットルを迂闊に全開したら、イッキに血の気が引くに違いない。最高出力発生回転数は14500rpmなのに、RR-Rのエンジンはわずか6000rpmからでも暴力的な加速を見せるのだから。もちろん、パワーモードセレクターを最も穏やかな5にすれば、それなりにスロットルを開けられるのだが、常識的な速度ではRR-Rのシャシーの実力はほとんどわからず、普通に曲がる……くらいの印象しか持てないと思う。
ではどうすればRR-Rの魅力が理解できるのかと言うと、とにかく猛烈な勢いで飛ばすしかない。逆に言うなら、リッターSSに慣れ親しんだライダーが猛烈な勢いで飛ばすことで、RR-Rはすべてが噛み合い、驚異の運動性能が満喫できるのだ。具体的な話をするなら、このバイクはある程度攻め込んだ段階で、何があっても転ぶはずはない!という自信が持てるので、以後は思い切ってアクセルを開け(フルバンクから全開にした際の滑らかなパワーの伝わり方や、前輪が浮きそうで浮かない感覚は絶品)、思い切ってブレーキをかけ(フロントだけを使っていても、前後輪が路面にガッチリ食い付くかのような制動感が得られる)、思い切って車体を寝かし込める(旋回性にクイックやシャープという印象は持ちづらいけれど、それは超高速域を想定しているからだろう)。
そういった感触が、SBKレーサーやMotoGPレーサーに似ているかどうかは何とも言えないところだが、勝手知ったるワインディングロードを無心で走り回った僕は、本気になったときのホンダの恐ろしさをしみじみ痛感。誤解を恐れずにいうならRR-Rは、日本車の歴史を語るうえで欠かせない同社のレーサーレプリカ、1987年型VFR750R/RC30や、1988年型NSR250R/MC18に通じる資質を備えていたのだ。
なお前述した暴力的という言葉と矛盾するようだが、猛烈な勢いで飛ばしているときのRR-Rは、至って従順だった。他社のリッターSSの中には、速度の上昇と共に恐怖感が増す車両があるものの、このバイクの挙動はどんなに飛ばしても、いい意味で“想定内”という感触で、ライダーを裏切る気配を見せない。そう考えるとRR-Rは、既存のCBR1000RRとは異なるキャラクターなのだが、ホンダらしいと言えばホンダらしいのかもしれない。
そんなわけで、RR-Rにいたく感心した僕ではあるけれど、だからと言ってこのバイクを万人に薦めるつもりはない。ストリートで最新リッターSSを味わいたいなら、多少なりとも常用域で楽しさが感じられるYZF-R1やZX-10R、S1000RRなどを選んだほうがいいだろう。とはいえ、サーキットをメインに考えているライダーにとって、RR-Rは最善の選択肢になり得るはずだ。もちろんサーキットに持ち込んだからと言って、誰もがRR-Rの潜在能力を引き出せるわけではないのだが。